■第65話 足湯と露天風呂
ルーナに案内されて温泉街にやってきたのだが、そこには温泉宿やお土産物屋さんなどが並んでおり。湯気が立ちのぼり、硫黄の香りがほのかに漂う。日本の温泉街のような雰囲気だった。
「私のおすすめはこちらです」
ルーナが指さしたのは……四方を立派な木柱で支えられた、瓦屋根の東屋だった。柱には聖公国の美しい紋章が刻まれているが、全体の造りは完全に日本の伝統建築のようだった。
屋根の下には十数人は入れそうな大きな足湯が設けられている。
「えっ、これってもしかして足湯ですか?」
「はい、私もよく来るんですよ」
「へぇ、いいですわね。少し入っていきましょうか」
「あっ、その前にあそこで飲み物を買っていきませんか? 足湯でも汗をかきますから」
ルーナが指をさした方へ目を向けると、足湯の傍に飲み物の売店があった。
「そうですね、ではわたくしが買ってまいりますので皆さまはお先にどうぞ」
「あっ、一人じゃ持てないよね? 私も一緒に行くよ」
モニカと共に売店に行くと、メニュー表があった。
「クレアさまはトマトジュートといちごミノ乳のどちらがよろしいですか?」
「……なんで赤いの限定なの?」
「血に似たものがよいかと思いまして」
「いや、そういう気遣いはいらないからね……でもイチゴミノ乳飲んでみたいかな」
なんか負けた気がするけど、イチゴミノ乳ちょっと飲んでみたかったのでそう言ってしまった。
全員分の飲み物を買って戻ると、みんなはすでに靴を脱いで足湯に入っていた。
「はぁ、足湯もいいものですわねぇ」
「うむ、これはなんとも不思議な感覚だな」
「とても気持ちいいですよ、クレアさんもどうぞ」
「それじゃあ、私も失礼してっと」
靴と靴下を脱ぎ、そっと足をお湯につける。
「おお、あったかぁ……」
思わず肩の力が抜ける。
足先からじんわりと温かさが伝わってきて、歩き回って少し疲れていた足がほぐれていく。
「うん、これは気持ちいいね」
思わずそう呟きながらイチゴミノ乳を一口飲む。
「あっ、おいしい」
前世で飲んでいたイチゴ牛乳と違って、ゴロゴロとした果肉が入っていた。
甘さも控えめで果肉の食感がアクセントになっていて、温泉上がりじゃなくても飲みたくなる味だった。
「これ……毎日飲みたいかも」
私が思わずそう呟くと、クロがこちらを見て目を輝かせていた。
「主、うまいのかそれ?」
「うん、おいしいよ。ちょっと飲んでみる?」
そっとコップを手渡すと、クロはそのまますぐに口に運んだ。
「うむ、これもうまい」
クロは目を輝かせて喜んでいたが……一口で半分以上なくなったんだけど。
いや、まぁまた買えばいいか。
足湯に浸かりながら街を眺めていると、湯気の向こうをワンピース風のローブを着た人たちがのんびり歩いていく。どこからか温泉まんじゅうを蒸すような甘い香りまで漂ってきた。
「ふぅ、これはなんだかすごく落ち着くね」
「でしょう? 私も仕事で疲れた時は、よくここへ来るんですよ」
ルーナはそう言って微笑む。
「やっぱり聖女さまも疲れることがあるんですね」
私がそう尋ねると、ルーナは少しだけ困ったように笑った。
「もちろんありますよ。毎日神殿でお祈りをしたり、お仕事をしたりしていますから」
「そうなんだ、やっぱり大変なお仕事なんですね」
いつも穏やかなルーナだから、あまりそんなことを考えたことがなかった。
「だから、こうして皆さんと街を歩けるのがとても楽しいんですよ」
「ルーナさまも、今日は聖女ではなく一人の女の子として楽しめばよろしいのですわ」
「ふふっ、ありがとうございます」
アリスとルーナが顔を見合わせて、くすくすと笑い合っていた。
なんだかその光景を見ているだけで、私まで嬉しくなってしまう。
穏やかな時間がゆっくりと流れていく。
ふと見ると、クロが名残惜しそうに空のコップを覗き込んでいた。
「主よ、もう一杯飲みたいぞ」
