■第85話 初めてのお説教
メイドさんに案内されて廊下を進んでいくと、浴場らしき扉の前で待っているアルテシアの姿が見えた。
「おお、ようやく来たか。こっちじゃー」
私たちに気づくと、嬉しそうに両手をぶんぶん振っていた。
これほんとに魔王さま?
「お待たせして申し訳ございません。アルテシアさま」
アリスが一歩前に出て頭を下げる。
「よいのじゃよいのじゃ、さっ、早く入ろうではないか」
すごく楽しそうであった。
よっぽどルーナと温泉に入るのが嬉しいんだろうな。
扉を開けると魔王城とは思えないほど落ち着いた空間が広がっていた。
木の香りの漂う脱衣所。
ランタンの柔らかな灯りが部屋全体を優しく照らしている。
そして奥から聞こえる、水の流れる音。
「おお……脱衣所もめちゃくちゃいい感じですね」
「うむ、そうじゃろう。マサヤに聞いた話を元にわらわがこだわって作らせたからのぅ」
そして服を脱いで浴場に入ると、私は思わず立ち尽くした。
目の前に広がるのは、日本の高級旅館にあるような風情あふれる岩風呂だった。
ふわりと鼻腔をくすぐる微かな硫黄の匂い。
水面は月明かりを浴びて透明な琥珀色にきらめいている。
浴場の周りには遮るものは何もなく、眼下に魔都の街並みが飛び込んでくる。
「これは、すごいですわね」
「でもこれ向こうから見えてしまいませんか?」
ルーナは身をすくめながらタオルで体を隠した。
「はっはっはっ。大丈夫じゃよ。結界を張っておるから向こうからは見えんぞ」
「そんな結界があるんですね」
「うむ、さあルーナよ。一緒に湯に入ろうぞ」
「あっ、はい」
ルーナとアルテシアが湯船につかる。
「では、私たちも入りましょう」
アリスに進められて私たちもお湯に入る。
足先をお湯につけると、少し熱い。
そのままゆっくり肩まで浸かると思わず声が漏れた。
「はぁー! あったかい。景色もいいしこれは最高だね」
「ええ、旅の疲れが取れますわね」
アリスがお湯に浸かりながら両腕をあげて伸びをする。
私は思わず露わになった胸元に視線を落としてしまった。
「クレア、どこを見てますの?」
「ああ、いや……けっ、景色が綺麗だねー。はははっ」
「目が泳いでますわよ」
熱い湯のせいか頬を朱に染めたアリスが冷ややかにそう言い放つ。
温泉で暖まってるはずなのになぜか寒気がした。
「いやいや、本当に何もおかしなことは考えてないからね!」
「はぁ、まぁいいですわ。モニカ体を洗ってくださるかしら」
「はい、ではこちらへどうぞ」
アリスが立ち上がりモニカと共に体を洗いに行ってしまった。
「おっ、ではわらわも洗ってやろう。ルーナよ、こっちへくるのじゃ」
「えっ、いえ。魔王陛下にそのようなことをしていただくわけには」
「はっはっは、よいではないかぁ」
ルーナもアルテシアに手を引かれ洗い場へ行く。
私も湯船から出てルーナの隣に座った。
さて、髪でも洗おうかと思いながらふと隣を見ると。
「あっ、あの。体は自分で洗いますので」
「遠慮するでない。ルーナはわらわとマサヤの愛の結晶なんじゃからな。今日はわらわが綺麗に洗ってやろう」
アルテシアは本当に嬉しそうにルーナの体を洗っている。
……うん。
これは完全に久しぶりに会えたおばあちゃんと孫だね。
なんとも微笑ましい光景であった。
なのに私は、泡に包まれたルーナへ思わず視線を向けてしまった。
それはなんとも神々しい姿であった。
いや、見てはいけないんだろうけど……気になるものは気になる。
しかし体は女の子になっても、やっぱり中身は変わらないものなんだな。
我ながら困ったものだ。
そんなことを考えていたら。
「んっ、どうしたんじゃ?」
「い、いえ。なんでもありません」
慌てて視線を逸らす。
……危ない危ない。
気を付けないと、またアリスに呆れられてしまう。
そう思っていたらアリスがこちらを見ていた。
「えっ、どうしたの?」
「ふふっ、クレア。後でお話がありますので」
笑顔だけど目が笑っていない。
背筋に嫌な予感が走る。
どうしよう、なんか怖いんですけど。
とはいえ、今ここで聞く勇気もない。
気になりつつも、私は髪と体を洗い、その後はゆっくり温泉を楽しんだ。
そして、夕食までは再び客室で休むことになったのだが。
部屋でお茶を飲んでいると、アリスは真剣な表情でカップを置く。
「クレア、少し聞きたいことがあるんだが。お前って女の子が好きなのか?」
突然そんな質問を投げかけられた。
「ぶはっ、ゲホゲホッ。えと、それはどういう……」
驚きのあまり思わずお茶を吹き出してしまった。
「いつもお風呂で私たちの体をチラチラ見てただろ」
ああ……終わった。
これは完全にバレてる。
事実だから言い訳も思いつかない。
もしここで気持ち悪いと思われたらどうしよう。
これ私、また封印されちゃう?
