■第68話 帝国へ帰還
翌日。
昨日のうちにモニカが帝国へ向けて使者を送る手はずを整え、事情を書いた書簡をジルベール宰相へ届けてもらうことになった。
「これで早ければ今日中にも帝国にお話が伝わるでしょう」
モニカがそう伝えると、アリスは小さく頷いた。
「じゃあ今日と明日で帰る準備をしておくか」
「うん、そうだね。せっかくだしみんなにお土産買っていこうよ」
「お土産か……シオンや陛下にも何か買っていかないと、あとで拗ねられそうだな」
「拗ねるかな……いや、たしかに拗ねそうだね」
特にオルクス陛下は、自分だけアリスからお土産貰えなかったらめちゃくちゃ落ち込みそうだ。
そうしてルーナも合流し、私たちは五人で聖都の街へお土産を買いに行くことになった。
私はティアとフィオナへのお土産を探そうかな。
ティアもフィオナも甘いものが好きだったし、温泉饅頭なんて喜びそうだよね。
「では、まずはどこから回りましょうか?」
ルーナの問いにアリスが答える。
「まずは陛下とジルベール宰相のを選びましょう。モニカ、二人には何がいいかしら?」
「そうですね、お二人ともお酒がお好きですので聖公国のお酒などはいかがでしょうか?」
「お酒ね、それならあそこのお店がいいと思うわ」
ルーナが指さしたお店に行ってみる。
店内に入ると、芳醇なお酒の香りが漂ってくる。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店主らしき女性が声を掛けてきた。
「あの帝国への贈答用に、良いお酒を探してるんですけど」
「贈答用でしたら、こちらの女神の雫がおすすめですよ。使徒さまの製法を代々受け継いだ、聖公国自慢のお酒ですよ」
そう言って店主が取り出したのは、透き通った無色の液体が入った美しい瓶だった。
一升瓶くらいの大きさでラベルには、達筆な漢字で『清酒』と書かれている。
「あの、これは?」
「こちらはセイシュと言うお米を発酵させて造ったお酒なんですよ」
「それって日本酒……いや、なんでもないです」
森くん、お酒も好きだったのかな?
こんなところにまで日本文化を持ち込むとは、相当のこだわりだったに違いない。
「これは、とても綺麗なお酒ですわね」
そんな風にアリスも興味深そうに瓶を眺めていた。
「ではこちらにいたしましょう。すみません、おいくらでしょうか?」
モニカが店主に値段を聞くと。
「はい、大銀貨一枚になります」
大銀貨一枚! 思ったより高い。
前世の感覚だと一万円くらいのイメージだろうか。
だとしたら結構な高級品だ。まぁ贈答用だからかな?
「では、そのセイシュを二本お願いします」
あっ、迷わず買っちゃうんだ、さすがお金持ちだな。
「では、宛先のお名前をお伺いしても? 贈答用の札をお付けしますので」
「あっ、ではラフローグ帝国皇帝陛下宛でお願いしますわ」
「かしこまり――えっ! ラ、ラフローグ帝国の、皇帝陛下……ですか?」
店主の手がピタリと止まる。
そしてゆっくりと顔を上げ、まじまじとアリスの姿を見つめた。
「あの、もしかして……アリスレート殿下でいらっしゃいますか?」
「はい、ですがお気遣いなく」
「も、申し訳ございません! 気づかず大変失礼を……!」
店主は慌てて頭を下げると、それまでの落ち着いた物腰が一気に恐縮したものに変わった。
「い、いえ、普通に接客していただいて構いませんので」
アリスが少し困ったように苦笑する。
「そ、そういうわけには……! こちらは当店で一番良い年代のものをご用意させていただきますので……!」
そう言うと、店主は慌てて奥へと引っ込んでいってしまった。
そりゃ、皇女さまが護衛も付けずにお店へ来るなんて思わないよね。
そんな感じで少し店主に悪いことをしたような気がしたが、お酒を買って私たちは店を後にした。
ちなみに買ったお酒は重いので私のマジックバッグに収納した。
でも、まだ私自身のお土産は何も買えていない。
「次はフィオナさまたちへのお土産を買いたいんだけど」
「では向こうにお土産用の温泉饅頭のお店がありますよ」
「おお、いいね。じゃあそこに行ってみよう」
ルーナに案内されて少し歩くと、甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
お店の前では湯気の立つ蒸籠が何段も積まれ、出来立ての温泉饅頭が次々と蒸し上がっていた。見るからにふかふかで、思わず一つ摘まみたくなってしまう。
