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■第95話 料理と温泉

 レイノルドの話が一通り終わると、今度は私たちが魔獣に襲われた件について話し始めた。


 魔獣を操っていたと思われる男のこと。

 その男が持っていた奇妙な魔道具のこと。

 そして、その男が帰還の魔石を使ったこと。


 話を聞き終えたレイノルドとセレストは、難しい顔で互いに顔を見合わせた。


「その魔道具というのは非常に気になりますな。もしやそれを使って四大魔獣を操るつもりだったのでしょうか?」


「えっ、そんなことが可能なのでしょうか?」


 ルーナが驚いたように問いかける。


「どうでしょうなぁ。私も魔道具には詳しくないので、なんとも言えません」


 レイノルドが一度言葉を切る。


「何にせよ、我々も邪教徒の動向を探っています。何かわかればお伝えしましょう」


「あの、教皇さま」


 話を終えようとしたレイノルドにルーナが声を掛けた。


「オスカー司教は今どちらに?」


「おや、どうしてオスカー司教のことを?」


「不穏な噂の件にオスカー司教が関わっている可能性があります」


 ルーナは魔王国で聞いた話をレイノルドに伝えた。


「ふむ……やはり、そうでしたか」


 レイノルドがため息をつきながら呟く。


「我々も彼の動向を探っていたのですが、実は昨夜から消息が途絶えております」


「えっ」


 部屋の空気が、一気に張り詰めた。

 私たちは一歩遅かったのかもしれない。


「彼のことも何かわかれば、すぐにお伝えしましょう」


 レイノルドはそう言うと、小さく息を吐いた。


「さて、もう日も暮れています。皆さまも今日はゆっくりとお休みください」



 その後、私たちはひとまず部屋へ案内されるものと思っていたが、そのまま食堂へと案内された。


「ようこそアリスレート殿下、ルーナさまもお帰りなさいませ」


 中に入るとメイドが歓迎の言葉と共に一礼した。


「エレンさん、お元気でしたか?」


「はい、ルーナさまもお元気そうで何よりです。お戻りになると伺いましたので、たくさんご馳走をご用意いたしました」


 エレンがテーブルの上に並んだ料理へ手を向ける。テーブルの上は、溢れんばかりのお皿で埋め尽くされていた。大ぶりの肉と野菜がゴロゴロ入った具だくさんのスープ。山盛りにされた木の実のサラダ。


 大量の肉が盛られた皿は……クロ用だろうか?


「すごく豪華だね」


 私が思わずそう呟くと。


「遠慮なく召し上がってくださいね。メインはこちらの仔羊のローストです」


 エレンが笑顔でそう言った。


「へぇー、それはおいしそう……んっ?」


 私は思わず言葉を止めた。


「仔羊……?」


 ……いや、待って。

 このタイミングでそのチョイス!?

 もう少し空気読んでよ、料理長!


 今まで魔獣料理ばかりだったのに、どうしてここで仔羊なんだよ……。

 これ、セレナは大丈夫なんだろうか?


 そう思っていたら、アリスとルーナもセレナに視線を向ける。

 するとセレナも、少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。


「セレナ……あの、これは」


 ルーナが少し慌てたようにセレナに歩み寄る。


「うん、わかってるよ。肉を食べる種族は狩った獲物を食べるものなんでしょう?」


「えっ、いや。まぁそれはそうだけど」


「大丈夫、別に気にしないから。まぁ、ボクは肉は食べないけどね」


 セレナはそう言って笑顔を浮かべた。


「それに、この仔羊とは面識ないし」


「いや、気にするとこそこ? ってか知り合いじゃなければセーフなの?」


 そりゃたしかに知り合いが食卓に並んでたら嫌だろうけどさ……。


「ありがとうセレナ。それでは皆さん、冷める前にいただきましょう」


 そうして全員席に着き食事を始めた。


 私は目の前に置かれた仔羊のローストを見つめていた。

 セレナもああ言ってたし食べて大丈夫だよね?

 肉を切り分け、一口頬張る。


「うわっ、なにこれおいしい!」


 柔らかくしっとりしていて、噛めば噛むほどジューシーな旨味が口いっぱいに広がった。


「仔羊ってこんなに美味しいんだね」


 夢中になって食べていると、ふと視線を感じて顔を上げる。

 するとセレナがじっと私を見ていた。


「えっ、どうしたの?」


 私が問いかけるとセレナは、少しだけ肩を落とす。


「やっぱり君は、ボクの体が目当てだったんだね……」


「ちょっと、誤解されるような言い方しないで!」


「まさか毛だけじゃなくて、肉まで狙っていたなんて……」


「いや、別にセレナを食べたりしないよー」


 私が慌てて否定すると、周りから小さな笑い声が漏れた。

 そして食事を終えると、エレンが私たちに向かって一礼した。


「それでは皆さま、お風呂の準備が整っております」


「あっ、そういえば温泉あるんだったね!」


 私は思わず身を乗り出した。


「またクレアは嬉しそうですわね」


 アリスが私をチラッと見ながら呟く。


「えっ、そんなことはないですよ~」


 そんな私を見てルーナが微笑む。


「ふふっ、じゃあセレナも行きましょう」


「う、うん……人の姿で入るんだよね?」


 私たちはエレンの案内で食堂を後にした。

 長い回廊を歩いていると、ほんのりと硫黄のような香りが漂ってくる。

 脱衣場に着くとエレンは一礼して去って行った。


 私は服を脱ぎながら、ふとセレナへ目を向けた。

 ……あれ?

