■第94話 四大魔獣の真実
セイント・パレスの地下にある隠し部屋に二人の男の姿があった。
「オスカー司教。ルーナさまがお戻りになるそうです」
黒いローブの男が静かに告げた。
「そうですか……」
オスカーは静かに目を閉じた。
「それにアリスレート殿下が黒龍を従えていました」
「それは……なぜそのようなことに?」
「わかりません。黒龍が人に従うなど、我々も想定していませんでした」
「……ならば、他の予定を早める必要がありますな」
「銀狼ですか? それとも白羊を先に?」
ローブの男が問いかけると、オスカーはゆっくりと立ち上がった。
「まずは……白羊ですな」
オスカーは目を細める。
「こうなっては……予定を変更せねばなりませんな」
「銀狼はどうされます?」
「あれは少し面倒です。例の物の準備が出来次第、まずは白羊を優先しましょう」
そう言い残すと、オスカーは闇に紛れるように部屋を後にした。
魔王城を出発した私たちは、ネザリアで一泊し、翌日には聖公国に到着した。見慣れた街並みを目にすると、少しだけ肩の力が抜ける。
それなのに、ルーナの表情には隠しきれない緊張が浮かんでいる。今回の帰還は、楽しい里帰りというわけではない。それを思えば、緊張するのも当然か。
到着すると神官やシスターたちが出迎えてくれていた。
私たちが馬車から降りると、その中から一人の女性が歩み出る。
「ようこそお越しくださいました。まさかこんなに早く再会できるとは思っていませんでしたよ」
「急な訪問にもかかわらず、このようなお出迎えをしていただきありがとうございます。セレスト枢機卿」
アリスが華麗に一礼する。
するとルーナがセレストにゆっくりと歩み寄る。
「セレスト枢機卿。急な帰還となり申し訳ありません。まずは教皇さまへご報告したいことがございます」
セレストはルーナの真剣な表情を見ると、小さく頷いた。
「承知しました。教皇さまにはすぐにお取次ぎいたします」
そう言うと、近くに控えていた若い神官へ視線を向ける。
「教皇さまへお伝えください。ルーナさまとアリスレート殿下がお見えですと」
「はっ!」
神官は一礼すると、足早にセイント・パレスの奥へと駆けていった。
「それでは皆さまはこちらへどうぞ」
私たちはセレストの案内で、回廊を歩き始める。白い大理石で造られた廊下は相変わらず静かで、差し込む陽の光が床を優しく照らしていた。
「ルーナさん、大丈夫?」
私が小声で尋ねると、ルーナは小さく笑みを浮かべる。
「はい。ただ……少しだけ緊張しています。今回はご報告しなければならないことが多いですから」
たしかに、聖公国にとって見過ごせない話ばかりだもんね。
「大丈夫だよ、みんな一緒だから」
私がそう言うとルーナは少し表情を緩めた。
「ふふっ、ありがとうございます」
やがて重厚な扉の前で、セレストが足を止めた。
「教皇さま。聖女ルーナ、ならびにアリスレート殿下ご一行がお見えです」
そう告げると、静かに扉が開かれた。
「ようこそ、アリスレート殿下。まずはおかけ下さい」
教皇レイノルドに勧められアリスとルーナがソファーに座り、私たちはその後ろに立つ。するとルーナがセレナに声を掛け、手招きをする。
「セレナ、あなたもこちらへ」
「えっ、うん。わかった」
セレナが少し遠慮がちに腰を下ろすと、レイノルドは興味深そうに彼女へ視線を向けた。
「おや? その少女は?」
その問いにルーナが真剣な表情で答える。
「まずご報告いたします。私はこのセレナ――白羊と従魔契約を結びました」
「……白羊?」
レイノルドが固まり、セレストも瞬きを忘れる。
「「……えっ?」」
二人が同時に素っ頓狂な声をあげた。
それから白羊を従魔した経緯を詳しく説明したのだが、話を聞き終わるとレイノルドはなぜか笑った。
「ほっほっほ、まさかこんな形で先手を打てていたとは思いませんでしたよ」
「まったくですね。ルーナ、よくやったわ」
セレストまで嬉しそうな顔でセレナを見る。
「あの、先手とはどういうことでしょうか?」
「そうですなぁ」
レイノルドが顎に手を当てしばらく沈黙した。
「教皇さま、ここまで来たら皆さんにも知っていただくべきではないでしょうか?」
セレストの言葉にレイノルドが頷く。
「ふむ、どこから話すべきでしょうか? 皆さんは魔神に関してはどの程度お知りになっていますか?」
「三百年前に討伐されたこと、それから多くの者の憎しみや争いによって世界に歪みが生じた時に現れると聞いています」
フィオナから聞いた話だが、私が知ってるのはこれくらいだ。
