■第70話 衣装合わせ
翌朝。
久しぶりに自分の部屋のベッドで目を覚ますと、体の疲れがすっかり取れていた。
「うーん……やっぱり自分のベッドが一番だぁ」
大きく伸びをして窓を開ける。
朝日を浴びた帝都の街並みが広がり、今日も城下は朝から賑わっていた。
聖公国で過ごした数日も楽しかったけれど、やっぱり帰ってくると安心する。
身支度を整えて隣のアリスの私室へ向かうと、ティアがちょうど部屋から出てきたところだった。
「あっ、おはようございます、クレアさん」
「おはよう、ティアさん」
「ジルベール宰相より伝言なのですが。本日の午前中、お時間が取れましたらアリスさまと執務室までお越しいただきたいとのことです」
「えっ、もう呼び出しなの?」
思わず苦笑いしてしまう。
「はい、出来るだけ早く進めたいみたいですよ」
ティアも少し困ったような笑みを浮かべた。
部屋へ入ると、アリスはソファに座って紅茶を飲んでいた。
「おはようクレア」
「おはよう。早速ジルベール宰相から呼び出しだって」
「ああ、さっきティアに聞いた。魔王国訪問もあるから暫くは忙しいだろうな」
そう言ってアリスは肩をすくめる。
「それじゃあ、朝食を済ませたら行こうか」
私たちは朝食を終え、ジルベールの執務室へ向かった。
「失礼いたします」
モニカがノックをして扉を開ける。
執務室へ入ると、ジルベールは大量の書類に目を通していた。
「アリスレート殿下、お待ちしておりました」
眼鏡を押し上げながら立ち上がる。
「本日は勇者就任式について、ご相談がございます。まずはお座りください」
私たちは勧められるままソファへ腰掛けた。
「まず日程ですが、三日後に執り行いたいと考えております」
「三日後ですか、ずいぶん急ですわね」
アリスが静かに首をかしげる。
「使いからの書状が届いてすぐ、準備を始めていましたので」
「なるほど、さすがジルベール宰相ですわね」
「ありがとうございます。すでに貴族各家には通達を始めております。騎士団幹部や、各国の王族なども参列予定です」
「ずいぶん大規模なんですね」
思わず私が呟くと、ジルベールは当然というように頷いた。
「帝国は勇者の国ですからね、陛下の時は大規模なパレードまで行ったのですよ」
「ええっ、それはすごいですね。ちなみに今回もパレードとかあるんですか?」
「いえ、今回は日程の都合でそこまで準備が出来ませんでした」
それを聞いてアリスが少しほっとしたように息を吐く。
「おほほほ、パレードなどなくても十分ですわ。式典も出来れば小規模でよいのですけど」
あっ、やっぱアリスは式典とかは苦手なんだな。
「いえ、当日は帝都の広場で盛大に執り行います。まず陛下から勇者任命の宣言があり、その後、アリスレート殿下より国民へご挨拶をお願いいたします」
「あっ、はい……わかりましたわ」
アリスは諦めたような顔で返事をした。
「そしてもう一点」
ジルベールは私へ視線を向ける。
「聖女ルーナさまとクレア殿にも、ご列席いただきます」
「えっ……私ですか?」
思わず間の抜けた声が出てしまった。
「いやいや、聖女さまはともかく私はただの護衛ですよ?」
「ルーナさまには、帝国と聖公国の友好の証としてご登壇いただきます」
ジルベールはそう言うと、今度は私へ穏やかな視線を向けた。
「そしてクレア殿には、勇者であるアリスレート殿下直属の護衛としてお立ちいただきます」
「私が……ですか?」
「はい。勇者の傍らに立つ護衛として、帝国国民へ正式にご紹介したいのです。今後は各国を訪問する機会も増えるでしょうから」
なるほど、今後も護衛としてアリスの隣に立つことになるんだから、この機会に顔を覚えてもらおうってことか。
「クレアは顔見せだけですので、立っているだけで大丈夫ですわ」
「うん……まぁそれなら、わかりました」
そして打ち合わせを終えると、私たちはその足でモニカに衣装部屋へ案内された。
「アリスさま、お待ちしておりました!」
中へ入ると、ティアとクロが待っていた。
「アリスさまのお衣装はこちらになります」
ティアが見せてきたのは、白地に金糸の刺繍が施された豪華な礼装だった。
「うわぁ……きれいだね」
「ではアリスさま、サイズを確認しますのでこちらへ」
「ええ、わかりましたわ」
そのままアリスはモニカに連れられて着替えに行った。
それからしばらくして、着替え終わったアリスが姿を現す。
その姿を見て、私は思わず息を呑んだ。
白を基調とした礼装には、胸元から裾にかけて金糸の刺繍が美しく施され、肩には帝国の紋章をあしらった純白のマントが掛けられている。
腰には勇者の証である聖剣が吊るされていた。
飾り立てすぎているわけではない。けれど、その姿には皇女としての気品と、勇者としての威厳が自然と宿っている。
「おお、なんかかっこいいね」
「そ、そうでしょうか?」
少し照れくさそうにアリスは笑った。
「サイズもぴったりのようですね」
モニカも満足そうに微笑んだ。
「では、次はクレアさんですね。こちらへどうぞ」
ティアがどこか楽しそうな表情で私の手を引く。
ふとモニカの方を見ると、不敵な笑みを浮かべていた。
しまった……はめられた。
そう思ったが、すでに遅かった。
「ちょ、ちょっと待って! 私は護衛だから普通の制服とかで――」
「「ダメです」」
ティアとモニカの声がぴったり重なる。
「えぇぇぇー!」
二人に手際よく着替えさせられ、気が付けば私は白いドレスを着させられていた。アリスの衣装と同じように金糸で帝国の紋章まで入ってる。
「わぁ、クレアさん! とてもお似合いですよ」
ティアが嬉しそうに拍手をしていた。
「あの、私がこんなの着ていいの?」
「はい、今回の式典ではクレアさまが帝国の人間であると国内外に示す必要がありますので」
モニカが微笑みながら頷く。
「それはどういう意味なの?」
「ジルベール宰相のお考えです。今後、クレアさまはアリスさまとともに諸国を訪問されることになります」
「うん、まぁそうだね」
「万が一、クレアさまの正体が露見するような事があった場合、帝国がクレアさまをお守りする。ということですよ」
「そういうことだったんだ……」
ただ護衛として立つだけだと思っていたけれど、そんな意味まであったなんて。
ジルベール宰相は、本当に先の先まで考えている人なんだな。
「ええ、クレアはもう帝国の一員ですからね」
いつの間にか隣へ来ていたアリスが、穏やかに微笑む。
「……アリス」
その一言だけで、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「もっとも、今後は各国から『あの護衛は何者だ』と問われることもあるでしょうね」
モニカがくすりと笑う。
「そうですわね。帝国として正式な立場がある方が説明もしやすいですし」
アリスは少し考えるように顎へ手を添え――。
「そうですわ。もういっそのこと、陛下の養女になってはどうかしら?」
「……はい?」
「なるほど、皇族になってしまう、というのも一つの方法かもしれませんね」
モニカまでそんなことを言い出した。
私が……皇族?
「いやいや、無理でしょそんなの。それに、皇族になったら礼儀作法とか外交とか毎日勉強なんじゃないの?」
「ええ、もちろんですわ」
「舞踏会や晩餐会にも出席していただきます」
「すみません、無理ですぅーーっ!」
部屋にみんなの笑い声が響いた。
……やっぱり私は、今くらいがちょうどいいや。




