■第63話 燃え尽きた皇女
その後、アリスが落ち着きを取り戻したので私たちは再びパーティーの会場に戻った。
「ねぇアリス、もう大丈夫なの?」
「ええ、問題ないですわ……でもあと三十分くらいが限界ですわね」
そう言ってアリスは少し疲れたように笑った。
会場へ戻ると、再び楽師たちの演奏が耳に届く。
人々はワイングラスを片手に談笑し、豪華な料理を楽しんでいた。
「ではクレアたちは今のうちに何か食べて来てはどうですか? 私はもう少し他の方とお話をしてきますので」
「うん、そうだね。じゃあアリスも頑張ってね」
アリスの言葉を聞いて、私は遠慮なく料理の並ぶテーブルへ駆け寄った。
見たことのない料理がたくさん並んでいて、ずっと気になってたんだよね。
こんがり焼かれた肉料理に、香草の香りが漂う魚料理。色鮮やかな野菜料理や焼き菓子まで並んでいる。
並んでいる料理をいくつかお皿に取り、一口食べてみる。
「うわ、これ美味しい……!」
「うむ、どれもうまいぞ」
いつの間にかクロも私の隣で一緒に食べていた、さすがに我慢できなかったようだ。二人で初めて食べる豪華な料理につい夢中になっていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「ふふっ、気に入っていただけたようですね」
振り返ると、セレストが微笑んでいた。
「あっ、セレストさん。こんにちは」
「こちらは聖公国でも評判の料理人たちが腕を振るった料理なのですよ。お口に合って何よりです」
「そうなんですね。全部とっても美味しいです」
「全部、ですか?」
セレストはくすりと笑う。
しまった……つい勢いで適当な返事をしてしまった。
「ふふっ、どうぞ遠慮なさらず召し上がってくださいね。ではまた」
そう言ってセレストは別の来客に呼ばれ、その場を離れていった。
「なんだかすごく優しい人だなぁ」
私がそう呟くと、隣で料理を食べていたクロが大きく頷く。
「うむ。それより主、この肉もうまいぞ」
「えっ、どれどれ? おお、たしかにこれも美味しそうだね」
料理を楽しみながら何気なく会場を見渡すと、不意に視界の端にヴァルターの姿が映った。彼は会場の隅で、数人の貴族と何かを話している。
その中にはさっきアリスに挨拶にしていた人もいた。
あれはたしか第六枢機卿の……レオニスだったかな。
ヴァルターは穏やかに笑っていたが。
けれど、その笑みはどこか冷たく見えた。
……やっぱり、あの人だけは少し苦手かもしれない。
「クレア殿、少しよろしいかな」
声を掛けられて振り返る。
そこに立っていたのは、第五枢機卿カシウスだった。
「娘からあなたの話はよく聞いております」
「えっ、私のですか? ……ちなみにどんな話を?」
「なんでも女神ティリスさまからご神託があったとか。ルーナもあなたのことをよく話してくれます。あの子がこれほど同年代の方を信頼するのは初めてですよ」
ルーナが私の事を……そんな風に言われると少し照れくさくなってしまう。
「それと……娘は昔から何でも一人で抱え込む癖がありましてね」
そう言ってカシウスは、ルーナへ優しい視線を向けた。
「これからも、どうかルーナの良き相談相手でいてあげてください。父としてお願いいたします」
「は、はい。私でよければ」
そう言うとカシウスは穏やかに一礼し、その場を後にした。
娘思いの優しいお父さんなんだなぁ。
……でも、やっぱり枢機卿ってだけあって近くにいるだけで少し緊張しちゃうな。
そんなことを考えながら、再び料理へ手を伸ばそうとした、その時だった――。
「皆さま、本日は温かい歓迎をありがとうございました」
会場の中央でアリスがそう告げると、楽師たちの演奏が静かに止まる。
「本日はとても有意義で楽しい時間を過ごすことができましたわ。ラフローグ帝国を代表して、心より感謝申し上げます」
完璧なお姫さまモードでアリスが優雅に一礼すると。
会場からは自然と拍手が沸き起こった。
「それでは失礼させていただきますわ」
そうして私たちは、歓迎パーティーの会場を後にした。
部屋に戻ると、アリスはそのままベッドにパタッと倒れ込んでしまった。
「はぁ、やっと……終わったぁー!」
「うん、お疲れ様。お姫さまって本当に大変なんだね……」
演技とはいえ、あれだけ偉い人たちの前で堂々と振舞えるのはほんとに凄いよね。私には絶対できないことだ。
「でも、もうちょっと料理食べたかったね」
「うむ、まだ食べていない料理もあったぞ」
私とクロが顔を見合わせていると、その様子を見たルーナがくすりと笑った。
「ふふっ、そう言うと思って、余った料理をこちらへ運んでもらうようエレンさんにお願いしてあるのよ」
「おお、それは楽しみだ」
それを聞いてクロの目がぱっと輝いた。
そして暫くすると。
コンコン、と扉がノックされた。
その音とともに寝っ転がっていたアリスがシュタッと起き上がり、ベッドに腰掛けたまま優雅な笑みを浮かべる。
「失礼いたします」
エレンが料理を乗せたワゴンをゆっくり押して入ってくる。
「あっ、そう言えばちゃんと紹介していませんでしたね。彼女は私のお世話係のエレンさんです」
「エレンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ルーナに紹介されるとエレンは一礼してから、料理をテーブルに並べていく。
「それでは、何かありましたらいつでもお呼びください」
料理を並べ終わると、エレンは静かに部屋を出ていった
「では、みなさんどうぞ召し上がってください」
ルーナの言葉を聞いて私とクロは料理を小皿に乗せていく。
「おお、これはまだ食べてなかった奴だぞ」
「うん、どれも美味しそうだよね。あっ、アリスも食べない?」
私がアリスの方に目を向けると。
アリスはベッドに腰掛けたまま、真っ白な灰になっていた。
「ふっ、私はいい……」
そう言い残し、再びパタッとベッドに倒れ込んだ。
だがその顔には、どこか満足げな微笑みを浮かべていた。
「あっ……もう完全に燃え尽きちゃってるね」
「うむ、主。そんなことよりこの魚もなかなかだぞ」
「おお、ほんとだ。モニカも食べてみる?」
「そうですね、では少しだけ頂きます」
その様子を見ていたルーナも、つられるように小皿を手に取った。
「じゃあせっかくだから私も少し頂こうかしら」
結局その夜は、みんなで残った料理を楽しみながら、ゆっくりと過ごしたのだった。




