■第98話 鉱山の魔獣
私とクロは、夜の空を駆けていた。
馬車なら数時間かかる距離も、空を飛べばほんの数十分。
やがて、月明かりに照らされた巨大な山脈が姿を現した。闇の中に浮かび上がるその姿は、まるで巨大な黒龍が大地に横たわっているようだった。
「ここが……黒龍山脈か」
私は思わず息を呑む。
名前の由来になった存在が、今まさに隣を飛んでいると思うと、なんとも不思議な気分だ。
「主よ、あそこに飛竜がいるぞ」
クロが前方を見ながら言う。
視線の先には、騎士を乗せた飛竜が夜空を巡回していた。
「こんな時間まで戦ってるのかな?」
「いや、戦っている様子ではないな」
近づいてみると、飛竜たちは鉱山周辺を警戒するように飛んでいるだけだった。
地上でも騎士やハンターが魔獣を討伐しているが、大群が押し寄せているわけではない。
「あれ? なんかこの前襲われた時のような状況じゃないね?」
気配察知を広げると、確かに周囲には大量の魔獣がいる。
でも、統率された動きではない。
いくつもの小さな群れに分かれ、互いに距離を取っている。
「うむ、あの魔獣どもも操られているような気配はないぞ」
「じゃあ、これは一体どういうことなんだろう?」
私がそう尋ねると、クロは腕を組み考える。
「ふむ、もしや我がいなくなったことでここを縄張りにしようとあの魔獣たちが争っているのではないか?」
「あっ! そういうことか……じゃあ黒ローブの男関係ないのこれ?」
「そうかもしれんな」
つまり、クロがいなくなったことで生態系のバランスが崩れたってことか。
じゃあこれ、私にも責任あるんじゃ……。
「ねぇこれ、私が討伐した方がいいかな? クロちゃんがいなくなったの私のせいだし」
「いや、待て主よ」
何かを見つけたようにクロが山の方を見つめる。
「どうしたの?」
「おかしな魔力を感じる、あっちだ」
そう言ってクロは山脈の中心へと飛んだ。
「あっ、待って」
私も慌ててその後を追いかける。
山の奥へ進んでいくと、やがて大きな岩壁の前にクロが降り立つ。
岩壁の一部が崩れ、その奥に人の手で掘られたような空間が口を開けていた。
「これ……洞窟? 坑道にしては浅いね」
「うむ、だが誰かが掘った跡がある」
クロが低い声で呟く。
奥がかすかに見えるのでそれほど深い洞窟ではないが、中からは微かな魔力が漏れ出している。
「奥に何かあるね」
「うむ、嫌な気配だ」
洞窟を少し進むと、行き止まりには小さな祭壇があった。その上に置かれていたのは――悪魔のような姿をした石像。両手で軽く持ち上げられそうなくらい小さな石像だが、そこから感じる魔力は明らかに異質だった。
「これは……なんだろう? 絶対普通の置物じゃないよね?」
「主よ、これが魔獣を呼び寄せているのではないか?」
「えっ、じゃあこれも魔道具なの?」
「そうかもしれん、壊すか?」
「いや、待って。何かの手がかりになるかもしれない」
しかしどうする?
このままじゃ魔獣を呼び続けちゃうし。
「うーん……あっ、これ鑑定で情報見れるかな?」
私は石像をじっと見つめる。
壊すのは簡単だろう。
でも壊しちゃうと鑑定スキルで情報が見れなくなる。
「《鑑定》」
石像へ向けてスキルを発動する。
すると、目の前に文字が浮かび上がった。
『魔獣誘引の魔像』
『種類:呪具』
『効果:周囲の魔力を乱し、魔獣を引き寄せる』
『製作者:不明』
『呪術LV:9』
「魔獣誘引の魔像……」
私は思わず呟く。
「名前がそのまますぎない?」
「分かりやすいのは良いことではないか?」
「いや、もう少し隠す努力してほしいかな……」
ともあれ、これが原因なのは間違いないだろう。
「でも、製作者は不明か。しかもLV9……私じゃ解呪は出来ないな」
「ふむ、我が知る限りこのような物は黒龍山脈には存在しなかったぞ」
「じゃあ最近誰かが置いたってことだよね」
「うむ、そうだな」
「とりあえず持って帰りたいけど、このままじゃ魔獣を呼び続けちゃうんだよね?」
「街に持って行けば大変なことになるであろうな」
「だよね。うーん、どうしたものか……あっ!」
私はこの世界に来たばかりの頃に使った結界魔法を思い出した。
石像に手をかざす。
「《結界》」
石像が白い光に包まれ、石像からあふれ出ていた禍々しい魔力がすっと消えた。
「うん、とりあえずこれで大丈夫かな?」
「うむ、魔力が全く漏れておらん」
このまま触れても大丈夫かな?
