■第99話 飛竜の国
翌朝、私とクロはアリスの前で正座していた。
「ゴブリンの群れにトロールロード……ねぇ」
アリスは腕を組みながら、じっとこちらを見る。
「なぁ、昨日私はなんて言った?」
「……戦うな、です」
「だよな?」
「はい……」
正論すぎて何も言えません。
「いや、あの。急に襲いかかってきたからつい……」
「まったく、クロはなんで止めなかったんだ?」
「主の命には逆らえん」
「えっ?」
「まぁ、それもそうか」
クロの言葉にアリスが納得していた。
……あれ?
これ完全に私が悪い流れ?
どうしよう、なにか許してもらえる方法はないか?
こういう時はやっぱり別の話題で話を逸らすのがいいかな……。
あっ、そうだ。
「あの……ほらこれ見て!」
慌ててマジックバッグから石像を取り出し、昨夜の出来事を一気に説明した。
話を聞き終えたアリスが、ジトッとした目を向ける。
「……話を逸らしたな?」
「ち、違うよ? 重要な報告だから!」
「まぁいい。で、その石像が魔獣を呼び寄せていたということか」
アリスがテーブルの上に置かれた石像を見つめる。
「うん、これを詳しく調べればなにかわかるかも」
私が答えると、ルーナが石像へ近づいた。
「クレアさん、この結界解除してもらえますか?」
「えっ、でもそんなことしたら魔獣が来ちゃうよ?」
「大丈夫ですよ、私がすぐに解呪しますから」
「あっ、そういえばルーナさん、解呪LV10持ってるんだっけ?」
「ふふっ、私に解呪出来ない呪具はありませんよ」
ルーナが珍しく自信満々な表情でそう告げた。
うん、これは任せて大丈夫だろう。
「じゃあ《結界解除》」
結界が解けた瞬間、石像から禍々しい魔力が噴き出した。
「《解呪》」
白い光が石像を包み込む。
黒い靄は一瞬で霧散し、嫌な気配も跡形もなく消え去った。
「おお、すごい。さすが聖女さまだね」
「ありがとうございます。調和の加護を頂いてから、以前より神聖魔法が扱いやすくなったんです」
「へぇ、調和の加護ってそんな効果まであるんだ」
ルーナは魔族の血の影響で、聖女の力をうまく扱えなかった。
でも今は違う。
調和の加護によって、彼女は本当の意味で聖女として歩き始めている。
聖女として自信を持てるようになったようで、なんだか私まで嬉しくなってしまう。
「それより問題は、この石像だろ」
「ああ、そうだった。解呪したら何か変わるかも――《鑑定》」
念のためもう一度鑑定してみたが、昨夜見た内容と同じだ。
「鑑定しても製作者とかはわからないね」
「うーん、これも帝国に送ってばあさんに見てもらうか?」
「それが一番なんだろうけど、でも時間かかっちゃうよね?」
なにかいい方法はないものか。
少し考えていると、ふとある人物の顔が浮かんだ。
「あっ、今ティアさんがルミナスに居るんだよね? じゃあこのままルミナスに持って行くのはどうかな?」
ティアもフィオナの弟子だ、こういう物の知識はあるはずだ。
「なるほどな……」
アリスは少し考える。
「ティアなら問題ないと思うが……ノエル殿下が敵だった場合はどうする?」
「えっ、その可能性もあるの?」
「いや、進んで邪教徒なんかに手を貸したりはしないと思うけど。あいつは珍しい魔道書とかチラつかせるとすぐ釣られるからな」
「ああ、言われてみるとそんな感じの人だったね」
確かにあの人、魔法の話になると目の色が変わるタイプだった。
「でも、それなら事情を話せば協力してくれるんじゃないかな?」
「だといいんだけどな。じゃあ、とりあえずこのまま持って行くってことでいいか?」
「うん、それが一番だと思う」
ということで、石像はそのまま持って行くことになった。
その後、朝食を済ませた私たちはすぐにルグレシア王国の王都へ向けて出発した。
途中で何度か休憩を挟みながらゆっくりと街道を進んでいく。
すると数時間後には王都の城壁が見えてきた。
空では飛竜がゆったりと旋回し、その巨大な翼が太陽の光を遮る。
遠くから響く咆哮は、まるで街そのものが生きているようだった。
そんな幻想的な光景を眺めながら城門をくぐると、街のあちこちに翼を広げた飛竜の石像が建っていた。
「うわぁ、飛竜の石像がいっぱいだ」
「まぁ、飛竜騎士団が国の象徴だからな」
噴水の中央や建物の入口にも飾られていて、この国では飛竜が人々に愛されているのだと一目で分かる。
「うん、本当に徹底してるね」
「ふむ。飛竜も悪くはないが、やはり竜の頂点は我だぞ」
「あはは、クロちゃん張り合ってる?」
「張り合う必要などない。事実だからな」
「はいはい」
私とクロがそんな会話をしていると、一際大きな女性の石像が目に入った。
「あれはなんだろう?」
「使徒さまの妻の一人、クリスティーナさまの石像ですね。とても頭の良い方で賢姫と呼ばれていたそうですよ」
ルーナが説明してくれた。そういえば前にアルテシアから少し聞いたな、各国の和平を結ぶのに貢献したとか。
「ほんと、お嫁さん全員が伝説級なんだね……」
もしかして……使徒さまが英雄になれた理由って、奥さんたちの方が優秀だったからなのでは?
いや、むしろ奥さんたちが使徒さまを英雄に育てた可能性まである。
そんなふうに街の様子を眺めながら馬車は進み、王城へと到着した。
城門前には、飛竜に騎乗した騎士たちがずらりと整列していた。
「うわぁ、飛竜がお出迎えしてくれるなんてすごいね」
「ああ、この国ならではの歓迎だな」
私たちが馬車を降りると、一人の女性が静かに歩み寄ってきた。
艶やかな金髪を揺らし、エメラルドグリーンの瞳をこちらへ向ける。
気品あふれるその姿は、まさに一国の王女そのものだった。
「ようこそアリスレート殿下。ルグレシア王国第一王女、ミレーヌ・ルグレシアでございます」
ミレーヌは優雅に一礼する。
「長旅でお疲れでしょう。まずは客室へご案内いたします」
「お気遣い感謝いたしますわ、ミレーヌ殿下」
私たちはミレーヌに案内され、王城の中へと足を踏み入れた。




