■第69話 陛下への報告
帝都の城門をくぐると、見慣れた石畳の大通りが目の前に広がった。
行き交う人々の賑わいも、露店から漂う串焼きの香りも、つい数日ぶりだというのにどこか懐かしく感じる。
「うーん、やっぱり帝都は落ち着くね」
私がそう呟くと、向かいに座っていたアリスが大きく伸びをした。
「ふぁぁ……寝てたか」
「うん、ぐっすりだったね」
「えっ、見てたのか……」
少し照れたように頭をかくアリスの隣では、モニカがくすりと微笑んでいる。
「お疲れでしたから。久しぶりに安心してお休みになれたのではないでしょうか」
「まぁ……そうかもな」
そんな話をしているうちに、馬車は皇城へと続く道を進んでいく。
門の前では、すでに何人もの騎士たちが整列して待っていた。
その中心に立つティアを見つけた私は、窓を開け小さく手を振る。
「ティアさん」
こちらに気付いたティアも、ぱっと表情を明るくした。
正門に着くと私たちは馬車から降りる。
「クレアさん! アリスさま! お帰りなさいませ!」
するとティアが歩み寄ってきた。
「うん、ただいま。お土産買ってきたよ。これフィオナさまと食べて」
私はマジックバッグから温泉饅頭を取り出し、手渡した。
「あっ、これって聖公国で人気のやつですよね? ありがとうございます。フィオナさまもきっと喜ばれます」
ティアは嬉しそうに微笑んだ。
「さあ、クレア。まずは陛下のところへ行きますわよ」
「あっ、そうだね。じゃあティアさんまたね」
そうして、私たちは皇城の中へと歩き出した。今回、護衛隊長を務めてくれたエルネアを先頭に、私たちはお城の廊下を進んでいく。
エルネアが執務室の扉をコンコンッとノックする。
「陛下。アリスレート殿下、聖女ルーナ殿、ご到着です」
「うむ、入るがよい」
「はい、失礼いたします」
扉を開けて中に入ると、オルクス陛下とジルベール宰相が私たちに目を向ける。
「うむ、エルネアよ。護衛任務ご苦労であった。下がってゆっくり休むがよい」
「はっ、ありがとうございます。ではこれにて失礼いたします」
エルネアは一礼して去って行った。
「まぁ、まずは座るがよい」
オルクスが執務机に座ったままそう告げた。
その言葉を聞いて私たちはソファに座ると、それを見届けたオルクスは、笑顔で立ち上がる。
「まずは無事の帰還、そして勇者就任、誠にめでたい!」
「ありがとうございます、陛下」
アリスが一礼すると、満足そうな笑みがオルクスの顔に浮かんだ。
「ハッハッハー、さすがはアリスちゃんだ。これで帝国も安泰であるな!」
……なんだか私たち以上に嬉しそうだ。一瞬アリスがぴくっとオルクスの言葉に反応したが、すぐにジルベールへ目を向けた。
「はぁ……陛下、まずは報告をお聞きになられてはいかがでしょうか」
ジルベールが小さく咳払いをする。
「お、おお。そうであったな」
少し照れくさそうに、オルクスは椅子へ腰を下ろした。
「では、教皇猊下とのお話についてご報告いたします」
アリスは聖公国で起きた出来事を順を追って説明していく。
人族だけでなく魔族領にも広がっている不穏な噂。
何者かが両国の不信を煽っている可能性。
そして、その解決策として提案された、帝国と聖公国による魔王国への友好訪問。話が終わる頃には、部屋の空気も自然と引き締まっていた。
「……なるほど、教皇猊下らしいお考えですな」
ジルベールが指先で眼鏡をくいっと持ち上げる。
「うむ、儂も異論はない。むしろ帝国としても望むところであるからな」
オルクスは腕を組みながら、力強く言い切った。
その言葉に、アリスが少し安堵したような表情を浮かべる。
「ですが、これは三国の未来を左右する重要な外交となります。準備は慎重に進めなければなりません」
「ええ。もちろんそのつもりですわ」
「まずは正式な勇者就任のお披露目を済ませ、その後、聖公国へ返答を送りましょう」
「うむ。それが良かろう、魔王国との友好は帝国にとっても大きな一歩となるはずであるからな」
「では陛下。魔王国へも使者を送っておきましょう。書状は私が用意いたします」
「うむ、頼んだぞジルベールよ」
「かしこまりました」
「では皆、長旅で疲れたであろう。今日はゆっくりと休むがよい」
「あっ陛下、それからジルベール宰相。こちらを」
私はマジックバッグからセイシュを二本取り出し、アリスへ手渡す。
アリスはそれを受け取ると、陛下たちへ差し出した。
「お土産ですわ。どうぞ召し上がってくださいまし」
「おおっ、酒ではないか! しかも聖公国のものとは、これは嬉しいのう!」
「これは……セイシュですか。噂には聞いておりましたが、実物を見るのは初めてです」
そう言ってジルベールは興味深そうにセイシュを眺めていた。
「ふふっ、それでは、私たちはこれで失礼いたしますわ」
アリスが華麗に一礼して、私たちは部屋を後にした。
そしてそのままアリスの私室に向かう。
扉を開けて中に入ると、見慣れた部屋が私たちを迎えてくれた。
「ああ、なんか帰ってきたって感じだね」
「まぁ、ここは私の部屋だけどな。クレアの部屋は隣だろ」
アリスがそう言って笑っていた。
「はぁぁ…………やっと一息つけるな」
アリスはソファへぽすんと身を預け、大きく息を吐く。
「魔王国訪問のお許しも出たし、これで肩の荷が一つ下りたよ」
「ふふっ、お疲れさまでした」
「私も安心したわ。これで聖公国へも良いお返事ができるわね」
モニカがお茶の準備を始めると、ルーナも嬉しそうに微笑んだ。
やっぱり、この部屋に来るとほっとする。
「あっ、そういえば、まだ自分たち用の温泉饅頭を食べてなかったよね」
「おっ、いいな。ちょうどモニカがお茶を入れてくれてるし。みんなで食べるか」
「うん、じゃあちょっと待ってね」
私がマジックバッグから箱を取り出すと、クロが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「主、早く開けるのだ」
「はいはい、そんなに慌てなくても逃げないって」
箱を開けると、ふわりと甘い香りが部屋いっぱいに広がる。
「では、お茶も入りましたのでいただきましょう」
モニカが紅茶を配ると、アリスは嬉しそうに饅頭を手に取り一口齧る。
「うん……やっぱりうまいなこれ」
「ふふっ、お土産に買っておいて正解だったね」
「じゃあ、私も頂こうかしら」
ルーナも一つ手に取り、ゆっくりと口に運ぶ。
ふと見るとクロが二つ目の饅頭に手を伸ばしていた。帝都へ戻ってきたという安心感もあってか、部屋には穏やかな時間が流れていた。
こんな何気ないひとときが、今はとても幸せに感じるのだった。