そう思いながら手を伸ばし、石像を持ち上げる。
「うん、ちゃんと持てるね」
私はそのまま石像をマジックバッグへ収納した。
「よし、じゃあ戻ろうか」
そうして私たちが洞窟から出ると、巨大な影がこちらを見下ろしていた。
「あれ? なんかいるね」
洞窟の前には、さっきまでなかった複数の気配が漂っていた。
「うむ、さしずめ新たなこの山の主候補と言ったところか」
――ドスン。
――ドスン。
岩陰から、緑色の巨体がゆっくり姿を現した。
「うわっ、でかいな。なにあれ?」
「トロールだ……ただし普通の個体ではないな」
五メートル近い巨体で、その手には大剣を握っている。
そして、その後ろから数十匹のゴブリンが姿を現した。
「なるほど。このトロールがボスってこと?」
「恐らくな。そして……」
クロが警戒するように目を細める。
「あのトロールは何者かに操られているようだぞ」
「えっ?」
まさか。あの黒ローブの男が?
「我らが石像を持ち出した途端に現れた。守護を命じられていたのもしれんな」
私たちがそんな話をしていたら、次の瞬間。
「グォォォォッ!」
トロールが咆哮を上げ、大剣を振り上げる。
「来るぞ!」
ゴブリンたちが一斉に襲い掛かってくる。
「おっと、小竜の姿じゃ戦いにくいでしょ? 私がやるからクロちゃんは離れてて」
「この姿でも戦えるのだが、まぁいいだろう」
クロが空へ飛び上がる。
「さて、やりますか」
私は剣を抜き、飛びかかってくるゴブリンを斬り伏せていく。
でも数が多くてちょっと面倒だな、一気に行くか。
押し寄せる緑色の群れに向かって、軽く右手をかざした。
「雷撃魔法――《サンダーボルト》」
「ギャアアッ!」
パチパチと弾ける紫電が駆け抜け、ゴブリンたちは次々と地面へ倒れ伏した。
「ふぅー、じゃあ後は……」
トロールに視線を向ける。
さっきの魔法はあのトロールにもあたったはずなのに、あまり効いてないようだ。魔法に耐性があるのかな?
「グォォォッ!」
怒り狂ったトロールが咆哮を上げ、大剣を振り上げながら突進してきた。
「速っ!?」
見た目に反して俊敏だ。思わず私は後方へ飛び退く。
――ドォンッ!
振り下ろされた大剣が地面を砕き、岩が爆ぜる。
「これ、ちょっとおかしくない?」
クロほどではないが、明らかに今まで戦ったどの魔獣より強い。
「《鑑定》」
『種族:トロールロード』
『LV:280』
目の前に文字が浮かび上がる。
えっ、これ上位種……? しかもレベル280?
普通の魔獣とは完全に別格だ。
「主よ、そやつは恐らく何者かにテイムされておるぞ」
「テイム? やっぱりあの黒ローブの男?」
そんなことを考えてる間にもトロールは大剣を乱暴に振り回しながら襲いかかってくる。
「はあっ!」
私はトロールの大剣を受け止め、そのまま力任せに弾き返した。
トロールがよろけて後ろに下がったところを横薙ぎに切りつける。
――ズバァンッ!
血しぶきを上げてトロールが倒れた。
だが、傷口がみるみる塞がっていく。
「えっ、再生能力まであるの?」
なんて面倒な……このままじゃ埒が明かないな。
魔法も効きにくい、剣で切っても再生される。
あっ、そうだ。神剣ならどうだろう?
私は剣を鞘に納め、マジックバッグから神剣を取り出し抜き放つ。
白銀の刀身が月明かりを受け、淡い光を放つ。
「ごめんね。でも終わりにするよ」
次の瞬間。
私は地面を蹴った。
一瞬で懐へ入り込み、神剣を振り下ろす。
――ザシュッ。
巨大な体が斜めに裂ける。
トロールは声を上げる間もなく崩れ落ちた。
今度は傷口が塞がることもなく、そのまま動かなくなった。
気配察知で周囲を確認すると、集まっていた魔獣たちも鉱山から離れていく。
これでもう大丈夫かな。
「よし、帰ろうか」
私とクロは誰にも見つからないよう夜空へ飛び立った。




