■第58話 女神さま
次の日。
私たちは朝食を済ませると、ルーナに連れられて大聖堂を訪れた。
まぁ、せっかく聖公国に来たんだからお祈りでもしておこう。
くらいの軽い気持ちだったのだが。
大聖堂の中へ足を踏み入れた瞬間。
私は思わず足を止めた。
「クレアさん、どうかしましたか?」
ルーナが不思議そうに振り返る。
「えっ? ああ、すみません。なんでもないです」
なんだろう。
うまく説明できないけど。なにか空気が変わったような気がした。
暖かいというか、優しい雰囲気というか。
まるで誰かに見守られているような――。
それに正面に見えた大きな女神さまの像、あの時の女神さまによく似ていた。
「そう言えばクレアさんは女神ティリスさまにお会いしたんですよね?」
「あっ、はい、そうですね」
「どうでしょう、この女神像と同じお姿だったのかしら?」
そう言われるとなんというか。
「実際よりこの石像の方が少し威厳があるというか綺麗ですね」
「そうなの? 実際はどんなお姿だったのかしら?」
「う~ん、そうですね。この石像よりもっと親しみやすい感じかな。ぽわぽわした感じの可愛らしい女神さまでしたよ」
その瞬間。
――スッと目の前の景色が切り替わった。
「えっ!」
いつの間にか見覚えのある真っ白な場所にいた。
「ええっ! ここって、あの時の……」
「あのー、ぽわぽわってなんですかぁー?」
振り返ると、そこにはなんと。あの時の女神さまが立っていた。
しかもなぜか少し不満そうな顔をしている。
「ああっ、めっ女神さま! え? なんで?」
「私って……威厳ありませんかぁ?」
「いえいえ、そんなことはないです。って言うかなんで急に女神さまが?」
「はぁい、お祈りに来てくれたのでご招待しましたぁ」
どういうことだ? なんでまた女神さまが現れるんだ?
私が混乱していると、女神さまはにっこり微笑んでこう言った。
「お久しぶりですねぇ、新しい人生はいかがですかぁ?」
「えっ、あ、あの……おかげさまで楽しい生活を送らせてもらってます」
「そうですかぁ、ところで温泉は楽しかったですかぁ?」
「えっ……見てたんですか?」
「うふふ、でも……あまりえっちなのはいけませんよ」
そう言って女神さまはジトッとした目で私を見た。
やばい、温泉での事がバレてた。
ってか見られてたのか。
「その……すみませんでしたぁー」
私は、勢いよく地面に両手をつき頭を下げた。
「ふふっ、ちゃんと反省してくださいねぇ」
「あの、ところで私はなぜここに呼ばれたんでしょうか? 何かご用でも?」
「うふふ、少し顔を見たくなっただけですよぉ。あなたは十分よくやってくれていますよ」
「えーと、それはどういうことでしょうか?」
「あなたはそのまま自分の思うように生きてくださぁい」
「ほんとにそれだけでしょうか?」
「はい、そうですよぉ。あっ、ではそろそろ時間ですねぇ」
「えっ、時間?」
「神にもいろいろ制約があるんですよぉ。では、またお会いしましょう」
そう言って女神さまは手を振っていた。
「あっ、ちょっ……」
もっと聞きたいことがあったのに意識が遠のいていく。
「あっ、書庫にもちゃんと行ってくださいねぇ」
薄れていく意識の中でそんな声が聞こえた。
「女神さま……伏線増えてませんかぁー?」
次の瞬間。私の意識は元に戻っていた。
「はっ!」
「クレア、どうかしましたか?」
私が慌てて周りを見回していると、アリスが心配そうに声を掛けてくれた。
どうやら今のはこちらでは一瞬だったらしい。
「いや、大丈夫だよ」
と言ったその時。
天井からキラキラとまぶしい光が降り注いでくる。
そのまま光が私たちを包み込んだ。
「うわっ!」
なんだこれ?
一瞬なにが起こったのかわからなかったが、光はすぐに消えてしまった。
「なに? 今の……」
私は思わず辺りを見回した。
いったいなんだったんだろう?
そう思っていると。
ルーナが信じられないものを見たように肩を震わせていた。
「今のは……女神さまの祝福の光?」
「え? それってなんですか?」
「女神さまからの祝福よ。かつて何人かの聖女がその祝福を賜り、新たな能力を得たと言われています」
「新たな能力?」
「ええ、皆さんステータスを確認してみてください」
「えーと、じゃあ《鑑定》」
自分のステータスを確認してみると、スキル欄に神託レベル1が追加されていた。ルーナが持っているのと同じスキルだが、レベルが低いと受け取った言葉が本当に神託なのか判別できないらしい。
しかし説明も何もない。どうやってレベルを上げるんだこれ?
「なんか神託のスキルが追加されてるんだけど……これってどう使うの?」
「えっと、私には『調和の加護』が与えられているみたいです。これは……人族と魔族に調和をもたらす加護なのかしら?」
「ええっ、加護って一つだけじゃないの?」
「珍しいことですが前例がないわけじゃないですね、初代聖女のフォルトゥナさまも二つの加護持っていたと言われていますし」
そう言ってルーナは少し考え込む。
「でもこれは公表できないわね」
「たしかに……魔族の血にかかわることですもんね」
「ええ、教皇さまに報告するべきなのか……」
ルーナが考え込んでいると、アリスが自分のステータスを覗きながらポツリと呟いた。
「なぁ……私、勇者になってるんだけど?」
「「えっ?」」
「いや、ほんとに称号のとこに勇者って書いてある」
私も見てみると、確かに勇者と書いてある。
その上、勇者関連のスキルもいくつか追加されていた。
「いや、いずれ勇者になるとは思ってたけど、こんな急になっちゃうもんなの?」
「ああ、私も驚いた……」
アリスはそう言いながらも、どこか嬉しそうだった。
まぁ、あれだけ勇者に憧れてたんだからそりゃそうか。
「勇者か……でも、これはいい機会かもな」
「えっ?」
「クレア、世界を見て回りたいって言ってよな?」
「うん、言ったけど?」
「行けるかもしれないぞ」
そう言ってアリスがニヤッと笑った。
「なるほど、勇者に選ばれれば各国に顔見せの挨拶に行くことになるわね」
「えっ、それって本当に世界旅行できるの?」
ルーナの言葉を聞いて私の胸が少しだけ高鳴った。
「ああ、そうだな。なぁモニカ、これって一度帝国に戻った方がいいか?」
「そうですね、アリスさまが勇者になられたことはまだ公表すべきではないと思います。まず陛下にご報告すべきかと」
「だよな、でもこれでいろんな国に行けるぞ」
うん、たしかにそれは嬉しいんだけどね。
しかし、よく考えると少し引っかかるものがある。
女神さま……ほんとに私に自由にさせる気あるのかな?
完全にレール敷かれてる気がするんだけど。
でもまぁ、あの女神さまが悪いとこ考えてるとはとても思えないし。
これで世界旅行ができるなら、それも悪くないか。
そう思いながら私は大聖堂の天井を見上げた。




