■第55話 聖都
その後も馬車は街道を進み、やがて巨大な正門へと到着した。
門の前には門番らしき騎士が数人いたが、どうやら事前に話が通っていたらしく、私たちの馬車を見るとすぐに門を開いてくれた。
門を通り抜けると、そこに広がる美しい街並みを見て思わず息を呑んだ。
白い石造りの建物が並び、街角には女神像が祀られている。
その前で祈る巡礼者や、旅装のまま温泉宿へ向かう人々の姿も見えた。
帝都とはまた違った雰囲気だ。
「ここが聖公国の首都、聖都フォルトゥナです」
モニカが窓の外を見ながらそう説明してくれた。
「フォルトゥナ?」
「ええ、初代聖女さまのお名前ですよ」
「なるほどそういう由来があるんだね」
たしかに聖都と呼ばれるだけのことはある。
白い街並みと女神像のせいだろうか。
街全体が神聖な雰囲気を纏っている気がした。
そんな話をしながら私たちは街の中心にある大聖堂まで馬車で進む。
すると驚いたことに大聖堂の周辺には巡礼者向けの宿や温泉施設が並んでいた。
「うわぁ、ほんとに温泉があるんだね」
「使徒ラフォーレさまが温泉文化を広め、大浴場や療養施設を整備したそうですよ。女神の祝福を受けた聖なる湯と呼ばれていますね」
「私も何度か入ったけど、ここの温泉はお肌がすべすべになるんだぞ」
なるほど、健康にも美容にもいいのか。
ってか使徒さまって、もしかして日本人だったんじゃないかと思えてきた。
ラフォーレって名前だけど、もしかして本名じゃないのかもしれないし。
そんなことを考えていたら目的の大聖堂に到着した。
入口付近にはなにやら神官やシスターが何十人も並んでいた。
「えっ、なにあれ?」
「ん? ああ、出迎えだろ」
アリスがあっさりそう答えた。
「いやいや、多すぎない?」
「帝国皇女の公式訪問だからな、これでも地味な方だと思うぞ」
そう言われると納得するしかないんだけど。
でもやっぱり皇族ってすごいんだな。
やがて馬車が入り口の前で停止すると、エルネアが馬車に駆け寄り扉を開けてくれた。そして私たちが馬車を降りると。
「アリスレート殿下。ようこそ聖公国へ」
声の方へ目をやると、そこにはルーナが立っていた。
白い法衣に身を包み、銀髪を風になびかせている。
やっぱりこうして見ると絵になるなぁ。
数日前に別れたばかりなのに、なぜか少し懐かしく感じた。
「お迎えいただきありがとうございます。ルーナさま」
アリスがいつものお姫さまモードで、スカートの裾を指先でふわっと持ち上げ優雅に一礼する。
「お待ちしていました。本来なら教皇さまもお迎えする予定だったのですが、あいにく公務でお忙しくて」
「あら、それは残念ですわ」
「詳しい予定はあとでお伝えするつもりだったのだけれど、明日のパーティには教皇さまもご出席されますので」
「えっ、パーティ……」
アリスの表情が一瞬だけ引きつった。
「ふふっ、それは楽しみですわね」
パーティと聞いてアリスが一瞬、嫌な顔をしたがすぐに持ち直した。
そしてアリスとルーナが並んだところで辺りが騒がしくなってきた。
周囲の視線が一斉にこちらへ向く。
「見ろ、アリスレート殿下だ」
「おお、本当に来られたんだな」
「アリスレート殿下、ようこそ聖公国へ!」
そんなことを言いながら手を振る人もいる。
どうやら街の人たちも帝国のお姫さまを一目見ようと集まっているらしい。
思っていた以上に歓迎が大掛かりなんだけど。
「では、ご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
ルーナに案内されてついて行くと、大聖堂の隣にある大きなお城へとやって来た。
「あのルーナさん。これはなんでしょうか?」
「ああ、これはセイント・パレスです。教皇さまが政治を行うお城なんですよ」
「へぇ、お城あるんだ……もしかしてルーナさんもここで生活してるんですか?」
「そうですね。普段はここで生活していますし、お仕事もこちらでしています」
ルーナはそう言って微笑んだ。
「へぇ、聖女さまってもっと神殿みたいな所に住んでるのかと思ってました」
「ふふっ、よく言われます。でも実際は普通にここで生活しているのよ」
「なるほど」
聖女さまってこの国ではお姫さまみたいなもんなのかな?
