表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨、時々晴れの海  作者: シャルロッテ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/7

水槽

アマガサの雨合羽を乾かそうと袋から取り出すと、ポケットの中から小さなカニが床に落ちた。見下げる私を警戒しているのか、今の状況に驚いているのか、小さなカニはその場から動こうとはしなかった。


「....貴方は潜り込んだの? それとも、連れてこられた?」


当然、返事なんて帰って来ない。けれど、この生活ですっかり独り言が多くなった。何か音が無いと、妙に落ち着かなくなってしまったわ。


「どちらにせよ、あの子に聞かないとね」


レースカバーを外し、屈んで素手でカニを掬い上げる。驚くほどに大人しいけれど、小さなハサミを広げて威嚇をして来た。不用意に指でも持って行くと挟まれそうね。


「さて....何に入れておこうかしら?」


アマガサの洗濯を後回しに、私は給湯室にやって来た。


「仮にでも、何か良い入れ物は無いかしら?」


あの子お風呂に入るのは渋る癖に、入ったら入ったで長風呂だから。キョロキョロと食器棚や調理器具を眺めて、手ごろそうな入れ物を探す。


「やかん....は注ぎ口から抜け出しそうね。コップ....は流石に狭そうね。ボウルも....抜け出されそうね」


私の独り言に反応するように、カニもカチカチとハサミをならす。


「....仕方が無いわ。一旦鍋に入れておきましょう」


カニをゆっくりと鍋の中に入れて、透明の蛇口を捻る。少し擦れたような、詰まったような音と後に、汲み上げられた海水が蛇口から出て来た。


僅かに張った海水の鍋の中で、カニは元気に動き回っている。まあ、逃げ道を探しているだけかもしれないけれど。


「食べるなら....揚げ物かしら?」


魚は捌いて素揚げにすれば骨まで食べられるけれど、カニの外骨格はどうなのかしら?


「折角ここまで来たのだから、夕食でも作りましょう」


カニが逃げないように鍋に透明な蓋をして、私はフライパンを電気コンロの上に乗せて加熱を始める。


「相も変わらず魚料理だけれど....味付け位は、毎日変えないとね」


私は壁に埋め込まれたスクリーンに触れ、船内の冷凍保存室から今晩の食材を選ぶ。


「大きいのを1尾....植物類から香り付け用の葉を合成、海塩と....あとはジャガイモね」


決定ボタンを押し、大きな機械音の後に選んだ食材が冷蔵庫の中に補充される。


「野菜も他にあればいいのだけれど、種が無いと温室で育てられないわね」


魚をフライパンで焼き、海塩で味を調整する。幸いな事は、魚によって味がかなり変化する事。おかげで塩しか調味料の無い海の上でも、全く同じ料理にならずに済んでいる。


「それこそ....カニはおいしそうね?」


チラリと鍋を見た。相変わらず、カニはハサミを広げて威嚇していた。


「ヒガサちゃん、お風呂出たよー!」


「あらアマガサ、ちゃんと温まったようね?」


「うん! あ、今日は何作ってるの?」


フワフワの白いパジャマに着替えたアマガサが、小走りに私の元にやって来た。身長のせいか、アマガサはフライパンは見えてもその中は見えない。もっとも、私に合わせて電気コンロが高くなっていると言うのもあるけれど。


「青くて大きいの。もう少しかかるから、遊んでいていいわよ」


「美味しいのだ! じゃあ....あれ? こっちの鍋は? 何か作ってるの? あれ? でも電源が付いてない....」


アマガサがカニの入った鍋に反応した。....良い機会ね。


「中を見て見なさい。アマガサへの、サプライズよ」


「え! ホント!? なになに? 新しい料理!?」


アマガサは晴れの様な笑顔を浮かべ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて部屋の隅へ....椅子を取りに走って行く。....ふふ、可愛いわね。これからちょっとしたお説教が待っているのにね。


