■第83話 アルテシアの策
その日の夜。
私たちは用意してもらった客室で、今日の出来事を振り返っていた。
「いやぁ、今日は色々ありすぎたね」
「そうだな。ってか、なんで娘ってことにしたんだ?」
アリスが紅茶を口に運びながらそう言った。
「いや、なんとなくその方がいいかなと思ってね。説明も省けるし」
「まぁ、確かに娘でも長になってくれなんて勧誘されるくらいだもんな。本人だったら……」
「だよね……」
でもあとでバレたら怒られるかな?
「ところでさっきの話で出てきたアリスローゼって誰なの?」
「ああ、使徒さまの妻の一人だ。確か当時の第二皇女だったはずだ」
「へぇー、名前が似てるのは偶然なの?」
「アリスローゼさまが使徒さまの妻になってから、『アリス』は縁起のいい名だとされるようになったんだ。だから帝国の皇女には、アリスレイアとかアリスシエラとか、『アリス』の付く名前が多いんだよ」
「なるほど、そういうことだったんだ」
単なる偶然じゃなかったんだね。
「しかし、アルテシアさまは本当に優しい方でしたね」
ルーナがふふっと笑う。
「うん、完全におばあちゃんって感じだったよね」
「はい。飴までくださいましたし」
「いや、口に突っ込まれてたけどね」
「うふふっ……そうでしたね」
口元に手を当てルーナが照れくさそうに笑った。
「ルーナさまのことを本当に大切に思っておられるのは伝わってきましたね」
カップにお茶を注ぎながらモニカが微笑む。
「でも森を消し飛ばすっておっしゃった時は少し驚きましたけど」
「うん、あれは魔王って感じだったね」
「普段は穏やかでも、大切な者が傷つけられると怒るのでしょう」
たしかに、そういう人なのかもしれない。
見た目は若いけど、どこか本当に孫を可愛がるおばあちゃんみたいだった。
「しかし、明日はいよいよ魔都だな」
アリスがそう言うと、部屋の空気が少し引き締まる。
「魔王さまが『明日になればわかる』って言ってたことも気になるしね」
「ええ、どんな準備をしてくださったのか楽しみです」
「そうだな、さて、明日も早いし今日はもう寝るか」
「うん、そうだね」
そうして、私たちはそれぞれ用意された部屋で休むことにした。
そして翌日。
私たちは朝食を済ませ、馬車へ向かおうと屋敷から出ると。
信じられないような光景が広がっていた。
そこには屋根のない開放的な白い豪華な馬車があった。
その周囲には数えきれないほどの魔族の騎士たちが整列している。
さらに街の出口へ続く大通りにも、騎士たちが一直線にずらりと並んでおり。
帝国、聖公国、魔王国。三国の旗が掲げられていた。
「えっ、なにこれ?」
思わずそう呟いてしまった。
すると、アルテシアとセバスがこちらに歩いてきた。
「おお、来たか。昨日はよく眠れたか?」
「えっ、ええ、おかげさまで。しかし、これはいったい……」
アリスも驚いた表情で辺りを見回していた。
「うむ、あの馬車に乗って魔都までの道中、主要な三つの街を回る。ここまですれば三国の友好を疑う者はいなくなるじゃろう」
街を埋め尽くすような騎士たちを横目にアルテシアは高らかに笑っていた。
周りに目を向けるとどこを見ても騎士、騎士、騎士。
「あの……これは、いったい何人いるんでしょうか?」
私は恐る恐るそう問いかけてみた。
「五千じゃな。少なくてすまん。本当は魔王軍全軍にしたかったんじゃがセバスに止められてのぅ」
そんな恐ろしいこと考えたんですか?
友好を示すはずなのに、それじゃどう見ても進軍なんだけど。
いったいどこの国を滅ぼしに行くつもりだったんだ……。
「では、参るとするかのぅ」
アルテシアを先頭にアリスとルーナが馬車に乗る。
「何をしておる、おぬしも乗らんか。護衛がおらぬと締まらんじゃろう」
「えっ、私もですか?」
「うむ、フードは被っておって構わんぞ」
座席は二列になっていた。前列にはアルテシア、アリス、ルーナが座り、後列には護衛の私とエルネア。セバスは御者席の隣へ乗り込み、クロとモニカは私たちが乗ってきた馬車へ移った。
やがて馬車がゆっくりと動き出し、五千の騎士たちも一斉に歩みを進めた。
いや……これどう見ても友好訪問には見えないんだけど。
凄く良い言い方をしても軍事パレードでしょこれ?
そう思っていたのだが。
「おおっ、勇者さまだー!」
「聖公国の聖女さま、ようこそ!」
「魔王さまー!」
「三国の未来に祝福を!」
そんな感じでネザリアの街の人々には好評なようだった。
魔族の人たちってこういう派手なのが好きなのかな?
ネザリアの街を出て魔族の主要都市を進んでいく。
馬車が街へ入るたび、大勢の魔族たちが沿道を埋め尽くした。
「勇者さま、ようこそ魔王国へ!」
「聖女さま、ばんざーい!」
「魔王さま、かっこいいー!」
三国の旗が風にはためき、大きな歓声が街中に響き渡る。予定していた三つの街を巡る頃には、噂はあっという間に魔王国中へ広がっていた。
「はっはっはっ、これだけやれば、もう誰も三国の仲を疑わんじゃろう」
アルテシアが満足そうに笑っていた。
そうして日も傾き始めてきたころ、魔都の城壁が見えてきた。
「そうじゃルーナよ、疲れたであろう。城に着いたら一緒に温泉に入ろうぞ」
「えっ、あっ、はい。喜んでご一緒致します」
「お城に温泉あるんですか?」
「うむ。マサヤがいつも温泉の良さを語っておってな。それを聞いているうちに、わらわもすっかり好きになってしまったのじゃ。だから城にも作ったんじゃよ」
おお、温泉あるんだ!
そういえば教皇さまもあるって言ってたな。
魔王城ってもっとこう、毒の沼とかあったりして怖そうなイメージだったんだけど。こんな風に楽しみにしてていいんだろうか?




