■第59話 使徒さまの書
その後、私たちはルーナに連れられてセイント・パレスに戻った。
「そういえばクレアさん、書庫にも行きますか?」
「あっ、そうだった!」
そういえば女神さまにも行けと言われていたんだった。
「うん、お願いできますか?」
「ええ、もちろん。ではこちらへ」
ルーナに案内され、私たちは城内の書庫へ向かった。
ちなみにアリスたちは部屋に戻ってパーティーまで休むそうだ。
「そういえば使徒さまが書いた本もあるんでしたよね?」
「はい、使徒さまの書は奥の禁書庫に保管されています」
「えっ、禁書庫って私が入ってもいいんでしょうか?」
「私が一緒なら大丈夫ですよ。こちらです」
書庫に入ると、そこにはたくさんの本が並んでいた。
そして奥の方になにやら荘厳な扉があった。
ルーナが扉についてる宝石のようなものに触れると、宝石が光を放ち、ガチャっと音を立てて扉が開いた。
「さっ、どうぞお入りください」
ルーナに連れられて中に入ると、普通の書庫より静かな空気を感じる。
いくつか並んだ本棚の先に祭壇のようなものがあり、そこにはなにやら箱のようなものがあった。
「この中に使徒さまの書があります」
ルーナは祭壇の上の箱に目を向けた。
「ただ……私たちには読めないんです」
「えっ、読めないってどういうことですか?」
「我々の知らない言語で書かれているんですよ」
そう言いながらルーナが箱を開ける。
「えっ、それってもしかして……」
箱の中を覗いてみるとそこに納められていたのは、本というにはあまりに薄い一冊だった。
……いや、これノートだろ。
使徒さまの書って聞いたから、もっとこう……聖典とか魔導書みたいなものを想像してたんだけど。どう見ても普通のノートなんですが?
「あの、これ手に取ってみてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
ルーナの許可が出たので、私はそっとノートを手に取り裏側を見た。
そこにはこう書かれていた。
『森 雅也』
日本語で、しかも漢字でだ。
うん、使徒さま。自分の持ち物にはちゃんと名前を書く人だったんだね。
……しかしやっぱり日本人だったか。
どんなことが書いてあるのか、少しドキドキしながら、ゆっくりノートを開いてみると。
「あっ、これ日記なんだ」
「えっ、もしかして読めるのですか?」
「うん、私の故郷と同じ言語だからね」
「それで――なんと書いてあるんでしょうか?」
「えーと……ちょっと待ってね」
私は日記を読んでみた。
『○月○日。大学からの帰り道。僕は気がつくと荒れ果てた集落の片隅に倒れていた。車に轢かれた覚えもないし、事故に遭った記憶もない。なんでこんなことになったんだ?』
そんなことが書いてあった。
私みたいに死んで転生したんじゃなくて、そのままこっちへ来たらしい。
その後は『フォルトゥナと言う少女に助けられた』とか『なぜかいろんな魔法を使えるようになっていた』とか書いてあった。
読み進めていくと『フォルトゥナがなんか僕を使徒さまとか呼び始めたんだけど』という一文まであった。
「クレアさん、どうですか? 使徒さまはどんな方だったんでしょう?」
ルーナが興味深々にそう聞いてきた。
「フォルトゥナさんって人に助けられたと書いてるね」
「まあ、伝承では使徒ラフォーレさまは聖女フォルトゥナさまを導き、人々を救ったとされています。他にはどんなことが?」
「えーと、読んでみますね」
『フォルトゥナが村人を集めてきて「この方は神の使徒さまです!」なんて紹介し始めた。僕は否定したけど誰も聞いてくれない……もう帰りたい』
『フォルトゥナが「使徒さま」と呼ぶのをやめてくれない。森でキノコ採りをしていたら、いつの間にか後ろを村人がぞろぞろ付いて来るようになった。……どうしてこうなった』
うん、これはルーナに教えない方がいいよね?
聖公国の建国神話がわりと音を立てて崩れている。
「どうかしました?」
「い、いや、なんでもありません」
そんなことを言いながら、続きを読んでいると。
『怪我をした人をフォルトゥナが治療していた。彼女は光魔法の才能がすごいようだ。しかも鑑定スキルまで使えるらしい。おかげで僕の能力を全部見抜かれてしまった』
ふむふむ、それで森くんの能力に気づいたのかな。
ただ、これを読む限りでは、どうやら森くんが聖女を導いたんじゃなくて。
フォルトゥナさんの方が森くんを担ぎ上げたんだな。
その後は、前にアリスから聞いた話の通り畑を作ったり、病気の予防法を広めたりの話で。その他にはこんなことが書かれていた。
『気付いたら女神教の人たちが集まってきて僕に国を作れとか言ってきた。いや、僕は帰りたいんですけど?』
『魔獣に襲われている人を助けたらなんかルグレシア王国のお姫さまだった』
どうやら各地でいろんな人と出会っていたらしい。
しかも各国のお姫さまとか高貴な身分の人たちと。
なんと言うか、モテてるというより巻き込まれてる感じだね、この人。
そして日記は聖公国を建国するあたりで終わっていた。
この後は忙しくて書けなかったのか。
それとも単に飽きたのか。
そこまではわからない。
ただ一つだけ確かなのは。
伝承に語られる偉大な使徒ラフォーレは。
私と同じ日本から来た、ごく普通の大学生だったということだ。
「クレアさん、どうですか?」
ルーナが目を輝かせながらそう聞いてきた。
どうしよう、なんて言えばいいんだこれ?
「まぁ、だいたい伝承の通りの内容でしたよ」
とりあえずそんな風に答えておいた。
「まあ、やはりそうなんですね。いつか私たちにも、この書を読める日が来るといいのですけれど」
ルーナは目をとじて手を組み祈りを捧げる。
いや、知ったら結構イメージ変わると思うんだけど……ん?
私はなにげなく真っ白なページを捲っていたのだが、一番最後のページに何か書かれていた。
「これは……?」
そこには。
『もしかしたら僕と同じ境遇の人がいつか現れるかも知れない。そしてこれを読むかも知れないので書いておく。実は僕は何度か女神さまに会ったんだ。君も会ったことがあるならあの女神さまは信用していい。いや、別にこれは宗教の勧誘とかではないからね』
そんなことが書いてあった。
そして最後に。
『最初は元の世界に帰りたかったけど、だんだんこの世界の人たちが好きになったんだ。だから僕は自分が快適に暮らすためにいろんなものを作った。もし君も日本から来たなら、一つだけ伝えたい。この世界も案外悪くはないよ』
「……ふふっ」
思わず笑ってしまった。
温泉も、お米も、お茶も。
この人がいろんなものを作った理由はきっと世界平和のためなんかじゃなく。
自分が快適に暮らしたかったからだろう。
でも、そのおかげで今、私もこうして楽しめている。
私は帰りたいと思ったことはほとんどない。
それはきっと、森くんがこの世界に残してくれたもののおかげなんだろう。
ありがとう、森くん。
私も――この世界をもう少し楽しんでみるよ。