そんな風におろおろしていると、ルーナが口を開いた。
「別に良いのではないかしら? 同性愛は女神ティリスさまもお認めになってますし」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、なので私はクレアさんがどんな嗜好でも気にしませんよ」
ルーナはそう言いながら優しく微笑んだ。
もしかしてこの世界ってそういうのに寛容なの?
女神さま、神か! いや、神だったわ。
「そういえばわたくしの胸もよくご覧になってましたね」
モニカにもバレてたー!
「うぅ、その……すみません」
「いえ、わたくしも別に気にしていませんよ」
「えっ、そうなの?」
「はい、わたくしの体に恥ずかしい部分などございませんので」
モニカが自信満々な表情で腰に手を当て、ものすごいドヤ顔をしていた。
うん、まぁたしかにスタイルは抜群なんだけどさ。
「モニカさんもこう言ってるんだし別にいいんじゃないかしら?」
ルーナは少し困ったような笑顔を浮かべながら優しい声でアリスを諭した。
「まぁ、そうなんだけどな。ただはっきり言っておいて欲しいってだけだ」
「そうなの?」
「ああ、正直クレアに裸みられるくらいなら私は何とも思わないしな」
「まぁ、アリスは皇女さまだものね」
ルーナは納得したように頷いた。
「それってどういうこと?」
「皇女なんて着替えもお風呂も侍女に手伝ってもらうだろ。羞恥心なんか持ってられないんだよ」
「ああ、それもそうか」
「それでどうなんだ?」
これはもう正直に白状するしかないか……みんなに嫌われちゃったりしないよね?
「あの……はい。女の子が好きです」
でも中身が男だってことは言わないでおこう。さすがにそれを教えたらもう一緒にお風呂に入ってもらえなくなっちゃうかも知れない。
「やっぱりか、でもこの中の誰かが好きってわけじゃないのか?」
「いや、それはみんな大好きだけど。それは仲間とか友達としてだよ」
アリスは腕を組み少し考える。
「ふむ、まぁそれならいいか」
私はアリスの表情をそっとうかがう。
怒っているような様子はない。
……あっ、なんか許された?
「でもなんで気づいたの?」
「私が悪意感知のスキル持ってるの忘れたか? いつもお風呂の時だけおかしな気配が出てたんだよ」
「あっ……」
そういえばそんなスキル持ってたな。すっかり忘れてた。
しかし、そんなおかしな気配を出してたのか私。
……まぁ、思い当たることしかないけど。
「その……すみませんでした」
気づけば私は流れるように土下座していた。
「いや、そこまでしなくていいから」
アリスが呆れたようにため息をつく。
「でも、反省はしておけよ」
「はい……」
その後もしばらくアリスから『あんまりジロジロ見るな』とか『気持ち悪い顔するのをやめろ』と様々なご指摘を受けた。
でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。怒ってくれるということは、それだけ私を仲間だと思ってくれているということだから。
こうして私は、魔王城で初めてのお説教を受けることになりました。




