■第97話 黒龍山脈
翌日。
私たちは聖公国を出発し、次の目的地であるルグレシア王国へ向かっていた。
空は雲ひとつない快晴。
街道の両脇には緑豊かな草原が広がり、心地よい風が頬を撫でていく。
「うーん、いい天気だね」
馬車の窓から空を見上げると、隣に座っていたアリスが小さく笑った。
「ああ。旅日和だな」
「そういえばルグレシアまではどのくらいかかるの?」
私が尋ねると、モニカが地図を広げた。
「このまま順調に進めば、夕方には国境を越えてイオという街へ到着できます」
「じゃあ今日はそこで一泊だな」
「ええ。明日の昼頃には王都に到着できるでしょう」
思ったより早いな。
この世界は前世で言えば中世くらいの文明レベルだ。
それでも街道はしっかり整備されていて、馬車での移動も思ったより早い。
これも多分使徒さまが物流を円滑に行うために整備したんだろうな。
使徒さまありがとう。
おかげで異世界旅行、かなり快適です。
私は心の中でお礼を言いながら手を合わせた。
「ところでルグレシアはどんな国なの? 前に飛竜がいるって聞いたけど?」
「飛竜騎士団が有名だな。あとは黒龍山脈があるから鉱山資源も豊富な国だぞ」
「ああ、クロちゃんがいた山だね」
「クロがいたのは南側で、北側は鉄や魔鉱石の産地として有名なんだよ」
アリスが地図を指さして教えてくれた。
「へぇ、魔鉱石か。確か魔道具を作るのに必要なんだっけ?」
「そうですね。あと鍛冶の国としても有名です」
今度はモニカが説明を続ける。
「腕の良い鍛冶職人が多く、ハンターの方々にも人気があります」
「なるほど、そういう国なら武器屋とかを見て回るのも面白そうかもね」
……まあ、私はもう最強の剣を持ってるから買う必要はないんだけど。
でもそういう異世界っぽい物をもっと見てみたいんだよね。
「クレアなら武器屋より甘味処とかの方が楽しみなんじゃないか?」
アリスが少し意地悪そうに笑う。
「うっ、たしかにそれも楽しみかも」
「ふふっ、クレアさんらしいですね」
ルーナが珍しく声を上げて笑う。
その楽しそうな様子につられて、自然と私まで笑顔になってしまった。
その後も他愛もない事を話しながら馬車は街道を進んでいく。
そして数時間後、イオの街が見えてきた。
街の入り口にはたくさんの騎士が並んでいた。
最初は私たちの歓迎のためかな?
と思ったけどそれにしては様子がおかしい。
「あれ? 何かあったのかな?」
私が首を傾げると、アリスも窓の外へ視線を向ける。
「たしかに……出迎えって雰囲気じゃないな」
私たちが入り口に近づくと、馬に騎乗した騎士が歩み寄ってきた。
「失礼。アリスレート殿下、ならびに聖女ルーナさまご一行でしょうか?」
「ええ、その通りです。私は皇女護衛部隊隊長のエルネアです。何かあったのでしょうか?」
「現在、少々騒ぎが起きておりまして……詳しくは領主邸でご説明いたします。どうぞこちらへ」
騎士に先導され街へ入ると、慌ただしく駆け回る騎士や、武器を手に集まるハンターたちの姿が目に入る。
「街の近くで魔獣でも出たのかな?」
「私たちが通ってきた街道にはいなかったけどな」
アリスが首を傾げていた。
私たちは街の中央にある領主邸に到着すると、屋敷の前には大勢の使用人たちが整列していた。馬車を降りると一人の壮年の男性が進み出る。
「ようこそお越しくださいました。私がこの街の領主クラフィルでございます」
「お出迎え感謝いたしますわ。ラフローグ帝国皇女アリスレート・ラフローグでございます」
「聖公国の聖女ルーナ・メーティスでございます」
アリスとルーナが華麗に一礼する。
「長旅でお疲れでしょう、本日はどうぞこの屋敷でお寛ぎください」
クラフィルが胸に手を当て一礼し、中へと案内してくれた。
客室に入ると、メイドさんがお茶を入れてくれる。
カップに手を掛けアリスがクラフィルへ視線を向ける。
「ところでなにやら物々しい雰囲気でしたが、何かあったのですか?」
「ああ、お騒がせして申し訳ありません。鉱山で魔獣が大量発生したそうで。飛竜騎士団が討伐に当たっておりますが、魔獣の数が多く苦戦しているようです」
「……大量発生ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、脳裏に浮かんだのは――あの黒いローブの男だった。
「現在は騎士団とハンターが食い止めておりますので、どうぞご安心下さい。それでは晩餐の準備が出来ましたらお声がけ致しますので」
そういって笑顔を浮かべクラフィルは退室した。
「ねぇ、どう思う?」
私はアリスに問いかけた。
「偶然……とも思えないな」
「だよね」
もしあの男が鉱山に居るなら、今度こそ尻尾を掴めるかもしれない。
「ねぇアリス、一つお願いがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「飛翔魔法、使ってもいいかな?」
前に使用を禁止されてから一度も使ってなかったけど、夜なら見つかる心配も少ないはず。
「まさか、様子を見に行くつもりか?」
「うん、あの黒ローブの男がいるかもしれないなら行ってみたい」
「うーん、バレたら大騒ぎになるかもしれないぞ?」
「バレないように夜中にちょっと見てくるだけだよ。ダメかな?」
「いや、でもクレア一人に行かせるってのもなぁ」
アリスが腕を組み難しい表情を浮かべた。
すると。
「ならば我も行こう」
「「えっ」」
私とアリスの声が重なった。
「我は小竜の姿でも飛べるし、あの山は元々我の縄張りだ。人間より地形にも詳しい」
たしかに。
地元民……いや、地元竜か。
これ以上ない案内役だ。
「はぁ……しょうがないな」
アリスは深々とため息をついた。
「どうせここで止めてもこっそり行くつもりだろ?」
「うっ……なぜバレた?」
「心の声が出てるぞ」
「そんなにわかりやすかった?」
やっぱり私は顔に出やすいのかな?
「わかった、行くのは認める。ただし条件がある」
「条件?」
「見つけても戦うな。様子を見るだけだ。少しでも危険だと思ったらすぐ戻る。いいな?」
「うん、わかった」
「案ずるな。我が空から見張ろう」
「頼んだぞクロ、クレアが無茶しようとしたら止めるんだぞ」
「うむ、任せておけ」
……あれ?
なんでクロが私を監視する流れになってるの?
納得いかないけど……まぁ、いいか。
その後、夕食を済ませた私たちは、それぞれ用意された部屋で休むことになった。――そして深夜。
私は今、上下とも黒い服に身を包み、黒いフード付きマントを羽織っている。
うん、なんかこれ、ほんとに吸血鬼っぽくていい感じじゃない?
姿見の前で自分の姿をニヤニヤしながら見ていたら、クロがジトッとした視線を向けていた。
「いや、違うの。厨二全開で思わずテンションが上がっただけだから」
「ちゅうにとはなんだ?」
クロが首を傾げる。
「説明すると長くなるから、今度ね」
いけないいけない、真面目にやらなきゃ。
「よし、クロちゃん。行こうか」
「うむ」
窓を静かに開けると、夜風が頬を撫でた。
私とクロは物音を立てないよう夜空へと舞い上がり、月明かりに照らされる黒龍山脈へ向かった。