「ええっ! さっきまだ半分以上あったよね?」
「うむ、うまかったぞ」
「はぁ、しょうがないなぁ」
結局私は一口しか飲めなかった……。
そんな私たちを見て、モニカも小さく微笑んだ。
「お気に召したのでしたら帝国に帰ったらまたお作りしますよ」
「ほんとに? ありがとうモニカ」
帝国でもこれが飲めるのか、それはありがたい。
「それでは次は、この温泉街で一番人気の露天風呂へご案内しましょうか」
ルーナのその一言に、私の目が輝く。
「露天風呂まであるの?」
「ええ。聖公国自慢の温泉ですよ」
これは楽しみだ。
私たちは足湯を後にし、湯けむりの立ち上る温泉宿へ向かって歩き始めた。
ルーナに案内されて歩いていくと、やがて一軒の大きな温泉宿が見えてきた。
白い石壁に木造の門。
入口にはなぜか『女神の湯』と書かれた暖簾が掲げられていた。
この温泉の名前なんだろうか? ルーナが暖簾をくぐり中に入ると、宿の女将らしき女性が私たちを出迎えてくれた。
「あら聖女さま、いらっしゃいませ」
「こんにちは、今日は帝国からのお客さまをご案内しているんです」
「まぁ、これは……アリスレート殿下。ようこそいらっしゃいました。どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい。」
女将はアリスを見て姿勢を正すと、従業員たちも慌てて一礼した。
そのまま女将さんに案内されて、私たちは女湯へ向かった。
脱衣所で服を脱ぎ、浴場へ足を踏み入れる。
「わぁ……これはすごいね」
思わずそんな声が漏れる。
大きな岩風呂の向こうには、緑豊かな山並みが広がっていた。
湯けむりがゆっくりと立ち上り、小鳥のさえずりまで聞こえてくる。
「クレア……さすがにそれは、はしたないですわよ」
アリスが私を見て呆れたようにそう言った。
今の私は全裸でタオルを肩にかけて、岩にドカッと片足を乗せ腰に手を当てて景色を眺めていた。
しまった……つい前世のノリでやっちゃった。これは確かにはしたない、気を付けないといけないな。
「はは、景色がほんとに凄かったからつい……」
「ふふっ、とても素敵な景色でしょう?」
ルーナが嬉しそうに微笑む。
「うん。こんな温泉初めて見たよ」
これは紛れもない本心だ。前世でも温泉なんてほとんど行ったことがなかったから、少し感動してしまった。
そしてみんなで湯船にゆっくり浸かる。
「ふあぁぁぁ……これは最高だね」
体の力がゆっくりと抜けていくのがわかった。
足湯も気持ちよかったけど、肩まで浸かる温泉はまるで別物だね。
体の芯まで温かくなっていく。
うん、みんなと一緒にお風呂に入るのも二回目だし、前ほど緊張はしなくなったかな。……まあ、まだ目のやり場には困るけど。
いや、決して邪な気持ちがあるわけじゃない。
ただ、視界に入ってしまうものは仕方ないというか、不可抗力というか。
「クレア、さっきからなぜきょろきょろしてるんですの?」
そんな挙動不審な私を見て、アリスがジトッとした目を向けてきた。
「えっ、な、なんでもないよ! 景色を堪能してるだけだから!」
慌てて誤魔化したが、本当に絶景を堪能していたのであながち嘘ではない。
でもまずい、なにか話題をそらさないと。
「いやぁー、しかし……これは帰りたくなくなっちゃうよね」
「ふふっ。その気持ちはよく分かります」
ルーナも肩まで浸かりながら、小さく笑った。
「帝国にも温泉はありますが、ここまで景色の良い場所はないですわね」
アリスは岩にもたれながら、気持ちよさそうにそう呟いた。
「ここは使徒さまが最初にお作りになった温泉と言われています。聖公国で最も格式高い温泉なんですよ」
「なるほど。だから女神の湯って名前なの?」
「はい、使徒さまがそう名付けたと伝わっています」
うん、森くんじゃなくてフォルトゥナさん付けたような気がしないでもないが。
それは言わないでおこう。




