■第93話 二つの道
それから二日後――。
旅の準備を終えた私たちは、朝早く魔王城の正門へと集まっていた。
空は雲ひとつない快晴で、旅立ちにはこれ以上ない日和だ。
「荷物の積み込みは終わっております」
モニカが最後の確認を終え、私たちへ報告する。
「ありがとう。これでいつでも出発できるね」
私がそう答えるとアルテシアが寂しそうな顔をしながらルーナに歩み寄る。
「ルーナよ、気を付けてな。また来るのじゃぞ」
「はい、もちろんです」
「はぁ、本当ならわらわも付いていきたいのじゃがのぅ」
アルテシアがチラッとセバスを見る。
「あなたはこの国の王なのですよ。ご自重ください」
セバスが呆れたような表情で諫める。
「うぅっ、魔王なんぞになるのではなかったわ……あっ!」
そう呟き、突然私に視線を向ける。
「そうじゃ、クレアよ。ちょっと魔王になってみんか?」
サラッととんでもないことを言い出したよこの魔王さま。
「ええっ、いやいや。そんなの駄目に決まってるでしょ」
「ふむ、そうか……やっぱり駄目か」
残念そうに肩を落とす。
するとルーナがアルテシアの手を握り、笑顔で話しかける。
「大丈夫ですよ、落ち着いたらまた来ますので」
「おお、本当か? 必ずじゃぞ。待っておるからな」
さっきまでしょんぼりしていたアルテシアが、一瞬で満面の笑みになった。
この魔王……ちょろいな。
今度はセバスが私の前へ歩み出る。
「クレア殿、もし何か困ったことがありましたら我ら吸血鬼族はいつでも力をお貸しします。どうかお気をつけて」
「はい、ありがとうございますセバスさん」
私がお礼を言うと、セバスも静かに一礼する。
「セバスも言っておったが何かあればいつでも連絡をよこすのじゃぞ。魔王国は全力でおぬしらの力になるでな」
「はい、それでは皆さまもお元気で」
挨拶を済ませ馬車に乗り、ゆっくりと動き出す。昨日のうちに帝国へ使者を送ったため、護衛として同行していた帝国騎士の一部は帰国することになった。
その代わりに――アルテシアが魔王国の騎士を二十名、護衛として同行させることを提案してくれた。人族と魔族の友好を示すことも出来るし、魔族の精鋭に来てもらえるのは心強い。ということでありがたく提案を受けることにした。
魔王城が少しずつ遠ざかっていくのを眺めながら、私はぽつりと呟いた。
「魔王国もいい国だったなぁ。またみんなで来たいね」
「そうですね、アルテシアさまとも約束しましたし。また来ましょう」
「うん、温泉もまた入りたいしね」
「えっ……そっ、そうですね」
私がそう呟くとルーナが苦笑しながら少し身を引いた。
「えっ、どうしたの?」
「その、クレアさんは温泉の話になると妙に目を輝かせるので……」
「クレアはみんなの裸が見たいだけだろ?」
アリスがさらっと爆弾を投げた。
「いやいや、そんなわけないじゃないか。決してやましいことは考えてないよ。私のいた国では一緒にお風呂に入るのは互いの絆を深めるための神聖な行為であって――。」
「あー、わかったわかった。もういいよ」
「うぅっ、最後まで聞いてもらえない……」
「別に言い訳しなくてもいいんだよ」
アリスが呆れたようにそう言い、馬車の中が笑いで包まれた。
こうして、私たちは再び聖公国へ向かう。
オスカー司教のこと、帰還の魔石のこと、そしてセレナの報告。
新たな謎を追う旅が、ここからまた始まるのだった。
――同じ頃、もう一つの旅も始まろうとしていた。
「はぁっ……はぁっ……間に合ってぇ……!」
大きな荷物を抱えたティアが、城の廊下を小走りで正門に向かっていた。
「持っていく物を選んでたら遅くなっちゃいましたぁ……」
正門に着くと馬車も騎士も準備万端で、傍らにはジルベール宰相と一人の女性が待っていた。
「すみません、お待たせしましたレノアさま」
「ふふっ、そんなに急がなくても大丈夫よ」
彼女はレノア・フィオリア。
火・水・風・土、四属性すべてを上級まで操る優れた宮廷魔導士である。
「準備は出来たようですね。ではレノア、ティア殿のサポートをよろしく頼むよ」
「ええ、お父さま。任せてください。久しぶりにモニカに会えるのも楽しみだし」
レノアが嬉しそうに笑った。
「少し長くなるかもしれませんが、貴方たちはアリスレート殿下が訪れるまでルミナスに滞在していただきます」
「はっ、はい」
「騎士には帰還の魔石を持たせていますので、何か分かれば報告をお願いします」
「はい、わかりました」
ティアは大きく頷く。
すると後ろから声が掛かった。
「はっはっはー、ティア殿は我ら第一騎士団がルミナスまでしっかりお守りしますので、ご安心ください!」
「きゃあー!」
背後から響いた大声に、ティアが飛び跳ねた。
「せ、セルジュ団長!? びっくりしました……」
「はっはっは! なかなか良い反応ですな!」
「もう、驚かさないでくださいよぉ」
ティアが肩を竦める。
「道中、何が起こるか分かりませんので、念のため第一騎士団を護衛につけています」
「えっ、そうなんですか。私、平民なのにこんなにしてもらっていいんでしょうか?」
「何を言ってるの? あなたはフィオナさまのお弟子さんで、帝国の正式な使者でもあるのよ。もっと胸を張って堂々としてればいいのよ」
レノアが笑顔でそう言った。
「はっ、はぁ。そうでしょうか?」
自分がそんな大役を任されているという実感はまだない。宰相さまから一通りの話を聞いたので、今回の調査が多くの人を守るために必要なことなのも分かっている。
「よし……頑張らないと」
ティアは小さく拳を握った。
こうして帝国でも、魔法国家ルミナスへ向かう新たな旅が始まった。
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これにて第二章終了となります。
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土曜日から引き続き第三章を投稿していきますので宜しくお願い致します。




