■第100話 失敗作の真実
クレアたちがルグレシア王国の王都へ到着したのと同じ頃。
魔法国家ルミナス王国、王都セシリア。
巨大な城壁都市へ、複数の騎士に囲まれた一台の馬車が近づいていた。
「ティア、ほら王都セシリアが見えてきたわよ」
レノアの言葉を聞いて、ティアは勢いよく窓へ顔を寄せた。
「うわぁ、ほんとですね」
ティアは巨大な城壁を眺め、小さく息をついた。
「はぁ、やっと着いたんですねぇ」
帝都からここまで四日かかっていた。
途中で魔獣に襲われたりして予定より少し時間がかかってしまったのだ。
「グリフォンの群れが現れた時は、もうだめかと思いましたよ」
「ふふっ、グリフォンくらいセルジュ団長なら問題なく倒せるわよ」
たしかに、セルジュ団長は高らかに笑いながらグリフォンを次々に切り伏せていたのだが。なんというか……むしろあの人の方が怖かった。
そんなことを思い出しながら窓の外を眺める。
城壁の周りはうっすらと白い光で覆われており、とても幻想的な光景だった。
「あれってもしかして結界で囲まれてるんでしょうか?」
「あれは魔獣を寄せ付けない多層防御結界よ。街中に張り巡らせた魔導回路で維持されているのよ」
「すごい……それってもう、街全体が一つの魔道具みたいなものですよね?」
未知の技術にテンションが上がってしまい、思わず馬車の窓から身を乗り出した。
「ちょっとティア、落ち着いて」
「あっ、すみません。つい興奮しちゃって、あはは……」
そんなことをしていると馬車は城門を通り、王都へ入った。
通りを歩く人々の多くが長杖を携え、ローブ姿の魔導士が当たり前のように行き交っていた。
通りの両脇には様々なお店や屋台が並んでいる。
そんな中、ふと見ると魔道具の店を見つけた。
そこには風もないのにくるくると回る風車や、魔力を籠めると中の水が渦を巻く水桶など、どこか素朴で温かみのある魔道具が並んでいた。
「うわぁ……あの水桶! どんな刻印なんでしょう? 見たい……分解したい……」
思わず窓から手を伸ばすティアをレノアが制止する。
「だから落ち着きなさい、あれは生活魔法を組み込んだだけのありふれた魔道具よ」
レノアは苦笑しながらも、どこか嬉しそうにティアを諭す。
「それに今回は観光じゃないのよ」
「あっ、そうでした!」
慌てて姿勢を戻す。
思わず浮かれてしまっていたが、ルミナスに来たのは魔道具の欠片の調査だ。
しっかり気を引き締めないと。
「まぁ、殿下たちが来るまで少しくらいなら街を見る時間はあると思うけど」
そう言ってレノアが笑顔を浮かべた。
「本当ですか?」
ティアの顔がぱっと明るくなる。
まずは、与えられた仕事をちゃんと頑張らないと。
そんな風に自分に言い聞かせるティアであった。
やがて馬車は王城へ到着した。
城門の前には騎士や使用人たちが並んでいる。
そして、その中に。
学者のような白衣をまとった薄い緑の長い髪に青い瞳の少女の姿があった。
馬車を降りると少女が一歩前に出る。
「ようこそ魔法国家ルミナスへ、第一王女ノエル・ルミナスです」
胸に手を当て、丁寧に一礼した。
顔をあげるとティアへ視線を向け、笑顔を浮かべる。
「久しぶりだね、ティア」
「えっと、お久しぶりです。ノエル殿下」
ぎこちない動作でスカートの裾をつまみ一礼する。
「お久しぶりです、ノエル殿下。レノア・フィオリアでございます」
隣に立つレノアは慣れた様子で華麗に一礼する。
その堂々とした所作はさすが公爵家のご令嬢である。
「おや、レノア君も来ていたのか」
「ええ、まぁ私はティアの助手みたいなものですよ」
「そんな、私なんかが恐れ多いですよ」
