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■第91話 クロとセレナ

 従魔契約を終えたセレナは、自分の腕や足を不思議そうに見つめていた。

 指を一本ずつ動かしたり、手を握ったり開いたり。


「まだ人の姿には慣れないかしら?」


 その様子を見てルーナが優しく尋ねる。


「うん……なんだか体がすごく軽い」


 そう言って一歩踏み出そうとした瞬間。


「きゃっ」


 足がもつれてふらりとよろけた。


「あっ、危ない!」


 ルーナが慌てて駆け寄り、セレナを支えた。


「ご、ごめん……まだ二本足って難しい……」


「焦らなくて大丈夫ですよ」


「うっ、うん。ありがとう」


 どうやら四足歩行から二足歩行になったばかりで、まだ上手く歩けないらしい。

 そんな尊い光景に、私は思わず両手を合わせた。


 しかし、セレナは人化しても白いワンピースのような服を着ている。

 クロが人化した時は全裸だったよね?


 ……なんでセレナは最初から服を着てるんだろう?

 いや、別に残念とか思ってるわけじゃないよ?

 ただ不思議だなぁって思っただけで……うん、そういうことにしておこう。

 

 私はそっと視線をそらした。


 羊だから、自分の毛がそのまま服になったとか?

 私がそんなことを考えていると。


 ぐぅぅぅぅ……。

 静かな谷に、お腹の音だけがやたらと響いた。

 一瞬、魔物でも現れたのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「あっ……ご、ごめん」


「もしかして、まだお腹空いてる?」


「その……うん」


 セレナが少し恥ずかしそうにお腹を押さえた。


「モニカ、さっきのアップルパイとクッキーまだある?」


「はい、もちろんございます」


 モニカはにこりと微笑み、新しいバスケットを差し出した。


「ちょうどお昼の時間ですし、皆さまもどうぞ」


「そうだね。せっかくだしみんなで食べよう」


 そうして、みんなで食事を始めた。


「お、おいしい……」


 セレナは夢中になってアップルパイを頬張る。

 一口食べるたびに、幸せそうに小さくもぐもぐと口を動かしている。


「セレナ、牧草クッキーもまだありますからね」


 ルーナがクッキーを差し出す。


「こんなにたくさん食べてもいいの?」


「もちろん。これからは仲間なんだから」


 私がそう言うと、セレナは少し照れくさそうに笑った。


「……ありがとう」


 そう言って、嬉しそうにもう一口頬張った。

 セレナもよく食べるけど、さすがにクロほどではないようだ。

 こうして私たちは、新しい仲間を迎え、和やかな昼食を楽しんだ。


 昼食を終え、みんなが一息ついていると。


「ねぇ、セレナ」


 私はふわふわの毛並みを思い出しながら近づく。

 今は少女の姿だが髪はふわふわでとても柔らかそうだ。


「髪を少しだけ撫でさせてもらえないかな?」


「それはダメ!」


 ぷいっと顔を背けられる。


「そんなぁ……」


 肩を落とす私の横から、今度はアリスが優雅に歩み寄った。


「私も少しだけ撫でてみたいのですが、ダメでしょうか?」


「……ダメ」


「私もですの?」


「ダメなものはダメ」


「なかなかにガードが固いんじゃのぅ」


 その様子を見ていたアルテシアが苦笑する。


「ルーナさんならいいのかな?」


 私がそう言うと、セレナは少しだけ考えてから小さく頷いた。


「まぁ……ルーナなら」


「ふふっ。ありがとうございます」


 ルーナが優しく頭を撫でると、セレナは気持ち良さそうに目を細めた。


「うらやましい……」


 私がそう呟くと、クロの耳がぴくりと動いた。

 何かを思いついたように翼をぱたぱたと羽ばたかせ、少し離れる。


 クロが一度セレナへ視線を向ける。

 そして負けてなるものかと言わんばかりに胸を張り、体が光に包まれる。


 ――ドォーン

 轟音と共に突然黒龍の姿になった。


「ええっ、クロちゃんどうしたの?」


「主よ、アリスとルーナも我に乗って飛びたいと言っておったであろう」


 クロの言葉を聞いて、アリスが目を輝かせる。


「そうですわね、ここならクロに乗って飛んでも大丈夫ですわね」


「ええ、本当に乗せて頂けるんですか?」


 ルーナも食いついてきた。


「見ておれ」


 クロがニヤッと笑みを浮かべ、横目でチラッとセレナを見る。もしかして、みんながセレナをチヤホヤしたから対抗心を燃やしちゃったのかな?


 そして、アリスとルーナがクロの背に乗る。


「では飛ぶぞ」


 そう言うとクロは大きく翼を広げた。

 

 ――バサァッ!

 風を巻き起こしながら空高く舞い上がる。


「きれい……あんなに遠くまで見えるわ」


「ええ、空から見る魔王国の景色も素敵ですわ」


 楽しそうにはしゃぐ二人の声が谷に響く。


「ふふん。空なら我の圧勝である」


 クロは満足そうにセレナを見下ろす。

 そして『どうだ?』と言わんばかりに……いや、絶対言ってるな。

 ドラゴンとは思えないくらいドヤ顔だった。


「クッ! ……ボクだって」


 そんなクロを見て、セレナが頬をぷくっと膨らませていた。

 クロが地上へ戻ると、セレナも負けじと白い光に包まれた。

 次の瞬間、人の姿から白羊へと戻る。


「ルーナ、アリス。ボクに乗って」


「えっ? いいんですの?」


「まぁ、ありがとうセレナ」


 二人が背に乗ると、セレナは軽やかに谷を駆ける。

 崖から崖へと飛び移り、風のような速さで草原を駆け抜けていく。


「ちょっとセレナ、速いです! もう少しゆっくり走ってください」


「ふふふっ、でもこれも気持ちいいですわ!」


 楽しそうな声に、セレナは少しだけ誇らしそうだった。


 戻ってくると、アリスとルーナはそのままセレナの首元や背中を優しく撫でていた。セレナも満更ではないようで、気持ち良さそうに目を細めている。


 その様子をずっと眺めていたのだが。


 ……あれ? 

 私は仲間外れなの?

 おそるおそる声を掛ける。


「あの……私も少しだけ撫でてもいいかな?」


「君はダメ!」


 声を掛けた瞬間、即答されてしまった。


「えっ、なんで?」


「君はなんか目が怖いし、急に抱きついてきそうだから」


「えぇ……そんな理由なの?」


「それに、枕にされたくないし」


 さっきの失言や抱き着いたりしたせいで完全に警戒されてしまっているようだ。


「ふふっ、クレアは自業自得ですわね」


 アリスがセレナを撫でながらくすりと笑う。


「うぅっ……否定できない」


 私は肩を落としながら、小さくため息をついた。


 ……いつか絶対、思う存分モフモフしてやる。

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