 たしかあの服って体毛なんだよね?

 じゃあ脱ぐとどうなるんだろう。


「さっ、セレナ。ここで服を脱ぐんですよ」


「うん、わかった」


 そう言って着ていたワンピースを脱いだ。

 あっ、ちゃんと脱げるんだ!


 しかも体は毛に覆われてるわけでもなく、白くてきれいな人間の肌だ。

 思わず見入っていると、セレナが首を傾げた。


「どうしたの?」


「いや、その服って体毛が変化したものなんでしょ? どうなってるのかなって思って」


「ああ、これ?」


 セレナは脱いだワンピースをひょいと持ち上げる。


「体毛を形だけ変えてるから、脱ぐこともできるよ」


「体毛なのに脱げるんだ」


「便利でしょ?」


「便利を通り越して謎だよね!」


 ……うん、ここはファンタジー世界なんだから深く考えないでおこう。


「クレアさん、その辺りのお話は温泉に浸かってからでもよろしいのでは?」


 ルーナが苦笑しながら声を掛ける。


「あっ、そうだった!」


 私は少し照れ笑いを浮かべながら、みんなと一緒に浴場へと足を踏み入れた。


「セレナ、洗い方を教えますのでここに座ってください」


「うん」


 ルーナに促され、小さな椅子に腰掛けるセレナ。


「まずは体を流してから、石けんで洗います」


「へぇ……人族って、お風呂に入る前に体を洗うんだね」


「ええ、湯船はみんなで使いますからね」


「なるほど」


 セレナは感心したように頷いた。


「それじゃあ、髪から洗いましょうか」


「う、うん」


 ルーナが優しく髪を濡らし、泡立てた石けんで丁寧に洗っていく。


「わぁ……なんだかくすぐったい」


「ふふっ、少し我慢してくださいね」


 その様子を見ていた私は思わず頬を緩める。

 うん、実に尊い光景だ。これは見ているだけで癒やされる。


 そして体を洗い終わるとみんなでお湯に浸かる。魔王城の露天風呂も良かったけど、セイント・パレスのこの岩風呂も趣があっていい。


「ふぁぁ……あったかい」


 セレナは肩までお湯に浸かった瞬間、思わず気の抜けた声を漏らした。


「どうですか?」


「すごいよ。体が溶けちゃいそう」


 頬をほんのり赤く染め、目を細めるセレナ。


「ふふっ、それが温泉の魅力です」


 ルーナも嬉しそうに微笑む。


「こうしてると、人間がお風呂に入る理由がわかった気がするよ」


 セレナは静かに湯面を見つめる。


「うん、気持ちいでしょ。これからもみんなで一緒にお風呂に入ろうね」


 私がそう言うと、アリスがジッとした目で見ていた。


「まぁ、クレアは温泉以外にも目的があるんだろうけどね」


「うぅ、いや、私は別にみんなの裸が目当てとかでは……ないですよ」


「今、ちょっと間があったな」


「気のせいです!」


 私は慌てて首を横に振る。


「それにしては、さっきからセレナのことをずっと見てたよな?」


「うっ……」


 アリスの鋭い一言に言葉が詰まる。


「クレアさん?」


 ルーナまでじっとこちらを見つめてきた。


「違うの! あれは体毛が服になる仕組みを観察してただけで……決してやましい気持ちじゃ……」


 アリスが頭の後ろで手を組み岩にもたれかかる。


「やらしい気持ちだったんだろ?」


「ええっ、そんなことはないよ!」


「じゃあ今は何を見てる?」


「え?」


 思わず視線が泳ぎ、そのまま胸元に視線を向けてしまった。

 そんな私を見てアリスがニヤッと笑う。


「ほらな」


「うぐっ……反射的に見ちゃっただけです」


 浴場へ笑い声が響く。


 湯気の向こうで笑顔を浮かべるみんなを見ながら、私はそっと湯船に体を預けた。いろいろ大変なことはあったけれど、こんな時間があるから、また頑張ろうと思える。


 温泉は最高だった。

 料理も最高だった。

 ……いや、最高じゃない料理が一つだけあった。


 仔羊料理だけは、しばらく遠慮したい。

 まぁ、美味しかったけどね……。

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