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■第62話 皇女の務め

 いや、そう言われても緊張するものは緊張するんだけど。

 そんなことを考えながら、私はアリスたちの後ろについて歩く。


 やがて大きな扉の前へ辿り着いた。

 両脇には正装した騎士たちが並んでいる。


「アリスレート・ラフローグ皇女殿下のご到着です」


 エレンがそう告げると、騎士が扉を開いてくれる。


「おお……これは」


 思わず声が漏れた。


 中はまるで映画で見た舞踏会のようだった。

 高い天井には巨大なシャンデリア。

 壁には美しい装飾が施され、長いテーブルには豪華な料理が並んでいる。


 そして何より。


 大勢の貴族や聖職者たちの視線が一斉にこちらへ向いた。

 うわぁ……これは、アリスじゃないけど帰りたくなっちゃう。

 私が思わず後ずさりしそうになったその時。


「では、行きますわよ」


 前を歩くアリスが小さな声でそう言った。

 アリスは堂々と背筋を伸ばし、ゆっくりと歩いていく。

 すると会場にいた人々が一斉に頭を下げた。


「アリスレート皇女殿下に女神さまの祝福がありますように」


 揃った声が会場に響く。

 人々が頭を下げる中、一人の老紳士がこちらへ歩いてくる。

 やがて、その老紳士――教皇レイノルドがアリスの前で足を止めた。


「ようこそ、アリスレート殿下」 


 教皇の言葉を聞いて、アリスはスカートの裾をふわりとつまみ華麗に一礼する。


「お招きいただき光栄ですわ、レイノルド教皇」


 澄んだ声が会場に響く。

 さっきまでビキニアーマーを見て笑っていた人と同一人物とはとても思えない優雅さだった。


「相変わらず見事なご挨拶ですな」


 レイノルドは満足そうに頷いた。


「では皆も皇女殿下にご挨拶を」


 その言葉に合わせ、会場の前方にいた六人が一歩前へ出る。

 全員が同じ純白に金糸の刺繍を施した神聖な雰囲気の法衣に身を包んでいる。

 その中でもひときわ目を引くのは薄い水色の髪をした女性だった。


 あっ、さっき会ったセレストさんだ。

 セレストは私に気づくと、優しく微笑んだ。


「第二枢機卿セレスト・ラフォーレです。アリスレート皇女殿下、ようこそ聖公国へ」


 セレストは優雅に一礼する。


「こちらこそ、お招きいただき感謝いたしますわ」


 アリスも微笑みながら応じる。


 しかし、ラフォーレって。もしかしてセレストさんは森くんの関係者なのかな?

 そんなことを考えていたら別の男性が前に出た。


「第一枢機卿ヴァルター・アストリアです」


 次に名乗ったのは茶髪の中年男性だった。

 整った顔立ちをしているが、その目はどこか鋭い。


 そして一瞬だけ――。

 彼の視線がルーナへ向けられた気がした。


 しかし次の瞬間には何事もなかったようにアリスへ向き直る。


「殿下のご来訪を心より歓迎いたします」


「ええ、ありがとうございます」


 言葉は丁寧だし、物腰も柔らかい。

 それなのに、なぜか冷たい印象を受けた。


 私が首を傾げていると、残る枢機卿たちも次々に名乗り始めた。


 第三枢機卿オルフェウス。

 第四枢機卿ヴァレリウス。

 第六枢機卿レオニス。


 一人ずつ挨拶をしていくのだが、皆いかにも偉い人という雰囲気で少し近寄りがたい。そんなことを考えながら、私はアリスの後ろに隠れるように立っていると。


「アリスレート殿下、お久しぶりです。おや? あなたが噂のクレア殿ですかな?」


 最後の一人、銀髪の男性がアリスに挨拶をした後、私を見て声を掛けてきた。


「第五枢機卿カシウス・メーティスです。娘がお世話になってるようで」


 カシウスは穏やかな笑みを浮かべながら胸に手を当て一礼した。

 娘? メーティスって……あっ、ルーナのお父さん?


「あっ、どうも。クレアと申します」


 私は思わず慌てて頭を下げた。


「ルーナがお世話になっております」


「いえいえ、こちらこそお世話になってます」


「いやぁ、この子は真面目ですからな。少々頑張りすぎるところがありますが――」


「お父さま、今はアリスレート殿下へのご挨拶ですよ。そういうのは後にしてください」


 カシウスが話しているとルーナが止めに入った。


「おっと、これは失礼いたしました」


 カシウスは苦笑しながら肩をすくめた。


「ほっほっほ、それでは挨拶はここまでにして。今宵はゆっくりとパーティーをお楽しみください」


 レイノルドがそう言うと、会場の空気が少し和らいだ。

 楽師たちが演奏を始め、人々はそれぞれ談笑を始める。


 私はというと――偉い人たちから解放されてほっとしていた。

 そして長いテーブルに並ぶ料理に目を向ける。


「うわぁ……いろんな料理があるんだね」


 私が料理に気を取られていると、ゆっくりとモニカが傍にやってきた。


「クレアさま、もしアリスさまがお庭に出たら注意してくださいね」


「え? どういう事?」


「いえ、もしお庭に出られたら他の人は絶対に近づけないでください。あと、治癒魔法も使えましたよね?」


「治癒魔法? 使えるけど、もしかして……アリスを狙う刺客でもいるの?」


「いえ、そうではなく。庭には硬そうな木もありましたので一応です」


「木?」


 いったい何の話だろう?

