■第86話 四大魔獣
アリスのありがたいお説教が終わり、しばらくするとノックの音が聞こえた。
「失礼いたします、晩餐のご用意が出来ましたのでみなさまこちらへどうぞ」
メイドさんに案内され、私たちは晩餐会が開かれるという大広間へ向かう。
「こちらでございます」
重厚な扉がゆっくりと開かれる。
「おお……」
中に入ると思わず声が漏れた。
広間には長い食卓が置かれ、白いテーブルクロスの上には色鮮やかな料理がずらりと並んでいる。テーブルの中央には、大きな鳥の丸焼きのようなものが置かれている。
その他にも魚料理や、色鮮やかに盛りつけられた野菜の天ぷら。
そしてなにより、私が最も気になったのは三角形に整えられ海苔のような物が巻かれたおにぎりだ。
「うわぁ、おにぎりまであるんだ」
私がそんな声をあげると、アルテシアが歩み寄ってきた。
「おお、皆来たか。なんじゃクレアよ。おにぎりが気になるのか?」
「あっ、はい。これも使徒さまが考案された料理ですか?」
「そうじゃ、わらわ米は好きなんじゃが箸が苦手でのぅ。そしたらマサヤがこれを教えてくれたんじゃ」
「なるほど、これなら手で掴んで食べられますもんね」
「うむうむ、他にもたくさんの料理を用意しておるからのぅ。遠慮せず腹いっぱい食べるがよい」
「ありがとうございます」
私たちが席へ着くと、次々と料理が運ばれてくる。
湯気と一緒に食欲をそそる香りが広間いっぱいに広がった。
「では、いただきましょう」
アリスの言葉に合わせ、それぞれが食器へ手を伸ばす。
私もスープに目を落とした。そこにはどこか見覚えのある茶色い汁に、白いサイコロのような物と緑色の海藻が入っている。
「えっ……これはもしかして?」
思わず手が止まる。
「どうしたのじゃ?」
「これ……味噌汁ですか?」
その瞬間、アルテシアがニヤリと笑った。
「ほう、クレアは知っておったか。おにぎりにはやっぱりこれじゃろう」
「知ってるも何も……私の大好物ですよ」
ゆっくりと器を持ち上げると、ふわりと懐かしい香りが立ちのぼる。
「ああ……この匂い」
思わず目を閉じた。
どこか懐かしくて、ほっとする香り。
スプーンですくい、一口運ぶ。
優しい塩気と味噌の旨味が口いっぱいに広がった。
「ああ……おいしい」
思わず声が漏れた。
「はっはっはっ。そうじゃろう。マサヤが『日本人ならこれを飲めば落ち着く』と言っておっての」
「はい……懐かしい味って、こんなに落ち着くんですね」
聖公国にもお米はあったけど、味噌汁はこっちに来て初めてだ。
思わず感動してしまい、私は味噌汁に夢中になっていた。
だから、アルテシアの何気ない一言を聞き流してしまっていた。
「さて、まだまだたくさんあるからどんどん食べるがよい。メインはコカトリスの丸焼きじゃ」
「こかっ……コカトリスですか?」
「うむ。今日狩ったばかりの新鮮なコカトリスじゃぞ」
アルテシアは自信満々に笑っていた。
やっぱり魔獣料理だったか、なんか一気にこっちの世界に引き戻された気分だ。
切り分けられた肉を乗せた皿が目の前に置かれる。
うーん、コカトリスかぁ。
少しためらっていると、アリスが肉を一口口に運んでいた。
「あら、脂が乗っていて美味しいですわね」
「ええ、こんな美味しい鶏肉初めてです」
ルーナも絶賛していた。
いや、鶏肉なのか? 鶏肉って言っちゃっていいの?
