■第96話 帝国からの使者
翌朝、朝食を済ませた私たちが客室でくつろいでいると、コンコンと扉が叩かれた。柔らかな声とともに扉が開きメイドのエレンが入ってきた。
「失礼いたします。帝国からの使者がお見えになっています。教皇さまの執務室でお待ちしております」
「わかりましたわ、すぐに参ります」
アリスが立ち上がり、私たちは教皇の執務室へ向かう。
部屋に入ると中にはレイノルドと、一人の帝国騎士が待っていた。
「皆さま朝からおよび立てして申し訳ありませんね、帝国からの使者がお越しでしたので」
レイノルドが騎士に視線を向ける。
「アリスレート殿下。ジルベール宰相より親書をお預かりしております」
そう言って一通の手紙を差し出す。
「ありがとうございます」
アリスは手紙を受け取ると、封を切り中の紙を取り出す。
「これは……ティアさんがルミナスへ向かったそうですわ」
「えっ、どうしてそんなことに?」
「例の魔道具の欠片について調べるためだそうです」
アリスが手紙を差し出す。
私も目を通してみると、魔道具の効果やティアが向かった理由が書かれていた。
「ビーストテイマーの能力を増幅……製作者はノエル殿下、なるほど、だからルミナスに……でもティアさんだけじゃ危なくないかな?」
「ティアさんはいつ出発したのですか?」
「二日前の朝です。セルジュ団長率いる第一騎士団と共に出発いたしました」
あっ、セルジュ団長が護衛に付いてるのか、それならひとまず安心かな。
「ありがとうございます。では後ほど返書を書きますので、それまで待機していてください」
「はっ!」
アリスがそう告げると騎士は敬礼して退室した。
「これ、私たちもルミナスへ向かった方がいいのかな?」
私が尋ねると、アリスは腕を組み目を閉じる。
「ティアさんは心配ですわ。でも諸国訪問の途中ですし……いずれルミナスへ向かう予定ではありますわね」
アリスが考え込んでいると、レイノルドが口を開いた。
「失礼、実はもう一つご報告があります」
「何でしょうか?」
「ええ、オスカー司教ですが、魔王国へ向かったという情報が入りました」
「それは確かな情報なのでしょうか?」
それを聞いてルーナが身を乗り出す。
「ええ。国境警備兵が確認しております。護衛も付けず、一人で越えたそうです」
「それって、もしかして白羊を狙ってるんでしょうか?」
私の言葉にレイノルドは目を細める。
「その可能性が高いでしょうな」
「まぁ、白羊はここにいるから相手の手に落ちる心配はないけど。やっぱり四大魔獣を狙ってるんですね」
「はい。どうやって四大魔獣を操るつもりなのかは、まだわかりませんがね」
「あの、教皇さま。オスカー司教はビーストテイマーではありませんわよね?」
「ええ、魔獣を操るような能力は持ってないはずです」
「ってことは、あの黒いローブの男がビーストテイマーだったのかも」
あの時、魔獣を操っていた男の姿が脳裏に浮かぶ。
あれほどの数の魔獣を操っていた力は、今思い返しても異常だった。
もしあの男が、さらに強力な魔道具を手に入れたのだとしたら――。
……魔神復活なんて面倒なことは本当に勘弁してほしいんだけど。
「あの欠片も能力を増幅する魔道具の一種のようですし、さらに上位の魔道具を持ってるのでしょうか?」
アリスが静かに呟く。
「でも四大魔獣を操るなら、かなり強力な魔道具が必要だよね。そんな物を作れる人なんているの?」
「並みの魔道具職人には無理でしょうな。そこまでの物を作れるとしたら帝国のフィオナさま、もしくはそのお弟子さんですかな」
レイノルドの言葉を聞いて私が思い浮かべたのはやはりノエル殿下だった。
「これは、やはり私たちもルミナスへ向かった方がいいですわね」
「うん、私もそう思う」
私たちが頷き合った、その時だった。
「あの、アリスさま」
ずっと黙っていたモニカが口を開いた。
「どうしましたのモニカ?」
「諸国訪問の予定ですがこの後はルグレシア王国に訪問し、その後海商連合ヴェネトへ向かう予定でした」
モニカは手帳を確認すると、そこで言葉を切る。
「変更は可能ですが、各国への連絡や帝国への報告もあります。一度、日程を組み直した方がよろしいかと」
「そうですわね。行き先が二転三転すると各国も困りますわね」
「たしかに。帝国からしても、私たちが今どこにいるのかわからなくなるのは困るよね」
「では、一度予定を整理しましょう」
アリスがそう言うと、私たちは教皇の執務室を後にした。
今後の予定を決めるため、客室へ戻ることにする。
ソファーに座ると、エレンがお茶を用意してくれる。
「それでは、何かご用がありましたらいつでもお呼びください」
一礼してエレンが退室する。
「さて、今後の予定だな。モニカ、どう進むのがいいんだ?」
「はい。ルミナスへ向かうなら、途中でルグレシアを通ります」
モニカがテーブルの上に地図を広げる。
「ですので予定通りルグレシアを訪問し、その後でルミナスへ向かうのがよろしいかと」
「ふむ、まぁ少し時間はかかるがしょうがないか」
そんな感じでしばらくアリスとモニカが今後の日程について話し合っていた。ルグレシアの後にルミナスへ向かうことが決まり、少しだけ気持ちが落ち着いたのだが。しかし、まだ気になることが一つ残っていた。
「あの……ところで他の四大魔獣って探さなくていいのかな?」
「今は急がなくても大丈夫だろ。黒龍と白羊はもうここにいるからな」
「ちなみに他のってどこにいるのかわかってるの?」
「銀狼はエルフの森にいるらしい。魔獣と呼ばれてはいるがエルフの国の守り神みたいな存在だ」
「えっ、エルフ!」
私は思わず身を乗り出した。
長寿で尖った耳の美男美女ばかりという異世界物定番の種族!
見たことないけどやっぱりこの世界にもいるんだ。
「エルフっているんだね、一度も見たことないけど」
「ああ、帝国にも何人かいるんだけど。エルフ族はあまり国の外には出ないからな」
「そうなんだ、それはぜひ行ってみたいね」
思わずテンションが上がる私を見て、アリスは呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑った。
「まぁ、エルフの国にも訪問することになるけどルミナスの後だから少し先だな」
「うん、それは楽しみだな。あっ、銀狼がエルフの国にいるなら、残る一体もどこかにいるんだよね?」
「玄黄は……どこにいるのかわからないんだ」
アリスが少し困ったように息を吐く。
「えっ? わからないの?」
「ああ。最後に目撃されたのも数十年前だ。今どこにいるのか、帝国でも把握できていない」
「なるほど、玄黄は行方不明で銀狼はエルフの守り神。だからオスカー司教はまず白羊を狙ってるのかな?」
「いや、最初は黒龍を狙っていた可能性もあるだろ。でも私が従えているのを見て、標的を白羊に変えたのかもしれないな」
「たしかにそれはあり得そうだね。あっ、だから黒龍と白羊がここにいる今、急いで玄黄や銀狼を探す必要はないんだね」
白羊の住処はあの霧の谷だ。しかも隠れることに関しては天下一品だ。
いなくなったことに気づくまでかなり時間が掛かるはず。
「そうだな。とりあえず今日中に帝国へ使者を送って明日にはルグレシアへ出発しよう」
「了解!」
こうして、私たちは次の目的地であるルグレシア王国へ向かうことになった。




