学校
暗い海の中をグングン進む。長靴を履いた足をバタつかせ、海の底を目指してグングン泳ぐ。灰色の、黒にも近い海の中。激しく揺れ動いても、あたしは真っすぐ前に行く。
「大きな海底人工物....マンションだっけ? こんな形なんだよね?」
『....いえ、これは学校ね。旧人類の、子供たちが物事を学ぶ施設よ』
光りは届かないけど、あたしの目なら見える。6階くらいには高くて大きな建物の前には、割れて溝の出来た広場があった。
『学校となれば....素材の回収はそれ程期待できないかもしれないわ』
「そうなの? ....んー、確かに、車とか木とかないねー」
学校の大きな玄関まで潜り、少しだけ中に入って周囲を見回す。
「変な棚がある。本とか入りそうなの」
『下駄箱ね。多分そこは小学校でしょうから、木製でできているはずよ』
「回収するね」
『気を付けるのよ』
「はーい」
杭を玄関前に刺し、腰の回収ロープを先端の輪に通す。あたしは腰に下げた手斧を両手で持ち、下駄箱を叩いて壊す。
バキッ....ベキッ....水中特有の籠った破壊音が周囲に響く。
あたしの持っている手斧は、ヒガサちゃん曰く軍事用の万能手斧らしい。木材はもちろん、金属やコンクリートも壊せる優れもの。それでいて軽量で、水中ならあたしでも十分に扱える。
「袋繋げたよー。回収お願い」
『分かったわ』
木材類の入った回収袋をロープに繋げ、袋は凄い早さで上へ上がって行く。
「んー....もっと奥の方行ってみるね?」
『....学校はかなり入り組んでいるから、手前の方を重点的に探索しなさい』
「はーい!」
いつもの心配性だ。でも....確かに入り組んでる。長い廊下の左右を見ると、いくつもの横穴が開いている。ロープを辿れば必ず船には帰れるけど、だからと言って迷わないわけじゃ無い。
「手前の穴に入るよ」
『こちらからはもうアマガサの姿が見えないわ。危険だと思ったら、すぐに緊急回収を行うわ』
「はーい」
腐った床を蹴り、木が割れる音が響く。壁に手を置いて、扉の無い穴の中に入る。
「....水質、ちょっと悪いかも。なんだか、籠ってる?」
『窓が割れていても、教室や廊下は閉鎖空間ではあるわ。もしかすれば、建材の腐敗かもしれないわね。気分が悪くなると思ったら、呼吸に余裕があってもすぐに戻って来なさい』
「はーい」
水の中でも臭いはある。ここは....あんまりよくない臭いがする。
「これ、椅子かな? 足のところ金属だ」
手斧で椅子を壊し、足の部位だけ袋に詰める。....ふと、部屋の真正面の壁が視界に入った。
「....? なにこれ?」
『どうしたの? 何を見つけたの?』
「なんか....壁に大きな板がある」
黒い、所々剥がれた大きな板。壁の殆どを占めていて....うっすらだけど....何か、書かれてる?」
「わ....たし、たち....は....」
『アマガサ?』
ヒガサちゃんの声を聞き流して、書かれた文字を指でなぞる。
「こ、こに....いた....」
『....』
何色で書かれた文字かは、もう分かんない。でも、黒い板に跡が残る程、その文字は強く書き残されていた。
....足に、何かが当たった。
「....」
『アマガサ? 何があったの?』
「....うん....また、弔い」
『....分かったわ。次の袋は、丁重に扱うわ』
「うん....」
黒い板の下、部屋の隅に、大きな人と、小さな人が居た。汚れた白に、欠けた細身。まるで抱き合うように、その人たちはそこに眠っていた。
「....ここは、いやだよね?」
あたしはその人たちの頭を取り、袋に丁寧に詰めて行く。そして、両手を合わせて目を閉じる。
「....これ....借りて、行くね?」
小さな人の手元には、大切そうに握られた何かがあった。今はそれが何かは分からないけど、復元をすればきっと分かる。弔うのだから、宝物は供えてあげないと。
「一度船に戻る。そしたら、もう1回潜航する。いいよね?」
『体調に、問題は無い?』
「うん!」
心配を吹き飛ばすように、あたしは元気な返事をした。
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アマガサがお風呂に入っている間に、私は回収された頭蓋骨を箱に詰める。1つ1つ、藻と汚れを取って。
「....このくらいしか、出来ないけれど....」
艦艇の一室、岩石類から作った慰霊碑の元に、今日も箱を置く。少しだけ積み重なった箱を前に、私は両手を合わせて目を閉じる。
「....」
これは、ただの精神安定剤だ。少なくとも、私にはそうだ。良い意味でやっている訳じゃ無い、道徳的な行いでしている訳じゃ無い。ただ....見て見ぬフリは、気分が悪くなる。それだけだ。
「....さあ、夕飯を作りましょう。今日はジャガイモが収穫できたから、フライにしてもいいわね」
独り言を呟いて、静寂を破る。ワザと足音を響かせて、誰に向けたわけでも無い生存報告を行う。ただただ、音が欲しい。雨と水は、もう十分な程に聞き飽きているから。
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ブオー....。暖かい風があたしの髪を撫で、水っけをどんどんと吹き飛ばす。
「痒いところは無いかしら?」
「だいじょーぶ!」
ヒガサちゃんがドライヤーであたしの髪を乾かしてくれる。あたしは目を閉じで、できるだけじっとしている。
「貴方、少し髪が伸びたんじゃないかしら? でも、相変わらずふわふわね」
「えへへ....いつかヒガサちゃんみたいな長い髪にしたいんだー。そしたら、お揃いの髪型ができるもんね!」
「ふふ、ええ....そうね」
鏡に映るヒガサちゃんはにっこりと笑って、ドライヤーを止めて櫛であたしの髪を梳かし始める。その度に頭が少しづつ後ろに下がって、ちょっとしたらヒガサちゃんに元の位置に動かされる。
「ねーねーヒガサちゃん」
「どうしたの?」
「あたしって、お勉強とかした方がいいのかなー?」
「あら、学びたいという姿勢はとてもいいことよ。算数に国語、理科に社会....アマガサが何か学びたいなら、何でも教えれるわ。けれど、どうして急に?」
「学校にあった椅子と机、それと黒い板の一部を持って帰って来たの。だからあたし、学校に行ってみたいなーって」
一応、学校じゃないけど学び舎には居た。そこも楽しかったし、何か不満があるわけじゃなかった。でも、ヒガサちゃんが前に言ってくれた物とは、少しだけ違っていたから。
「じゃあ私は先生かしら? いいわ、船に教室を作りましょう。そこで、アマガサの知りたい事を教えてあげるわ」
「ほんと!? やったー!」
「こら、暴れないの」
「えへへ、はーい!」
やった! ヒガサちゃん先生が授業をしてくれる! 楽しみだなー! 何を教えて貰おうかな? 理科とかいいかも! 水が氷になるのを初めて見た時、すっごい楽しそうな世界だなって思ったし!
「けれど、授業中に寝たら叩き起こすわ」
「えー!? 寝かせてくれないの!!?」
「当り前よ。因みに1授業45分よ」
「ながっ!」
うへー....思ったより、ヒガサちゃんが本気だよー....。




