■第77話 神剣
翌日、私は一人でフィオナの部屋を訪れた。
魔王国への出発まで、あと数日。
準備らしい準備はほとんど終わっているのだが。
それでも、なぜか落ち着かない気持ちがあった。
魔王国が危険な場所ではないことは分かっているのだが。
それでも、何が起こるか分からない以上、できる準備はしておきたい。
コンコンッ。
「すみません、クレアです」
「おお、クレアどの。どうぞお入りください」
中に入るとフィオナ一人のようだ。
「さっ、お座りください」
「あっ、はい。失礼します」
「魔王国へ行く準備はもう済みましたかな?」
「ええ、まぁ私は特に荷物もないですから」
それにマジックバッグもあるから準備と言ってもほとんどやることがないのである。
「ふぉっふぉっふぉ、そうですか。それで今日はどんなご用件ですかな?」
「えーと、あの剣を一応持って行きたいと思いまして」
これからいくつもの国を回るわけだし、予想外の事態が起こらないとも限らない。いざという時、みんなを守れるように持っておきたいと思ったのだ。
「神剣ですかな、もちろんかまいませんぞ。この先、何があるかわかりませんからな。ワシとしても姫さまの護衛であるクレアどのに持っていてもらいたいと思っておったところじゃよ」
話しながら立ち上がり、フィオナは部屋の奥に行く。
そしてなにやら文様が刻まれた頑丈そうな箱を開き、一本の剣を出すと、私の方へ振り返る。
「それに……どうやらこの剣はすでにクレアどのを主に選んでいるようですからな」
「えっ、そうなんですか?」
私には良く分からないけど、まぁフィオナがそう言うなら間違いないのだろう。
フィオナはゆっくり私の方へ歩み寄る。
「さっ、どうぞ持って行きなされ」
フィオナはまっすぐ私を見ながら剣を差し出した。
私はそれを両手でそっと受け取る。
「はい、ありがとうございます」
「クレアどの、姫さまのことをよろしく頼みましたぞ」
そう言ってフィオナが頭を下げる。
「いやいや、フィオナさまが頭を下げるようなことじゃありませんから」
フィオナは顔を上げると優しく笑った。
「いえ、これは頼みではなく……信頼しております、という意味ですじゃ」
「あっ……わかりました。任せてください」
そうして私は受け取った神剣をマジックバッグに入れる。
これを使わなきゃいけないような相手は、できれば現れて欲しくないんだけど。
でも、なにか嫌な予感もするんだよね。
だから一応、いつでも使えるように持っておきたかったのだ。
そうだ、せっかくフィオナのところに来たんだから魔王の事も聞いておくか。
「あの、ところでフィオナさま。魔王国って行ったことあるんでしょうか?」
「ええ、ありますぞ。現魔王のアルテシアさまにも三百年前の魔人討伐の際にお世話になりましたからな」
「お会いしたこともあるんですね。ちなみにどんな方なんでしょう?」
「そうですなぁ、一言で言うと自由なお方ですかな。まぁ悪い方ではありませんな」
フィオナは懐かしそうに目を細める。
「今は使徒さまやその妻たちが残した世界をそっと見守っておられるようですじゃ」
「んー、なんだかルーナさんみたいな優しい女性なんですかね?」
「ふぉっふぉっふぉ、それは少し違うかもしれませんがな」
「えっ、違うんですか?」
「ルーナどのは誰かを包み込むような優しさを持つお方ですが、アルテシアさまは自分の信念を貫く強さを持つお方ですじゃ」
なるほど、フィオナの話を聞く限りではどうも私の想像とは違う人物のようだ。
なんにせよ、怖い人じゃないならいいんだけどね。
「魔神討伐の際も、あのお方は我々に快くお力を貸して下さいましたからな。今回はルーナどのもおられることですし、きっと良い話し合いができると思いますぞ」
「そうですね、ありがとうございます。おかげで安心して出発できます」
そう言って席を立とうとしたのだが、今の話の中に気になるワードがあったことに気づいた。
私はそっとフィオナに問いかける。
「あの、フィオナさま。三百年前の魔神って倒したんですよね?」
「ん~? もちろんですじゃ」
「復活するとかないですよね?」
なぜこんなことを聞いたかと言うと、女神さまの伏線が気になったからだ。
もしあれが魔神が復活するからどうにかしろ、ってことだったら……。
「ふぉっふぉっふぉ、ありえませんじゃ。魔神は間違いなく消滅しましたからな」
「そうなんですか……」
それを聞いて少し安心する。
やっぱり、女神さまが言ってたのは魔神復活のことじゃなかったのかな。
なんでもう少しはっきり伝えてくれないんだろう。
そのまま話は終わると思っていたが。
しかし、フィオナは何かを考えるように少し黙り込んだ。
「ただ……」
フィオナが少しだけ真剣な表情になり、ポツリと呟く。
「これは機密なんじゃが、最近のおかしな噂を流しておる者の目的が魔神復活をさせることである可能性もあるんじゃ」
「ええっ、そうだったんですか! でも噂を流すことと、魔神にどんな関係が?」
「まだ確証はありませんがのぅ。ただ、今回の噂は少し妙なのですじゃ」
「妙……ですか?」
「魔王国と聖公国の関係を悪化させ、人族と魔族の間に不信感を生ませようとしておるように見えるんじゃが」
「ええ、アリスたちはルーナさんを失脚させるためなんじゃないかって言ってましたが」
「それもあるかもしれませんがのぅ。本当の目的が人族と魔族の間に大きな混乱を起こすだけでなく、すべての国を争わせることが目的だとしたら?」
「あっ……」
「魔神は三百年前、我々が力を合わせて倒しました。しかし、その時に分かったことがあります」
フィオナは真剣な目で続ける。
「魔神のような存在は、多くの者の憎しみや争いによって、世界に歪みが生まれることで現れるようなのですじゃ」
その言葉に、私は息を呑んだ。つまり女神さまは、魔神が生まれるような状況を防げ、と言いたかったのだろうか?
「もちろん、これはただの推測に過ぎませんじゃ。この件はジルベール宰相が調査しておりますので今の話は内密にお願いしますぞ」
フィオナはいつもの穏やかな笑顔に戻る。
「はい……分かりました」
私は小さく頷いた。
「クレアどのは今まで通り姫さまをお守りください」
今回の魔王国への訪問は、ただ友好を深めるための旅だと思っていたけど。
でも、どうやら私たちは知らないところで、もっと大きな問題に巻き込まれているのかもしれない。




