■第88話 白羊の住処
次の日の朝。
私は身支度を整え、魔王城の食堂へ向かった。
すでにアリスとルーナ、そしてアルテシアが席についており、テーブルの上には焼きたてのパンやスープが並んでいる。
「おはようございます」
「おはようございます、クレアさん」
ルーナが優雅に微笑む。
その隣に座っているアリスはなんだかワクワクした表情をしている。
やっぱり四大魔獣と戦うのが楽しみなんだろうか?
「うむ、皆そろったのぅ。では朝食を済ませたら早速出発するぞ」
アルテシアは朝から妙に機嫌が良さそうだった。
この場にいないモニカとクロは何かやることがあるらしく、朝早くから魔族のメイドさんと一緒にどこか行ったらしい。
何をしてるんだろう?
そんなことを考えながらパンを齧る。
食事が終わると、出発前に軽く白羊捕獲の打ち合わせをすることになった。
まずは白羊がどこにいるのか尋ねてみた。
「白羊の居場所じゃが、魔王城の少し北にある霧の谷というところにおる」
「ここからだと、どのくらいかかるんでしょうか?」
私の質問にアルテシアが腕を組み目を閉じる。
「馬車なら半日くらいで着くじゃろうかのぅ?」
「結構かかるんですね」
「うむ、後は白羊についても少し説明しておこう」
うん、まずはどんな相手なのかを知っておきたい。
「やつはあらゆる物理攻撃や魔法攻撃を体毛で吸収し、倍以上の威力で跳ね返す防御に特化した魔獣じゃ」
「つまり、力押しでは倒せないってことですね?」
「そうじゃな」
物理も魔法も効かない相手か。前世のゲームでもそんな敵はよくいた。
倒すだけならクロの時みたいにエナジードレインで何とかなるだろうけど。
でも今回は従魔にしなきゃいけないし、それが一番の問題だな。
「それに黒龍ほどではないが攻撃力も高い。特に突進は大岩すら砕く威力じゃ」
「突進ですか……」
「ただし、あやつは非常に臆病じゃからのぅ。危険を感じるとすぐ霧の中へ逃げよる」
「えっ、じゃあもしかしたら出てこない可能性もあるんですか?」
「うむ、以前あやつの毛が欲しくて捕まえに行ったんじゃが逃げられてしまってのぅ」
アルテシアはため息をつきながら一度言葉を切る。
「ゆえに捕獲には少し時間がかかるかもしれんのぅ」
なるほど、そんな問題もあるのか。
何かおびき出す方法も考えなきゃいけないな。
そんなことを考えていたら。
食堂の扉が開き、モニカとクロがなにやら大きなバスケットを複数持って入ってきた。
「みなさまお待たせいたしました」
モニカが一礼する。
「そのバスケットはなんですの?」
アリスが問いかける。
「昼食用のお弁当とおやつでございます。クレアさま、こちらをマジックバッグに入れて頂けますか」
「あっ、うん、いいけど。なんか多くない?」
「フフフ、これでよいのだ。主よ」
なぜかクロが自信満々な笑みを浮かべている。
「その笑い方、絶対何か企んでるよね?」
「うむ、持って行けばわかる」
自分用に大量のおやつでも作ったのかな?
「さて、ではそろそろ行くかのぅ」
アルテシアが立ち上がった。
「あの、もしかしてアルテシアさまも一緒に行くんですか?」
「もちろんわらわも行くぞ。ルーナとお出かけじゃ。それに白羊の毛も欲しいしのぅ」
魔王って暇なのか? というか、四大魔獣のところへ行くのにそんなピクニック気分でいいんだろうか?
その後、私たちは馬車へ乗り込み、霧の谷へ向けて出発した。
馬車の中で私は周りを見回す。
しかし改めて見ると凄いメンバーだな。
勇者と聖女。そして黒龍と吸血鬼にメイド、魔王までいる。
なんだこの最強パーティーは。
さらに馬車の周りにはエルネアたち帝国の護衛騎士に加え、魔王国の護衛も三十名ほど同行している。うん、戦力は十分だ。
問題はどうやっておびき寄せるかだよね。
餌になるものでも分かれば話は早いんだけど。
私はそんな風に白羊対策を考えていたのだが。
「そういえば、白羊って普段は何を食べてるんですか?」
ふと気になってアルテシアに尋ねる。
「うむ、基本は霧の谷に生えておる草や木の実を食べているそうじゃ」
「へぇ、やっぱり羊だけあって草食なんですね」
クロみたいに何でも大量に食べるのかと思ったけど、そうでもないのかな。
「まぁ、あやつを見つけるのは手間かもしれんが、姿を見せればおぬしがどうにかしてくれるじゃろう」
そう言ってアルテシアは満足そうに頷く。
「さて、少し腹も空いたのぅ。ルーナよ、お菓子でも食べるか?」
アルテシアは持っていたバッグからお菓子を取り出す。
「あっ、はい。いただきます」
「アリスもどうじゃ。わらわが焼いたクッキーじゃ」
「ええ、ありがとうございます」
対策を考えようと思ったら、完全に遠足みたいな雰囲気になってしまった。
ってか女子力も高いんだなこの魔王さま。
そして、その後も他愛もない話をしながら馬車は進み。
――数時間後。
「おっ、着いたようじゃぞ」
アルテシアの声に、私は窓の外へ目を向けた。
そこには白い霧が一面に立ち込める、静かな谷が広がっていた。
「ここが……霧の谷」
谷全体が濃い霧に包まれ、十メートル先すらはっきりとは見えない。
鳥の鳴き声すら聞こえず、辺りは不気味なほど静まり返っていた。
まるで谷そのものが息を潜め、侵入者を待ち構えているようだった。




