■第79話 勇者と黒龍
「クレアさん、私はモニカさんと馬車をお守りしますので」
ルーナも馬車から降りて静かに杖を構えた。
「うん、お願いねルーナさん」
騎士たちが武器を構える中、アリスが前に出た。
「姫さま、何をなさるおつもりですか?」
エルネアが困惑していると、アリスが笑顔で告げる。
「私とクロが前線で魔獣を抑えますわ。さぁ、クロ。行きますわよ」
「うむ、久しぶりに暴れるとするか」
クロが姿を変える。
ドーンと大きな音を立てて巨大な黒龍が現れた。
――グォォォォォォォォッ!
森を揺らすような咆哮が響いた。
「おお、クロさんが黒龍の姿に!」
ちなみに今いる騎士たちは全員クロの事を知っている。
だがそれでも皆、思わず立ち尽くしていた。
「姫さま、なぜ黒龍を?」
エルネアの問いにアリスが笑みを浮かべる。
「ふふっ、それはこうするためですわ」
そう言ってアリスはクロの背に飛び乗る。
「……これ、ずっとやってみたかったのですわ」
クロの背に立った瞬間、アリスの髪が風になびいた。その表情は、いつもの皇女としての顔ではなく、ただ憧れていたものを手に入れた少女の顔だった。
やっぱり……多分こうなるんじゃないかと思った。
まぁ、本人がこんなに嬉しそうだし別にいいか。
そんなことを考えていた時だった。
前方の森から、魔獣の群れが姿を現した。
「クロ、魔獣が来ますわ」
「うむ、任せておけ」
クロが大きく息を吸い込む。
「グオォォォォー!」
クロのブレスが突撃してきた魔獣たちを薙ぎ払う。
だが数が多い。
前方の魔獣を倒しても、森の奥から次々と新たな魔獣が姿を現す。
「クロ、このままではキリがありませんわね」
「うむ。どうやらただ集まっているだけではないようだな」
クロが低い声で呟く。
「ただの魔獣の群れなら、ここまで統率された動きはせん」
「やっぱり……何かがおかしいってことですの?」
アリスがそう問いかける。
「うむ。それにこやつら、我を見ても逃げ出さん」
それは確かにそうだな、普通の魔獣なら黒龍なんて見たらすぐに逃げ出すはずだ。なのにこいつらは、恐れることなく向かってくる。まるで、自分の意思などないかのように。
私はクロの方へ近づき声を掛ける。
「ねぇアリス、この世界って、魔獣を操る魔道具とかあったりする?」
「いえ、聞いたことないですわ。でも……本当に何かに操られてるような様子ですわね」
アリスが聖剣を抜く。
「クレア、なんにせよまずはこの場を乗り切りますわよ」
「うん、そうだね」
迫って来る魔獣の方へ目を向け、私も剣を抜く。
神剣ではなく普通の騎士用の剣だけどね。
すると、後方からエルネアの声が響いた。
「総員、姫さまに続け! 我々も魔獣を食い止めるぞ!」
「「おおっ!」」
騎士たちが一斉に動き出し、なだれ込んでくる魔獣を倒していく。
ゴブリンやフォレストウルフなど。
一匹一匹はそれほど強くない魔獣ばかりだが。
あまりにも数が多すぎる。
「くそ、まだ来るのか……」
エルネアが険しい表情を浮かべる。
「エルネアさん、私が全員にバフ掛けるから。――《ブレイブ・オーラ》」
「バフ? なんですかそれは?」
次の瞬間、騎士たちの身体を淡い光が包み込んだ。
「えっ、これは……?」
エルネアが驚いたように自分の手を見る。
「身体が軽い。それに、力がいつもとは比べものにならない……!」
周囲の騎士たちからもざわめきが広がった。
「おお! これなら、まだ戦える!」
その言葉に、騎士たちの士気が一気に高まった。
「これはクレア殿の支援魔法ですか?」
エルネアたちは驚いていたが、詳しく説明してる時間はない。
「はい、そんな感じです」
私は剣を握り直し、魔獣へ切りかかる。
魔法を使えば簡単に倒せるのかもしれない。
でも、これから先のことを考えると剣での戦いにも慣れておきたい。
これは、私にとっても良い経験になるはずだ。
ふと見るとクロは空へと舞い上がっていた。
そしてその背に騎乗したアリスが空から斬撃を飛ばしていた。
ドォーンと大きな音が響き、魔獣が吹き飛ばされていく。
あれも勇者のスキルなのか?
ただ、あれだけの威力だと周囲への被害が少し心配だ。
私は残りの魔獣を確認する、たぶんもう半数くらいは倒せたはずだ。
もう一度《気配察知》を発動する。
あれ? なんか少し離れたとこになにかいる。
魔獣? いや、これ人か?
「エルネアさん、ちょっといいですか」
「クレア殿? どうかしましたか?」
「少し離れた場所に誰かいるみたいです。魔獣たちの様子を考えると、何か関係しているかもしれません」
エルネアの表情が険しくなる。
「まさか……魔獣を操っている者がいると?」
「まだ分かりません。でも、確認する必要があります」
私はアリスたちの様子を見る。
「さぁ、クロ。次はあっちですわ」
「うむ」
空ではクロに乗ったアリスが魔獣たちを次々倒していく。
この状況なら、任せても大丈夫だろう。
「少し離れますので、ここはお願いします」
「ええ、お任せください。お気をつけて」
「《影渡り》」
次の瞬間、私の身体は影の中へと溶け込んだ。
――少し離れた森の中。
男は木々に隠れるように戦闘の様子を観察していた。
「くっ、あれはどういうことだ?」
男が信じられないものを見たような顔で立っていると。
足元から突然人が飛び出してきた。
「うわっ! なんだ貴様は」
私が影を抜けると、そこには黒いローブに身を包んだ男が驚いた表情で私を見ていた。
胸元には、三日月の中央から深緑の触手がねじれるように渦巻く禍々しい文様が刻まれている。
フードを被っているので顔は見えない、だがその手には異様な魔力を放つ黒い球のようなものを持っていた。
「それが魔獣を操ってた魔道具なのかな?」
私が黒い球を指差すと、男の表情が変わった。
「貴様、勇者の護衛だったか。こちらも一つ問おう、なぜ勇者が黒龍を従えている? これでは我らの計画が……」
いや、従えてるのは私なんだけど……この男にとっては予想外のことみたいだし、教えてあげる必要はないよね。
「計画? なにそれ、詳しく教えてもらえるかな?」
私が詰め寄ると男は黒い球を強く握りしめた。
「悪いが、ここで捕まるわけにはいかないのでね」
私が踏み込むより早く、男は黒い球を地面へ叩きつけた。
そして懐から紅い石を取り出した。
一瞬攻撃アイテムかと思ったので思わず一歩下がった。
すると赤い光が男の足元に広がり、まぶしい光に包まれた。
「えっ、なにこれ?」
目を開けると、そこに男の姿はなかった。
代わりに残されていたのは、砕けた黒い球の欠片だけだった。
しまった……逃げられた。
あの赤い光が攻撃なのか判断できず、躊躇してしまった。
ほんの少し早く動けていれば、捕まえられたかもしれないのに。
はぁ……今は悔やんでも仕方ないか。
せめてこの欠片だけでも持ち帰ろう。
もしかしたら、何か分かるかもしれない。




