■第90話 月
私は慌てて両手を振り、取り繕った。
「いや、ほんとに無理に毛をむしったりしないから」
「ほんとに? なんだか獲物を見る目に見えるんだけど」
白羊は半信半疑といった様子でこちらを見つめる。
「本当です」
ルーナが静かに一歩前へ出た。
「その……クレアさんは、思ったことがそのまま口に出てしまうだけなんです」
「あの、ルーナさんそれフォローになってるようで、なってないよ?」
思わずツッコミを入れると、アリスが吹き出した。
「ふふふっ、クレアらしいですわね」
「うむ、悪気がないのだけは本当じゃな」
アルテシアまで頷く。
みんなしてひどくない?
そんなやり取りを見ていた白羊は、きょとんと目を瞬かせた。
「……なんだか変な人たちだ」
「うん、よく言われるよ」
私が苦笑すると、白羊は小さく笑った。
その笑顔を見て、場の空気が少しだけ和らぐ。
「君たちは……本当にボクを傷つける気はないんだな」
「もちろんだよ」
私は迷わずそう答えた。
「それに、もし誰かがあなたを傷つけようとしたら、今度は私たちが守る」
その言葉に、白羊は驚いたように目を見開く。
「……ボクを、守る?」
「うん。仲間になったらだけどね」
私がそう言うと、クロも小さく頷いた。
「うむ、主は約束を破らぬ。それに主は我らより遥かに強いぞ」
「そうなの?」
「あっ、うん……そうみたい」
「じゃあ、その力を見てみたい」
「えっ?」
「ボクの全力の突進を、一度だけ受け止めてくれない? 君が本当にボクを守れるくらい強いのか、確かめたい」
「えぇ? それ必要なの?」
いや、どうしようこれ? やらなきゃダメなの?
戸惑いながら周りを見回すと。
「うむ、しっかり受け止めてやるがよい」
「クレアさんなら大丈夫ですね」
「そうですわ、クレアなら受け止められますわ」
みんなそんな感じだった。
いや、実はちょっと怖いんだけど?
……みんな私に期待しすぎじゃない?
「はぁ……わかったよ。じゃあ周りに被害が出ないように少し離れようか」
ゆっくりと谷の開けた場所へ移動する。
白羊が距離を取り、真剣な表情になる。
「避けないでね」
「う、うん」
「白羊よ、遠慮はいらんぞー! 全力でぶつかるのじゃ!」
アルテシアがなぜか拳を突き上げ白羊を応援していた。
うん、まぁ別にいいんだけどね……。
白羊の全身が魔力をまとい、角が光る。
「じゃあ、行くよ!」
――ドンッ
地面を蹴り凄まじい勢いで突進してくる。
そして。
――ドゴォォォォン!
衝突の衝撃で地面がめくれ上がり、霧が爆風に吹き飛ぶ。
舞い上がった土煙がゆっくりと晴れると――。そこには、その場から一歩も動かず、白羊の角を両手で受け止めている私の姿があった。
「えぇぇー?」
「受け止めた!?」
「四大魔獣の突進を素手で……?」
周囲にいた帝国騎士や魔族の護衛たちからそんな声が聞こえた。
スピードも威力もすごかったけど、このくらいなら余裕で受け止められるな。
……でも、手がちょっとしびれたかも。
しかしこの角めちゃくちゃ硬いな……クロの攻撃程ではないけどかなりの威力だった。
「う、受け止められた……」
白羊は目を丸くしたまま固まっていた。
近くで見ると、その毛並みは雪のように真っ白で、ふわふわしている。
……ダメだ。これは我慢できない。
私は白羊の角から手を離し、そっと頭に触れてみた。
「おお、なにこれ? ふわふわじゃん!」
指先が埋もれるほど柔らかい。
「こんなの反則でしょ……」
気づけば私はぎゅっと抱きついていた。
うわぁー、これは人間をダメにする奴だ。
「ああ……幸せ~」
「わっ!? ちょ、ちょっと、離してよ!」
「あっ、ごめん。気持ち良くってつい」
しまった、あまりの心地よさに我を忘れていた。
我に返った私は慌てて離れた。
「まったく、こんなふうに触られたのは初めてだよ」
白羊は呆れたように言った。
でも、その表情はどこか嬉しそうだった。
今まで自分に近づく人間は、みんな毛や力を求めていた。
だけど、この人たちは違う。
自分を怖がらず、傷つけることもなく、仲間になろうとしてくれている。
「本当に……変な人たちだね」
白羊はそう呟き目を細める。
「でも……嫌いじゃない」
「じゃあ、これで従魔になってくれるかな?」
私が尋ねると、白羊は少し考えるように俯いた。
「……本当に、ボクでいいの?」
「うん。あなたがいいんだよ」
「わかった……君たちなら信じられると思う」
白羊はそう言って、まっすぐ私を見つめた。
私は目を閉じて首を横に振る。
「ありがとう。でも私じゃなくて、ルーナさんと契約してほしいんだ」
白羊はルーナに視線を移す。
「あの、私でもいいでしょうか?」
ルーナが一歩前に出て静かに声を掛けた。
「うん、いいよ。ボクは君を守りたい。だから……君と契約したい」
「ありがとうございます……私もあなたを守ります」
ルーナはそっと手を伸ばし白羊に触れる。
「私はあなたが傷つかないように、あなたがあなたらしくいられるように、ずっと傍にいます」
白羊は黙ってルーナを見つめる。
そして静かに呟いた。
「契約……ボクに名前を」
「名前ですか?」
ルーナは少し驚いたように目を瞬かせる。
従魔契約では、主が魔獣に名前を与える。
それはただの呼び名ではなく、互いを結ぶ大切な証だった。
「月のように優しく、静かに輝く白い毛並み……」
ルーナは白羊を優しく撫でながら見つめる。
まるで祈るように目を閉じ、小さく息を吸った。
「あなたは、暗い夜の中でも誰かを守れる強さを持っています」
白羊が少し照れたように視線を逸らす。
「セレナ……あなたの名前はセレナです」
「セレナ……」
白羊はその名前を噛みしめるように呟いた。
その瞬間、白い光が谷全体を包み込んだ。
まばゆい光が収まると、そこにいたのは先ほどまでの巨大な白羊ではなかった。
雪のように白くふわふわとした髪と小さな角。
そして、不安そうにこちらを見上げる少女の姿。
「えっ……これが、ボク?」
セレナは自分の両手を見つめる。
「ふむ、強い魔力を持つ主と従魔契約をしたことで人化の術が使えるようになったのであろう」
クロが腕を組みながらそう言った。
「そんなことがあるんですね」
「へぇ……なんだか変な感じ」
セレナは自分の髪を触る。
するとルーナが優しく微笑んだ。
「でも、とても似合っていますよ」
「……そう?」
「はい。あなたの優しさが、そのまま表れているようです」
セレナは少し照れたように顔を伏せた。
「……」
私はその光景を見て、思わず微笑んだ。
きっとこの子は、ずっと自分の価値を知らなかったんだろう。
でも、もう大丈夫だ。
これからはルーナさんが、この子を大切にしてくれる。
……と、感動していたのだけど。
「あれ……?」
ふと、あることに気づく。
セレナって、女の子だったんだ。
いや、ずっとボクって言っていたから完全に男の子だと思ってたよ。
ってかルーナは白羊が雌って気づいてたんだろうか?
だとしたらやっぱりルーナが主で正解だったのかもしれない。
こうして無事、私たちは新しい仲間を迎えることができたのだった。