「はははっ、相変わらずだねティアは。君は私と同じ師を持つ兄弟弟子なんだからもっと自信を持ち賜え」
ノエルがティアの肩にポンッと手を置いた。
「あっ……はい」
「それより、私は君が持ってきたものの方が気になっているんだ」
「えっ?」
「フィオナ師匠からの手紙で大体の事情は把握している。とりあえずは私の工房へ案内しよう」
ノエルに案内され城内を進むと、工房は離宮のような場所にあった。
「さあ、ここが私の工房だ」
中に入ると棚にはたくさんの魔道具が並んでおり、どこかフィオナの工房と似た雰囲気だった。
「さて、では君が持ってきたものを見せてもらえるかな?」
「あっ、はい」
ティアがバッグから布包みを取り出し、そっとテーブルに置く。
中身は魔道具の欠片だ。
ノエルはそれを手に取ると、先ほどまでの穏やかな表情から真剣な研究者の顔つきになった。
虫眼鏡のようなもので刻印を確認するように何度も角度を変えて眺める。
「ふむ……なるほど」
「ノエル殿下?」
「これがビーストテイマーがより強力な魔獣を従えられるように作った魔道具だということはすでに知っているね?」
「はい」
「私が設計した魔道具だが……一部改良されてるね」
「えっ? 改良……ですか?」
「ああ。性能を大幅に引き上げようと改良を加えた形跡がある」
ノエルは欠片を裏返し、刻印を一つひとつ確認していく。
「ここを見てごらん……無理に魔力効率を上げようとしている」
「それってかなり危険なのでは?」
「うん。魔獣を操るどころか、下手をすると暴走させてしまう」
ノエルは小さく息を吐いた。
「……いや、もしかするとこれは魔獣を従えるためではなく、暴走させるために改良しようとしたのかもしれないね」
「いったい誰がそんなことを……」
「わからない。でもこれは、途中で失敗したんだろうね」
ノエルは以前ティアが見つけた、繋がっていない刻印を指さした。
それを聞いたティアは刻印をじっと見つめ、小さく首をかしげた。
「あっ、でもこれ失敗というよりあえて途中で止めたのでは?」
「ん? どういうことだい?」
「この刻印を繋げちゃうと術者を識別する術式が機能しなくなるので、使った本人も魔獣に襲われちゃいますよ?」
「あっ……そうか!」
ノエルの目が大きく見開かれた。
「術者保護の術式をここに置いたせいで、強化しようとすると干渉してしまうのか」
ノエルが食い入るように欠片を見つめながら溜息をつく。
「しかも……そのせいで魔力消費が大きくなっている。これでは熟練したビーストテイマーでなければ扱えない」
「えっ、それってそこそこ重大な欠陥なのでは?」
「うん……これは私の設計ミスだな」
「それはつまり、誰かが改良に失敗したんじゃなくて、元の設計に問題があったということですか?」
静かに話を聞いていたレノアが呟く。
「ああ……改良したくても出来なかったんだろうね」
少し恥ずかしそうにノエルが目を伏せる。
「あっ、なるほど。だからフィオナさまが失敗作って言ってたんですね」
「私がこんなミスをしていたなんて……しかしこれで数百匹も魔獣を操ったなんてかなり優れたビーストテイマーなのだろうね」
「フィオナさまも同じようなこと言ってましたね」
ノエルはしばらく欠片を見つめたまま、小さく苦笑した。
「設計者として、これは反省しなければならないね」
少し気まずい空気が流れる中、ティアはふと大事なことを思い出した。
「あっ、そうだ! この魔道具は誰に売ったんですか?」
「いつも取引している魔道具屋だが、話を聞きに行ってみるかい?」
「はい、お願いします!」
そうして、ティアたちは王都にある魔道具屋へと向かうことになった。