「なるほど……そこまではご存じなのですね」
レイノルドが静かに目を細める。
「では、四大魔獣については?」
「四大魔獣……ですか?」
私が首を傾げると、レイノルドはゆっくりと話し始める。
「黒龍、白羊、銀狼、玄黄。この四体は、ただ強大な力を持つ魔獣というだけではありません。彼らは、魔神と深い関わりを持つ存在なのです」
「魔神と……ですか?」
ルーナが思わず聞き返す。
「四大魔獣は魔神の残滓より生まれた存在なのですよ」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「魔神の……残滓?」
「はい。三百年前、勇者たちによって魔神は討たれました。しかし、その力すべてが消え去ったわけではありません」
一度目を閉じ、レイノルドは静かに話を続ける。
「消滅する寸前に散った魔神の力は……世界に四つの形となって残りました。それが黒龍、白羊、銀狼、玄黄なのです」
「つまり……四大魔獣は魔神の一部ということなのですか?」
アリスがそう尋ねると、レイノルドは頷いた。
「正確には、魔神へ戻る可能性を秘めた存在……『魔神の欠片』と言った方が近いでしょう」
その言葉に、部屋の空気が重くなる。
「では、もし四大魔獣が集まれば……」
「いえ、集まったからと言ってすぐに復活ということはないでしょうな」
レイノルドは静かに首を振り、やがて重々しく口を開いた。
「しかし、魔神復活を望む邪教徒と呼ばれる者たちがまだ残っていたようでね。その者たちが四大魔獣を操ろうとしているという情報を掴んだのですよ」
「なるほど、だから先手を打てたと言ったのですね」
ルーナが納得したように表情を和らげる。
「ええ、その通りです」
そんなルーナを見てレイノルドは大きく頷いた。
「我々も長い間、邪教徒の動きを追っていました。しかし、彼らがどのように四大魔獣へ干渉するのかまでは分かっていなかったのです」
「でも……白羊はもうルーナの側にいる。これは大きいわ」
セレストがそう呟き、穏やかに微笑んだ。
「もし邪教徒が白羊を狙っていたのなら、もう彼らの計画は大きく狂っています」
その言葉を聞いて、私は少しだけ安心した。
けれど――。
「ただし、まだ油断はできません」
レイノルドの表情が険しくなる。
「四大魔獣は白羊だけではありません。黒龍、銀狼、玄黄……残る三体にも彼らの手が伸びる可能性があります」
それを聞いて私は思わず視線を泳がせた。
すみません。残り三体じゃなくて、もう二体なんですけど。
黒龍は……後ろで眠そうな顔して立ってます。
「……ふぁ~」
欠伸しちゃったよ……ちょっと空気読んで!
でもこれはクロが黒龍だってことも言った方がいいのかな?
チラッとアリスに目を向ける。
アリスも私の考えていることに気付いたのか、小さく頷く。
「あの、教皇さま」
アリスがそっと手を挙げた。
「その話についてですが、一つ訂正がありますわ」
「訂正……ですか?」
レイノルドが不思議そうに首を傾げる。
「はい」
アリスは少しだけ後ろに視線を向ける。
そこには、メイド姿クロが相変わらず眠そうな顔で立っている。
「その……黒龍なら、すでにここに」
アリスが少し申し訳なさそうな顔でクロを指さす。
「彼女が黒龍ですわ」
一瞬、部屋の中が静まり返る。
「その少女が……黒龍?」
「まさか……本当なのですか?」
二人が驚いた表情でクロに目を向ける。
「うむ、我は誇り高き黒龍……主よ、夕食はまだか?」
そんなことを言い出したので、私はこっそり声を掛ける。
「……ごめんクロちゃん、もうちょっとだけ大人しく待っててね」
「うむ」
ふと見るとレイノルドとセレストは呆然とした顔をしていた。
「実際に契約を結んだのはクレアです。ですが、表向きは私の従魔としております」
アリスが説明すると、レイノルドはしばらくクロを見つめた。
四大魔獣の一角であり、黒翼の災厄とまで呼ばれた強大な魔獣。
それが今、目の前で一人の少女の姿をして立っている。
「あの黒龍まで従えてしまうとは……驚きましたな」
レイノルドは感嘆の表情を浮かべる。
「なるほど……さすがクレア殿ですね」
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「それでは、すでに四大魔獣のうち二体が、皆さんの側にいるということですか」
「ええ、クロもセレナも私たちの仲間ですわ」
アリスが頷くと、レイノルドが静かに目を細める。
「これは……我々にとって、大きな希望となるかもしれません」




