■第73話 束の間の休息
「きゃあーーーー!」
暗闇を抜けた次の瞬間、目の前には尻もちをついたティアの姿があった。
スカートが少しだけめくれてしまっていて……あっ、白い布が見えた。
……いや、今のは不可抗力だからね?
見ようと思ったわけじゃないんだから。
影から出たら目の前だったんだもん!
「あっ、ティアさん。びっくりさせちゃった?」
影渡りは、影から影へ移動するスキルだ。
慌ててたので、とりあえずティアの影に移動したのだが。
ちょっと驚かせてしまったようだ。
「ええっ……クレアさん? どこから現れたんですか?」
「ははっ、ごめんねー、ちょっと急いでたもんで」
「どう急いだら突然私の足元から顔を出すんですか?」
まぁ、そりゃ足元から急に人が現れたら驚くよね。
そこで私は辺りを見回す。
棚に並んだたくさんの魔道具が視界に入った。
あれ……ここ、フィオナの部屋だったんだ。
まぁ、他の人がたくさんいるとこじゃなくて良かった。
「おや、クレアどの。どうされましたかな?」
フィオナも私を見て少し驚いた顔をした。
「あっ、フィオナさま。お久しぶりです」
「式典はもう終わったのですかな?」
「はい、式典の後アリスの手合わせの相手させられそうになったので逃げてきました」
「ふぉっふぉっふぉっ、勇者となっても姫さまは変わりませんなぁ」
まったくだよ、あんな大勢が見てる前で手合わせとか絶対無理。
勝てるかどうかじゃなくて、私はアリスに剣なんて向けたくないし。
「そうじゃ、クレアどの。温泉饅頭美味しかったですぞ。ありがとうございますじゃ」
「喜んで貰えたなら良かったです。魔王国でもまた何か買ってきますね」
「ところで、さっきのは何だったんですか?」
ティアがお尻を抑えながらそう聞いてきた。
「ああ、ほんとにごめんね」
そう言って、私は《影渡り》のことを簡単に説明した。
「へぇー、そんなスキルがあるんですね。でも、あんまり驚かさないでくださいね」
「はい、気を付けます」
すると私とティアのやり取りを聞いていたフィオナがお茶を飲みながら、ゆっくりと頷いた。
「しかし、《影渡り》とは便利なスキルですな。使い方次第では戦場でも大きな力となりましょう」
「そうですね。逃げる時にも役立ちますし」
私が苦笑すると、フィオナは肩を震わせて笑った。
「ふぉっふぉっふぉっ。クレアどのらしいが、それは少々使い方が違う気もしますのぅ」
そんな話をしていると――。
コンコンッ。
部屋の扉がノックされた。
「フィオナさま、失礼いたします」
あっ、モニカの声だな。
扉が開くと、モニカに続いてアリスとルーナまで部屋へ入ってきた。
「あっ、クレア。ここにいましたのね」
アリスが呆れたようにため息をつく。
「いや、その……ちょっと休憩でもしようかなって」
「探しましたのよ?」
「すみませんでした!」
条件反射で頭を下げる。
「はぁ、全くあなたは……急にいなくなったので心配しましたのよ」
するとルーナがくすくすと笑った。
「クレアさん、いきなり消えたので驚きましたよ」
「だって勇者の試し斬りなんて絶対嫌だもん」
「試し斬りではありませんわ。少し手合わせをお願いしたかっただけですのに」
「その『少し』が怖いんだってば! 私って吸血鬼なんだよ? 勇者に狩られる側なんだからね」
部屋の中に笑い声が広がる。
フィオナも楽しそうに目を細めていた。
「ふぉっふぉっふぉっ。相変わらず賑やかで何よりですなぁ」
「お騒がせしてすみませんでした」
しっかり謝罪をして、私たちは部屋を後にした。
廊下へ出ると、城内もようやく少し落ち着きを取り戻していた。
「では夜の祝賀パーティまでまだ時間がありますので、お部屋に戻って休まれますか?」
「そうですわね、みんなでお茶にしましょうか」
そして、私たちはアリスの私室へ向かった。
「むっ、おかえり主」
「あれ? クロちゃんそれは?」
部屋に入ると、クロがお茶の準備をしてくれていた。
最近はモニカの指導でそれなりにメイドの仕事が出来るようになったようだ。
「おっ、今日はクロがお茶を淹れてくれるのか?」
「まぁ、それは楽しみね」
アリスとルーナがそう言いながら席に着く。
「うむ、我が美味しいお茶を飲ませてやろう」
クロが全員の分のお茶を淹れていく、その隣でモニカが少し不安そうに見ていた。私、アリス、ルーナの前にお茶を置いていく。
そしてなぜかクロは自分の分も淹れていたのだが、まぁそれはいいだろう。
アリスがカップに手をかけ口に運ぶ。
「うん、なかなか美味いじゃないか」
「ええ、とても上手に淹れられてるわよ」
そんな二人の笑顔を見て、モニカがほっとしたように息を吐く。
「うむ、モニカに教えてもらったのだ」
得意げな顔でそう呟き、クロも席に着きお茶を飲んだ。
「それじゃあ私も……うん、美味しい。」
思わずもう一口飲んでしまう。
口に含むと茶葉の心地よい苦味と、ほんのりとした甘みが口の中にじんわりと染み渡った。最初はメイドの仕事なんて出来るのか不安だったクロが、今では誰かのために美味しいお茶を淹れている。
そんな姿を見ると、なんだか私まで嬉しくなった。
「ああ、クロもメイドとしてちゃんと成長してるんだな」
「うむ」
アリスの言葉を聞いてクロは満足そうにうなずいた。
「ふふっ、黒龍が淹れてくれたお茶を飲めるなんて私たちぐらいでしょうね」
ルーナも、お茶を口に運んで小さく微笑んだ。
部屋の中には穏やかな空気が流れ、誰もが自然と笑みを浮かべていた。
勇者就任式なんていう大きな一日だったけれど、こうしてみんなで他愛もない話をしながらお茶を飲む時間が私は一番落ち着く。
しかし……のんびりお茶を飲んでいるけど、このあと待っているのは貴族だらけの祝賀パーティだ。
まぁ、私は料理でも食べてればいいかな。なんて思っていたら。
「あっ、クレア。パーティーでは私と一緒にみんなに挨拶してもらうからな」
「えっ、なんで私まで?」
「クレアのお披露目も兼ねてるんだよ」
「それは必要なの?」
するとモニカが即答する。
「クレアさまはアリスさまの護衛として各国へ同行されます。今日の祝賀パーティは、そのお披露目の場でもありますから」
「うぅ……式典に顔出すだけじゃ駄目なのか」
なんだかものすごく緊張してきた。
さっきまでは料理が楽しみだったけど、その話を聞いたら胃が痛くなってきた。
……お願いだから、誰も私に話しかけませんように。




