居住区
灰色の雲は豪雨を降らせ、濁った海は渦を巻く。荒れ狂う嵐の海の中、しかし1つの小さな着水音が響く。
「海中通信回線オープン、回収ロープ正常稼働、船体水平システム及び座標固定エンジンオールグリーン、ソナーに異物無し。アマガサ、聞こえる?」
『聞こえるよー! 水温は平温やや下、海流方向は低力渦、光源低の視界不良、水中毒素無し。暗いだけで、あんまり海の中揺れてないよ!』
機械越しでも元気な声、ソナー越しでもこちらに手を振る姿。少女アマガサは、今日も海底を目指して潜航する。目的は、旧人類文明の海底人工物の回収。
「周囲に生物反応無し、目標海底人工物まであと100m。浅瀬と言っても、慢心はしないでね?」
『分かってまーす!』
アマガサの軽い返答に、思わずため息が出る。まあ、彼女が大丈夫と言うであれば大丈夫なのだろう。既に何百と繰り返してきた潜航回収だ。今更気負う事の方が難しいレベルになった。
「…」
アマガサの反応はグングンと海底へ向かい、そしてすぐに目標海底人工物....つまりは水没した旧人類の産物まで到着した。
「今回の目標は何かしら?」
『えーっとね、見た所家がいっぱいある感じかな? 旧時代の一般的な家屋が密集しているっぽい?』
「居住区、かしら。じゃあ、金属類と布類が欲しいわね。貴方、また布を破ってたでしょ」
『えへへ....それはほら、お化け屋敷作るためだから!! ....コンクリートとかプラスチックは?』
「全く....。そうねえ....プラスチックは少量でいいわ。コンクリートは不要ね」
『はーい!』
アマガサの声が止み、しばらくは金属音が通信回線に響く。きっと、車でも壊しているのでしょう。
この時間、いつも騒がしいアマガサは黙っている。集中して海底人工物を壊し、小分けにして回収袋に詰めているから。その間私は暇になるけれど、万が一の為に操舵室からは離れられない。
いつも騒がしい程の艦内も、今は雨と雷と、アマガサの作業音しかしか聞こえない。
「…」
操舵室の窓から外を見る。吹きぶったいくつもの雨粒が窓を伝って落ち、荒波で上下に揺れる艦首が見える。そして、うっすらと自分の姿も窓に映る。
病的な程に真っ白な肌に、ギラギラと輝く真っ赤な目。銀色の長い髪は2つに結い、腰まで真っすぐ伸びている。頭には黒いヘッドドレスを身に着け、服装もそれに見合う真っ黒なフリルのドレスを纏っている。足元が隠れる程長く、手にはレースカバーを身に着け肌を出さない。歩けば、ハイヒールの甲高い音が聞こえた。
『回収袋、1つ満杯になったよー!』
アマガサからの通信が入り、私は手元の制御装置に視線を移す。
「回収するわ。ロープに引っ掛けてちょうだい」
『はーい....よし、おねがーい!』
アマガサは腰に巻き付いた回収ロープに袋のフックを通し、海の底で手を振った。
「特定磁力を発生、袋を掴まないでね?」
『はーい!』
特殊な金属製のフックを、磁力を使って海底から艦首まで引き上げる。袋は艦首に設置された巻き上げ機まで引き上げられ、床の舷門が開いてその中に落とされる。そして今度は、磁力を反発させて袋をを海の中へ....アマガサの元へ返して行く。
「....随分と金属類があったのね。これなら、貴方の手斧の強化も出来そうね」
『ホント!? やったー!』
ソナーに映っていたアマガサは、言えの扉を粉砕して中へ入って行く。....もう、しっかりと中継地点を作りなさいよ。
「そのまま屋内に行かれると、緊急回収の際に玄関で頭ぶつける事になるわよ? もしかしたら、天井で擦られてからかも」
『うー....そんなに慎重にならなくてもいいと思うけど....』
「慢心はダメよ」
『はーい....』
