木駒
荒れた海を船は進む。吹きぶる雨を物ともせず、弾む波を物ともせず。目的無く船は進む。
「わー、今日も天気悪いねー」
「そうしているから、当分嵐の海よ」
操舵室の窓に張り付いて、アマガサは外を見る。アマガサの息で、窓は白く曇る。
「そっかー。また晴れた甲板で、日光浴とかバーベキューとかしたいねー」
「いつか、またやりましょう」
私は手元の計測器やソナーに目を通し、海中の様子や水質を確認する。海底人工物があれば、またアマガサに潜航を願いするけれど....
「この辺りは、何も無いわね」
「何か残ってる方が珍しいもんね」
「そうね....」
もしもの後続の為に、私達は海底人工物から全てを取らない。必要な物を、必要なだけ集める。欲をかいた結果が、今の世界なのだから。
「ワタルにはもうご飯を上げたの?」
「うん! お魚切ったやつ! おいしそうにパクパク食べてたよ! ねー?」
アマガサは操舵室に持って来た水槽を、指で軽く触った。....ワタルはまた威嚇をしていた。
「あ、そうだヒガサちゃん! 居住区で見つけた変なの、復元が終わったよ! 木材類と黒インクを使ってね? こんなのが出来たの」
アマガサは長物をぽこぽこと鳴らしながら、操舵室の隅に置いていた木箱と板を持って来た。
「これ何か分かる?」
私は自動航行モード設定を入れて、アマガサの渡してきたものを手に取る。板には9×9の黒い升目が描かれており、木箱の中には不思議な三角形の駒が入っていた。
2回瞬きをして、じっとそれを見る。私は....これを知っている。
「これは将棋って言う古いおもちゃね。この駒を並べて、相手の王って書かれた駒を先に取った方の勝ち」
「おもちゃ!? 遊びたい! 遊びたい! ねーねー! 一緒に遊ぼ!」
アマガサは目を輝かせ、ぴょんぴょんと跳ねて私を見つめて来る。
「ええ、いいわよ。折角だから、お茶も淹れましょう。アマガサは机を出してちょうだい? この板と、2人分のコップが乗せれる大きさの」
「分かった!!」
アマガサと一緒に操舵室を出て、私は給湯室に向かう。
「茶葉の合成....味は、ほうじでいいかしら」
機械から出て来た葉を取り、急須に入れて蛇口を捻ってお湯を注ぐ。甘未もあれば良いのだけれど、生憎この船に砂糖は無い。代わりに、小魚の骨煎餅をいつも食べている。塩を抜いた、お茶と食べる前提の味気ない間食だ。
「じゃじゃーん! 前に拾ってたやつ! がんばって転がしてきたよ!」
操舵室に戻れば、木製のローテーブルと2枚の座布団をアマガサは持って来ていた。床に座布団を敷いて、アマガサはもうちょこんと座っている。
「こっちも、お茶が入ったわ。それと骨煎餅」
「わーい! あたしこれ好きー!」
これしかないからね。当然、嫌いでなければ好きでしかない。テーブルに持って来たものを乗せ、急須のお茶をコップに注ぐ。お茶の香りと、白い湯気が操舵室に僅かに広がった。
「それでそれで? これってどうやって遊ぶの?」
「まずは駒を決められた形に並べるの。こう....こういう順よ」
「ふんふん」
私は手に取った駒を自陣に並べ、それを見たアマガサが真似をする。
「そこ、角と飛車が逆よ」
「これの事? でもヒガサちゃんと同じ位置だよ?」
「そちらから私の配置を見ているからよ。角は自分から見て左、飛車は右ね」
「あ、そっか。でもどっちも同じじゃないかな?」
「あら、じゃあそっちでやってみる?」
「うーん....じゃあ2回目そっち! 最初はヒガサちゃんのルールでやろ!」
「ええ、いいわよ」
アマガサはもう準備の段階から楽しそうに、駒の文字をじっと見ながら私の真似をしていく。
「でできたー! それからそれから?」
「駒にはそれぞれ動かせる範囲が決まっているの。お互いが1回づつ、交代交代で駒を動かすの。この駒が....」
「ふんふん」
~~~
ヒガサちゃんに駒の動き方を教わって、いざ開始! あたしは一番前の駒を取って、パチンと前へ移動させた。
「あはは! いい音ー! 木材類でも、なんだか硬い音だね!」
「そうね。お風呂の木はスベスベで少し軟らかいけれど、こちらはツルツルで硬いわね」
ヒガサちゃんは駒を指で押し、スーッと板の上を滑らせて移動させる。
「よーし! これでこの駒はあたしの物!」
「ふふ、歩兵が1つ取られちゃったわ」
ふふーん! 取った駒は好きに置けるそうだし、それで王ってのを取れば勝ちなんでしょ? なら、王の2つ前に置けば、王が出て来た時に取れるはず!