 ふとアリスの方を見ると、たくさんの人が集まっていた。


「おお、さすがアリスだね」


「ええ、皇女ですからね……最後まで持てばいいのですが」


 モニカは少し不安そうな表情でアリスを見ていた。


 貴族たちに囲まれながらも、アリスは優雅に受け答えをしている。

 うん、完璧なお姫さまだ。

 そう思って見ていたのだが。


 先ほど挨拶をしていたヴァルターがアリスにゆっくりと近づく。

 ヴァルターは周囲を見回すと、まるで何かを確かめるように口を開いた。


「アリスレート殿下、あなたは聖女さまをどう思いますかな?」


 私には意味が良く分からなかったが、その言葉を聞いて周囲が静まり返った。

 するとアリスはルーナと視線を交わした。


 そしてルーナが静かにアリスの隣へ並ぶ。


「私、アリスレート・ラフローグは、ルーナさまを聖女として支持いたしますわ。誰が何を言おうと、その考えは変わりません」


 大きな声ではっきりとそう言った。


「おお、すばらしい」


「聖公国と帝国の関係は安泰ですな」


 周囲からそんな声とともに大きな拍手が鳴り響く。


「そっ、そうですか。では私はこれで」


 ヴァルターは少し慌てたように一礼して足早にその場を後にした。

 ヴァルターが去ると、ルーナは小さく息を吐いた。


「あの……今のはどういうことなの?」


 私が尋ねると、ルーナは少し困ったように笑う。


「聖女派と反聖女派の問題ですよ。ヴァルター枢機卿は反聖女派の筆頭ですから。まぁこれで解決と言うわけではないでしょうけどね」

 

 なるほど、公の場で帝国がルーナを支持すると表明したって事かな。

 その後もアリスのもとにはたくさんの人がやってきた。


「殿下、両国の国境をつなぐ輸送路ですが――」


 そんな政治関連の話や、中には。


「アリスレートさま、私の息子でございます――」


 自分の息子をアリスに紹介する者までいた。

 お姫さまってほんとに大変なんだなぁ。


 なんて思っていたら。


「失礼、あなたはどちらのご令嬢でしょうか?」


 なんか若い貴族っぽい男が声をかけてきた。

 えっ、まさかこれってナンパですか?


「ああ、いえ、私はアリスレートさまの護衛ですので」


「そうでしたか、ところで婚約者はいらっしゃるのですか?」


「ええっ?」


 どうしたらいいのこれ?

 チラッとルーナを見ると、後ろを向いてプルプルと肩を震わせていた。


 いや、笑ってないで助けて欲しいんですけど?


「あの、申し訳ありません」


 そう言って頭を下げると、その男はしぶしぶ去っていった。


 ……はぁ、びっくりした。

 私は男とどうこうなる気はないからね。

 私が好きなのは可愛い女の子なんだから。


 その間もアリスは次々と来客たちの相手を続けていた。

 笑顔は崩れていないが、さすがに少し疲れているようにも見える。


「では皆さま、申し訳ありませんが少しだけ失礼いたしますわ。庭園で涼んでまいります」


 来客に囲まれていたアリスだったが、笑顔のまま優雅に振り返り庭へ向かった。


「限界だったようですね。クレアさま、お庭には誰も通さないでくださいね」


「えっ? あっ、うん。わかった」


 モニカに連れられて、私とクロもアリスの後を追って庭にでる。

 暫くすると、庭の奥からドンッという大きな音が響いた。


「えっ?」


 私とクロが顔を見合わせる。


 そして――。


「やってられるかぁーーーー!」


 そんな声が聞こえてきたのだが。

 

 あっ……これアリスの声だな。

 そこでようやくモニカの言ったことが理解できた。


 それから数分後、モニカに連れられてアリスが額に血を滲ませながら歩いてきた。ふと見ると、向こうの方に硬そうな木が折れて倒れていた。


 アリス……もしかしてあの木に頭突きでもしたのか?


「クレアさま、治癒魔法を」


「あっ、うん。《ヒール》」


「アリスさまは、お姫さまモードが限界を迎えるとこうなってしまうのです」


「なるほど……いや、それで木を折るのはどうなの?」


「いや、折るつもりはなかったんだぞ。思ったより木が脆かったんだ」


 そんな言い訳をしながらアリスは折れた木を見る。


「でもあのままあと三人ほど相手にしてたらもう一本折っていたぞ」


「折る前提なんだ……」


 私はため息を吐きながら折れた木の方へ向かった。


「これ、放置したら怒られるよね。クロちゃん、ちょっとこの木持っててもらえる?」


「うむ、わかった」


 クロがひょいっと木を持ち上げ支えてくれた。


「主、これでいいか?」


「うん、そのまま支えてて――《ディヴァイン・リジェネレイト》」


 淡い光が折れた木を包み込む。


 すると折れていた幹がゆっくりと繋がり、まるで何事もなかったかのように元の姿へ戻っていった。


 これは森で暮らしていた頃に、魔法の練習やら何やらで木を傷つけてしまうことも多かったので、そのたびにお世話になった魔法だ。


 アリス以上に派手に折っちゃってたんだけど……それは内緒にしておこう。


「今のは最上位の神聖魔法かしら? すごいわね」


 いつの間にかルーナも来ていた。


「ああ、これは便利だな。これで安心してもう一本折れるな」


「いや、安心しないで! そして折らないで!」


 帝国皇女というのは……思った以上にストレスがたまるらしい。

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