「よいしょ....っと! なにかななにかなー....あ」


大きく口を開けたアマガサと目が合った。アマガサは一瞬目を逸らして、ゆっくりと椅子を降りる。


「その反応だと自分で入れた様ね? あと少しで干しカニが出来ていた所だけど....何か言う事はあるかしら?」


「あー....ごめんなさい」


「素直なのはいい事よ」


私はコンロの電源を落とし、アマガサの頭を撫でる。少し湿っていて、とても暖かい。


「えへへ....」


「でも、ポケットの中に物を入れっぱなしなのは良くないわね。それで1度、雨合羽を破っているのよ?」


「は、はい....」


シュンとするアマガサに、膝を曲げて目線を合わす。


「それに今回は生き物よ? 粗末に扱っちゃダメ、分かるわよね?」


「うん....ごめんなさい」


俯くアマガサの頬を両手で包み、軽く揉む。ふにふにとして、とても軟らかい。


「はい、よくできました。じゃあ....カニは海に返すわよ?」


この話はこれでお終い。カニを海に返して、夕飯にしましょう。


「....ねえヒガサちゃん」


「ん? どうしたの?」


少し笑顔の戻ったアマガサと目が合う。頬を触る私の両手に、自分の手を重ねて来た。


「このカニ、飼ってもいいかな?」


「....食用?」


「ちがーう! この子ペットにするの! 今日の荒波で流れて来ちゃったのか、周りには親カニは居無かったし....なんだか、このまま海に返すのは可哀そうだなって....」


「そうねえ....」


生き物を飼う、これ自体に別に反対はしない。2人には広すぎる艦艇だし、こういう変化でも無ければ健康な精神を保てないだろう。ただ、どれ程小さくても生き物を飼うなら相応の責任が伴う。そこは、はっきりと言っておかないと。


「ちゃんとお世話できるの? 私は潜航できないから、カニの餌を取るのはアマガサよ?」


「できる! お魚いっぱい取って来るよ!」


「毎日健康状態を見て、水の交換や清掃もするのよ?」


「する! もうポンプも使えるから!」


真っすぐな目で、アマガサは私を見た。....これなら、問題無さそうね。世話をしなくなったら、海に投げればいいだけだしね。


「そう....じゃあ、鍋に変わるカニの家を作って来てちょうだい? この鍋、料理に使いたいから」


「....! 分かった!!」


嬉しそうに、笑顔を満開にさせて、アマガサは給湯室から走って出て行った。


「....。本当、可愛い子ね」


今日、鍋を使う予定は無いけれど。


~~~


「カニのお家....まずは海水を入れるための容器だよね?」


あたしは合成室へ向かい、エニィクラフトに絵を描いて行く。


「容器はガラス類を合成して、後は海底砂を入れて....カニって狭い所が好きなんだっけ? じゃあ岩石類から洞窟も作っちゃおう!」


取って来た海底人工物を解体、加工、合成させ、絵に描いた物体に変換させる。


「容器の強度は....そんなに強く無くてもいいよね? あ、蓋は居るかも。プラスチック類から....蓋を作ろう」


もう少しプラスチック類を取ってくればよかったかな? まあいっか、また潜れば。


「決定ボタンを押して、っと。よーし! これカニのお家が出来上がるぞー!」


大きな機械のエニィクラフトは、これまた大きな音を立てて僅かに振動を始める。そしてすぐに、あたしの描いたカニのお家、水槽ができあがった。


「うんうん、我ながらいいセンス! ....よっこいっしょ! 海の中じゃ無いから、ちょっと重いかも」


砂と石の入った水槽を持ち上げ、足で扉を蹴り開けて給湯室に戻る。


「すんすん....あ、いい匂い! 新しい香り葉かな?」


お腹も空いたし、早く行かないと1品減っちゃうかも!


「お家できたー!」


「あら、早かったわね。....へえ、随分いい物ができたじゃない」


「でしょー! ヒガサちゃん、鍋取って! あたしがカニを移すから!」


あたしの背じゃ鍋の取っ手に手が届かない。椅子に上っても、ちょっと降りる時が怖い。


「ええ。はい、零さないようにね?」


「はーい!」


鍋を持って、中の海水ごとカニを水槽の中に入れる。勢いよく流れる水に、カニはあっという間に水槽の中へ落ちるように移動した。


「....よし! 今日からウチの子だぞー! そうだ! 名前を着けなくちゃ!」


鍋をヒガサちゃんに返し、邪魔にならない位置へ水槽を移動させる。


「うーんと、うーんとねえ....じゃあ....今日からお前は、『ワタル』だー!」


「随分と渋い名前になったわね?」


「でしょー? この子は海を渡る子になるんだよー!」


「ふふ、いい名前ね。さあ、夕飯にしましょう。鍋の物は、後で食べましょう」


「はーい!」


あたしは自分のお気に入りの食器を棚から取り、椅子に座って机の上に置く。机の上には大皿に乗った焼き魚が、いい匂いを放っていた。


「それじゃあ、いただきます」


「いただきまーす!」


晩御飯を食べ終わったら、ワタルにもご飯を上げなくちゃ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