「どうだー!」
「....2歩....」
「んー? 何か言った?」
「いいえ....続けましょうか?」
「....?」
ヒガサちゃんは笑って、駒を撃ち始めた。
........勝った!!!!!!
「やったー! ヒガサちゃんに勝てたー!!」
「いい打ち筋じゃない。完全にやられたわ」
ヒガサちゃんは小さく拍手をして、コップのお茶を少しだけ飲んだ。
「でしょー? あたし、この将棋?の才能あるかも!」
側にあった骨煎餅を手に取り、かりかりと齧る。んー! 心なしか、美味しい気がする!
「じゃあもう1度やりましょう? 今度はルールを変えて、先行も変えるの」
「いいよ! どんなルールでも、またヒガサちゃんに勝っちゃうんだから!」
「....ふふ」
ヒガサちゃんは右手で口元を隠して、何か意味ありげに笑って見せた。おお....なんか、なんかすごい!
~~~
....いえ、どうしてこの流れで全敗してしまうのかしら?
「また勝ったー! 王を隅に置いたって、しっかり取れるんだから!」
「....ふふ」
もう笑って誤魔化すしか無いわ。少しルールを変えたり、少しの違反行為を見逃したりはしていたけれど....最後は正規のルールでしっかりと負けたわね....。
「ふあぁ....んー....」
アマガサが大きなあくびをして、重そうな瞼を手で擦る。はしゃいで頭を使って、物も食べていれば、それはもうあくびもでるわね。
「少し休みましょうか?」
「んー....まだやるー....」
「将棋はいつでもできるわ。一緒に寝てあげるから、また起きたらしましょう?」
「ふはぁ....はーい....」
艦艇の設定を少し変え、緊急時のアラームを設定する。
「さ、行きましょ?」
「....」
アマガサの小さな手を握り、レースカバー越しに暖かい体温を感じた。アマガサの歩幅に合わせて歩いて、仮眠室兼寝室へ入る。
「どっちのベットで寝る?」
「....ヒガサちゃん....」
「ふふ、いいわよ」
もう眠気でフラフラなアマガサの青い雨合羽と長靴を脱がせて、白いベットの上にアマガサを乗せる。私もヘッドドレスとヒールを脱いで、アマガサと一緒に布団の中に入る。
「えへへ....一緒だー....」
「ふふ、そうね」
私はアマガサの頭を撫で、少ししてアマガサは完全に眠りに堕ちた。可愛らしい寝息を立てて、私の片手を両手でぎゅっと握っている。
「....離してくれないわね? またっく....」
私も目を閉じて、少しだけアマガサの方に近づいた。
静かな仮眠室に、雨と雨を受ける船の音が聞こえる。時折荒波の音も聞こえるけれど、室内の中は水平システムのおかげで揺れを感じない。
「すー....すー....」
「....おやすみなさい、アマガサ」
目を閉じても、確かに目の前に居るアマガサに、私はそう呟いた。