……うーん。
覚悟を決めて恐る恐る一口食べてみる。
すると――。
「んー、なにこれ? 美味しい……」
皮はパリパリで、噛むたびに肉汁がじゅわっとあふれ出す。
たしかに鶏に似た味だけど、それよりも旨味が濃い。
「これ、本当にコカトリスなんですか?」
「うむ。美味であろう。魔獣の中でも高級食材じゃからの」
「はい、めちゃくちゃ美味しいです」
見た目は完全に化け物なのに、味は高級地鶏そのものだった。
異世界って、本当に分からないものだな。
「しかし、おぬしはよく食べるのぅ」
アルテシアがクロを見ながらそう呟いた。
あっ、まずい黒龍ってバレたら面倒なことになっちゃうか。
「うむ、この料理は最高だぞ。魔王よ」
「ほう、おぬし。やはり黒龍かえ?」
「ゲホゲホッ、ええっ。なんでわかったんですか?」
思わず、むせてしまった。
今のクロは可愛いメイドの姿なのに。
「はっはっはっ、わらわも半信半疑だったんじゃがのぅ。わずかに気配が漏れておったからじゃ、しかし今はアリスに従っておるのか?」
それを聞いてクロがチラッと私を見る。
前にアリスの従魔ってことにするって言ったからだろう。
どうする?
でも今までの様子を見ていると、アルテシアになら正直に言って大丈夫な気がするし。私はそっと頷く。
「我の主はアリスではない」
クロは私を見ながらそう言った。
「ほう、クレアが黒龍の主であったか」
「はい、実は事情がありまして……」
私はクロと出会った経緯と、正体を隠してアリスのメイドとして行動していること。そして表向きはアリスの従魔として公表する予定であることを説明した。
アルテシアは腕を組みながら何度も頷く。
「ふむふむ。確かに黒龍を従えているとなると、簡単には手出しできなくなるのぅ」
「はい、アリスレートさまの安全のためにもそのように公表しようと思ってます」
私はそう告げると、アルテシアは再び考え込む。
やっぱり魔王国からしてもそれは脅威なんだろうか?
そんなことを考えていたら。
「ならばいっそのこと他の四大魔獣も従えたらどうじゃ?」
「……はい?」
「アリスが安全でもルーナが心配じゃからのぅ。四大魔獣を四匹とも従えてしまえば誰も手出しできまい」
「いやいやいや! 四大魔獣ってそんなモンスター収集ゲームみたいに集めるものじゃないですよね?」
「なんじゃ、一匹捕まえられたのじゃ。あと三匹など誤差みたいなもんじゃろ」
「一匹でも十分すごいことなんですけど?」
「ルーナの周りに他の三匹を配置しておけばわらわも安心なんじゃが」
「ルーナさんに世界征服でもさせるつもりですか?」
すると私とアルテシアの話を聞いていたアリスがふと呟く。
「いえ、でもそれはいい考えかも知れないですわね」
「えっ、どういうこと?」
「四大魔獣すべては難しいでしょうけど、一匹をルーナさまの従魔にするというのはいい案だと思いますわ」
まぁ、確かにルーナが四大魔獣なんて従えたら聖公国の反聖女派も抑えられるかな?
「ほれ、アリスもそう言っておるではないか。ササッと捕獲してくるのじゃ」
「いや、だから四大魔獣をそんなお気軽に捕まえられないでしょう?」
「大丈夫じゃ。魔族領にも一匹おる」
「えっ、魔族領にいるんですか?」
「うむ、滞在中にそいつを捕まえればいいじゃろう」
「あの、それはもしかして『白羊』でしょうか?」
ルーナが呟いた。
「ほう、よく知っておるのぅ。その通りじゃ」
「えっと、その白羊って?」
「四大魔獣の一角ですわ」
アリスが説明してくれる。
「光を受けると七色に輝く純白の体毛を持つ羊のような魔獣ですわ。自身の毛であらゆる攻撃を吸収し、威力を倍にして跳ね返すそうですわ」
「へぇー、防御特化なんだ」
……いや、それでも危険なのは変わらない。
でもルーナを守れるなら従魔にする価値はあるのか?
ルーナはレベルこそ高いけど後衛だから前で守ってくれる存在が必要だ。
その魔獣が守りに特化してるならルーナにピッタリかも知れない。
「ええ。もしルーナさまが従えられれば、そう簡単に命を狙われたりすることもないでしょう」
なるほど。
クロがアタッカーなら、白羊はタンク役ってことか。
「どうじゃ? 悪い話ではあるまい?」
アルテシアが私に顔を近づけてくる。
いや……でもなぁ。
しかし私が返事をするより早く、アルテシアが高らかに告げる。
「よし、では明日から白羊を探しに行くぞ!」
「いや、私まだ行くなんて一言も言ってないんですけど?」
そうしてなぜか四大魔獣の一角を捕獲しに行くことが決定してしまった。
……どうしてこうなった?




