■第87話 魔道具のかけら
晩餐が終わると、それぞれ部屋に案内され休むことになった。私も用意してもらった部屋のベッドに腰を掛けて一息つき、明日からのことを考えていた。
はぁ、しかし明日から白羊探しか。
相手は四大魔獣だけど、クロと同格なら従魔にするのもそれほど難しくはないだろう。あまり気は乗らないけど、でもアリスにもルーナにもお世話になりっぱなしだし。恩返しも兼ねてちょっと頑張ってみるかな。
そんなことを考えているとコンコンッ、と扉がノックされた。
「あっ、はい。どうぞ」
返事をすると扉が開く。
「うむ、失礼するぞ」
なんと入ってきたのは、アルテシアだった。
「えっ、どうしたんですか?」
なんで魔王がわざわざ私の部屋に?
「うむ、少しお主と二人で話したくてのぅ」
「はぁ、お話ですか?」
「うむ、率直に聞くが。おぬし日本人じゃな?」
「えっ! それはどういう……」
「おにぎりやみそ汁を『懐かしい味』と言っておったじゃろ?」
「あっ!」
確かに、あの時は感動して意識してなかったけど。
そうか、この人は日本人である使徒さまと暮らしてたから……。
いや、でも別に警戒しなくていいかな?
ルーナを心から可愛がる姿を見てきた。
少なくとも悪い人には見えないし、話しても大丈夫な気がする。
「あの、もしそうだったらどうしますか?」
「おお、やはりそうじゃったか。となると、クレア・オプスクリタの娘という話も嘘じゃな?」
「あっ、はい……すみません」
初めて会ってからずっと、気さくなおばあちゃんみたいな人だと思ってたけど。
でも、やっぱり魔王らしく鋭い人なんだな。
「いやいや、よいのじゃ。おぬしがクレア本人じゃと分かったらセバスが長に戻ってくれと泣きついておったじゃろうからのぅ」
「ええ、なんかそんな気がします」
セバスには悪いけどこのまま娘だと思っていてもらおう。
そして、その後。
私は転生してから今までの経緯をアルテシアに打ち明けた。
「ほぉ……転生とな。そんなこともあるのか。マサヤは『いつの間にかこちらへ来ていた』と言っておったがのぅ」
「どうしてこんなことになったのか、私にもよく分からないんですよ」
「はははっ、マサヤも『どうしてこうなった』とよく言っておったわ。のう、少し日本の話を聞かせて貰えんか?」
「日本のこと……ですか? ええ、もちろんいいですよ」
その夜は遅くまで、日本での暮らしや文化について語り続けた。
アルテシアは何度も質問を挟みながら、実に興味深そうに耳を傾けていた。
そして。
「おっと、もうこんな時間じゃな。わらわはそろそろルーナの所へ行かねば」
「えっ、こんな夜遅くにですか?」
「うむ、今夜は一緒に寝るのじゃ」
「ああ、そういうことですか」
「うむ、クレアよ。今夜は楽しい話を聞かせてくれて感謝するぞ。明日は白羊を捕獲に行くんじゃからゆっくり休むんじゃぞ」
扉を開きながらアルテシアは手を振っていた。
「あっ、はい。おやすみなさい」
そうしてアルテシアは退室して、ルーナの部屋に向かった。
しかし……ルーナと一緒に寝るのか。
ちょっとうらやましいなと思いながら、私はベッドに横になった。
――時は少し遡り、ラフローグ帝国皇城。
皇帝オルクスの執務室に使者が訪れた。
「陛下、失礼いたします」
執務室の扉が開き、一人の騎士が入ってくる。
「何事であるか?」
オルクスが鋭い眼光で騎士を睨み、低い声で尋ねた。
「はっ、アリスレート殿下からの報告書をお持ちしました」
「報告書? 何かあったのですか?」
ジルベールが騎士に尋ねる。
「はっ、魔の森にて多数の魔獣の襲撃を受けました。その数は二百以上」
「なっ、二百だと。それで皆無事なのか?」
オルクスが身を乗り出し大声で問いかける。
「はっ、殿下とクレア殿のおかげですべて撃退いたしました。大きな負傷を負った者もいません」
「はっはっはー、そうかそうか。さすがアリスちゃんであるな」
すべて倒したと聞いてオルクスは満足そうに笑った。
「その際、謎の男がこの魔道具で魔獣を操っていたとのことです」
騎士はそう告げると、布に包まれた欠片を見せた。
「これは、複数の刻印がありますね。何の魔道具でしょうか?」
「はい、殿下よりフィオナさまに鑑定をお願いしたいとのことです」
「うむ、わかった」
オルクスが目を閉じて頷く。
「ご苦労様でした、下がって休んでください」
「はっ!」
ジルベールが欠片を受け取り、騎士は一礼して退室した。
――しばし部屋に静寂が流れる。
「ふむ……魔獣を操る者か、どう思う?」
「そうですね、例の者たちが本格的に動き始めたということでしょう」
「魔神を崇拝する邪教徒か、馬鹿馬鹿しい」
「しかし、まさか姫さまを襲うとは。思い切ったことをするものですね」
「全くであるな、これはクレアを護衛につけて正解であったな」
「ええ、彼女がいればよほどのことがなければ大丈夫でしょう。それに黒龍もいますしね」
「うむ、儂は次にあの娘が何をするか楽しみでしかたがない」
「ははっ、いずれは四大魔獣すべてを従えてしまうかもしれませんよ」
「はっはっは、さすがにそれはないであろう……そういえば魔王国には白羊がおったな」
「いや、まさか……いくらクレア殿でもそこまで常識外れなことはしないでしょう」
「そっ、そうであるな。はっはっはー!」
高らかに笑った後、オルクスはジルベールと顔を見合わせる。
――再び静寂が流れる。
「……それでは、私はこの欠片をフィオナ殿に見せて来ますので」
「うむ、儂は報告書に目を通しておこう」
そうしてジルベールはフィオナの元へ向かった。