アマガサは玄関前の海底に杭を刺し、輪になった先端にロープを通す。そう。そうしないと、巻き上げ時に天井にロープが擦れて、アマガサがつっかえる可能性がある。そうなれば、緊急回収は行えない。無理に行えば、アマガサが腰から切断されるわ。
「はい、よくできました」
『むー....』
「可愛く唸ってもダメ。....引き続き、回収作業をお願い」
『はーい』
ソナーでは海底表面の容態は分かっても、屋内や洞窟内は全く把握できない。アマガサが大丈夫と言っても、見えない私は気が気じゃ無いのよ。
『....ねえ、ヒガサちゃん』
「どうしたの?」
少し時間が空いて、アマガサからの通信が入る。....少しだけ、声から沈んだ気持ちが籠っている。
『弔いは、頭でいいんだよね?』
「....ええ」
見えはしない。けれど、アマガサが拾う音は聞こえた。
「いつまでも暗い海底にいるのは、きっと寂しいでしょうから....」
『うん....』
弔い....久々に、まだ現存する遺体が残っていたのね。
『....今回はこんな物かな。1つ面白そうなものがあったから、それは別の袋に入れてるよ!』
「それは楽しみね、後で復元機に掛けて見ましょう。帰りはどうするの?」
『泳いで帰るー!』
「そう、気を付けてね」
『はーい』
家から出て来たアマガサは、荒れる海中を物ともせずに海面を目指す。それに合わせて、私はロープを巻き上げる。....今回も、何事も無く終われたようね。心配はしていないけれど、安心はする。
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「ただいまー! ひゃー! びしょびしょだー!」
あたしは舷側装甲の梯子を上って、海から船の上に戻って来た。青い長靴を脱いで傾けて、中に入った海水を甲板の上に撒く。
「おかえりなさい。お風呂が沸いているわ、しっかりと温まるのよ?」
「はーい!」
船の中に入って、操舵室から降りて来たヒガサちゃんに長靴を渡す。そして、羽織っていた雨合羽も脱いで、ヒガサちゃんの広げた袋の中に入れた。
「いつも思うけれど、貴方よくそれで海の中を進めるわね」
「でしょー! 水中活動時間も、20分くらいにまで伸びたんだから!!」
胸を張って威張ってみる。こうすると、ヒガサちゃんは頭撫でてくれて褒めててくれるから。
「後で好きなだけ構ってあげるわ。だから、今はお風呂に入って来なさい」
「むー....好きなだけって言ったからね!!」
「ええ」
あたしは船の揺れを物ともせず、走ってお風呂場まで向かった。全く、ヒガサちゃんってクールそうに見えて物凄く心配性なんだから!
「じゃばーん!」
さっさと脱衣所でベタベタな服を脱いで、さっと髪を洗ってあたしは湯船に飛び込んだ。海と同じ波音を立てて、お湯は激しく壁や天井に広がった。
「はー....温まるー....」
ちょっと水温低かったし、確かにあのままじゃ風邪引いちゃいそう。....それはそれとして、ヒガサちゃんは心配性だと思う。
「ふへー....」
肩までお湯に浸かって、水面に映る自分の顔が目に入る。
明るい茶色の髪に、淡い黄色の目。いつ見ても楽しそうな顔をしていて、でもちょっと幼く見える。
「…ニコー、ぷぷぷ! 変な顔ー!」
ヒガサちゃんは、年相応の可愛い顔って言ってた。そう言ってくれて嬉しいけど....あたしはいつになったら大人になるのかな?
「....。まあ、そのうちだよね。今日の晩御飯何かなー....ブクブク....」
全然深く考えずに、あたしは口元までお湯に浸かる。....今日も無事、生きれそうだね! あ、雨合羽のポケットにちっさなカニ入れてた....。大丈夫、だよね?