「いらっしゃいませ! お土産でしたら、こちらの詰め合わせが人気ですよ!」
箱の中には、こし餡や粒餡などいろいろな種類の温泉饅頭がきれいに並んでいた。
「クレアさん、こちらの詰め合わせがよろしいのでは?」
ルーナが一番大きな箱を指差す。
「これなら色々な味が楽しめますし、皆さんで召し上がるにはちょうどいいと思います」
「それ、いいね!」
どうせなら取り合いにならないくらいたくさん入っている方がいい。
「すみません、この詰め合わせはいくらですか?」
「はい、こちらは銀貨二枚になります」
うん、やっぱりそのくらいはするか。
すると私の隣でクロがポツリと呟いた。
「主、我もこれ食べたいぞ」
「えっ? いや、クロちゃんこれお土産用だよ?」
「自分用のお土産も必要であろう?」
うーん、そう言われると確かに私も食べたいな。
「あの、じゃあこれ三箱下さい」
思わず買ってしまった。
手持ちのお金がほとんどなくなっちゃったけど、まぁしょうがないか。
ティアたちが喜んでくれるなら安いものだ。
「ありがとうございます!」
店員さんは慣れた手つきで箱を包み、可愛らしい温泉饅頭の焼き印が入った紙袋へ入れてくれた。
受け取った箱は思ったよりずっしりと重く、そのまま持ち歩くには少し邪魔だ。
私は紙袋ごとマジックバッグへ収納する。
「本当に便利ですね、その鞄」
ルーナが感心したように呟く。
「うん、こうやって買い物をするときにはすごく便利なんだ」
「ふふっ、ではもう少し見て回りましょうか」
その後も私たちは何軒かのお店を巡り、それぞれ帝国へ持ち帰るお土産を買い揃えた。気が付けばマジックバッグの中は、お土産でいっぱいになっていた。
残りの滞在中は温泉に入ったり、美味しい料理を食べたりしながら、私たちは帰国の準備を整えていく。
その間、アリスは教皇や神殿の重鎮たちとの会談を行い、帝国と聖公国の今後について話し合っていた。勇者となった今、皇女として果たすべき務めもまた増えているのだろう。
二日間はあっという間だった。
出発の日、私たちは教皇のもとを訪れ、帝国へ戻ることを報告した。
「そうですか。では、あとのことは帝国側のお返事を待つといたしましょう」
レイノルドは穏やかな笑みを浮かべながら頷く。
「ええ、帝国へ戻りましたら陛下と宰相に報告いたします。その上で魔王国への訪問について正式なお返事を差し上げますので」
アリスがそう答えると、レイノルドは満足そうに目を細めた。
「皆さま、どうか道中お気をつけて」
私たちはレイノルドへ別れの挨拶を済ませ、セイント・パレスの門へ向かう。
すると、すでに神官やシスターたちが整列し、私たちを見送る準備をしてくれていた。
「皆さま、本当にお世話になりました」
アリスが代表して一礼すると、見送りの人々も一斉に頭を下げる。
私も慌てて後に続き、小さく頭を下げた。
こうして私たちは聖公国を後にし、帝国への帰路についた。
馬車がゆっくりと聖都を離れていく。
窓から見える街並みは少しずつ遠ざかり、やがて城壁も小さくなっていった。
最初は教会の本拠地と聞いて緊張していたけれど、振り返ってみれば温泉に入って、美味しいものを食べて、新しい出会いもたくさんあった。
もちろん、それだけじゃない。
教皇さまから聞いた噂のことや、人族と魔族の関係。
そして、次に向かうことになるかもしれない魔王国。
気になることは山ほどある。
もしかしたら、私の過去を知る人とも出会うかもしれない。
少し怖いような気もするけど。でも、それ以上に――。
「ちょっとだけ、楽しみかも」
誰にも聞こえないように小さく呟くと、馬車の揺れが心地よく体を包み込んだ。
――それから数時間後、魔の森を抜け遠くに帝都が見えてきた。
「おお……帰ってきたぁ」
なんだろう、この実家に帰ってきたような安心感。
ふと向かいを見ると、いつの間にかアリスはモニカの肩にもたれかかり、小さく寝息を立てていた。
ここ数日は教皇さまとの会談や今後のことを考え続けていたし、勇者になったこともあって気疲れしていたのだろう。
モニカはそんなアリスを起こさないよう静かに姿勢を保ち、困ったように、それでいてどこか嬉しそうに微笑んでいる。
私は思わず頬が緩んだ。
帝都へ戻れば、また忙しい毎日が始まる。
だからこそ、この穏やかな時間をもう少しだけ味わっていたかった。
……うん。
なんというか、尊い光景だった。