「もちろん今夜の晩餐会や皆さまのお部屋の準備も整っていますよ」
「おお、それは楽しみだね」
そう言って私は城を見上げる。
帝国の帝城と比べると小さいが、それでも十分立派なお城だ。
さすが宗教国家の総本山だね。
「もしかして、中に温泉とかもあるんでしょうか?」
「ええ、後でご案内しますね」
そう言ってルーナはにっこり笑った。
よし、これはやはりみんなで一緒に入る流れだよね?
しかも今回はアリスとモニカだけじゃなく、ルーナまでいる。
いや、私は決して邪なことを考えているわけではない。
純粋にみんなで旅の疲れを癒し、親交を深めたいだけだ。
うん、本当にそれだけである。
「クレア? また気持ち悪い顔になってますわよ」
「あら、ほんとね。なんだか幸せそうな顔してるわね。そんなに温泉が楽しみなのかしら?」
またにやけてしまっていたようだ……危ない危ない。
その後、私たちは休憩用の応接室へ案内された。
部屋に入るとテーブルの上にはお菓子や果物が並べられていた。
「お疲れでしょうし、まずはお茶でもいかがですか?」
「ええ、お気遣い感謝いたします。頂きますわ」
アリスがそう言うと、シスターが皆の前にお茶を並べていく。
「それでは何かご用がございましたらお申し付けください」
そう言って案内役のシスターが一礼して、部屋を後にした。
「ふぁー、疲れたなぁ」
身内だけになったので、アリスは素に戻ってそう言いながら大きく両手を突き上げて背伸びをする。
「うん、半日くらいだったけどずっと馬車に乗ってるって結構疲れるね」
「まったくだな。ってか、明日パーティあんの? 聞いてないんだけど?」
アリスがルーナに視線を移しそう言った。
「ええ、そりゃ言ってないもの」
「いや、言えよ」
「だって、皇女さまが来たんだから。そりゃ歓迎パーティくらいやるでしょ?」
「まぁそうか……私、出なきゃダメ?」
「当たり前でしょ、主役なんだから」
「はぁ、まぁしょうがないか……」
アリスがそう言って面倒くさそうな顔をしていた。
パーティか私は何すればいいんだろ?
そんなことを考えながら、お茶を一口飲んだ瞬間。
私は思わず目を見開いた。
口の中に独特のほろ苦さと、その奥にある確かな甘みが広がる。
「あれ? これ緑茶?」
「ええ、このお菓子にはこちらの方が合うと思い用意しました」
「お菓子?」
ルーナにそう言われて、テーブルの上をよく見るとそのお菓子は――饅頭だった。
「これは、もしかして温泉饅頭なの?」
「ええ、聖公国の名物なのよ。巡礼者の方にも人気なの。クレアさんも良かったらどうぞ」
いや待て。
温泉があって、緑茶や温泉饅頭まであるの?
ますます日本人っぽいな、使徒さまって。
一つ手に取って食べてみる。
「うん、ふっくらしてておいしいねこれ。クロちゃんも食べる?」
「うむ、なかなか良い匂いだな」
そう言ってクロも饅頭を手に取り齧る。
「うむ、甘すぎず上品な味である」
クロがそんな感想を述べていたが、そんな言葉どこで覚えたんだろう。
いや、文字通り上品だからまぁいいけど。
でも、もうすぐ夕食だしこれ以上は食べない方がいいかな。
「ところで晩餐会はいつ頃なんですか?」
「もう少しで準備が出来るはずですよ」
「そうなんだ。ますますどんな料理が出るのか楽しみになってきた」
するとクロが二つ目の温泉饅頭に手を伸ばした。
「クロちゃん、晩ごはん前だからね?」
「これは別腹だ」
別腹ってそんな言葉まで知ってるんだ……。
本当に誰の影響なんだろう……ティアかな?
それからしばらく休憩していると、晩餐会の準備が整ったと知らせが入った。
温泉も気になるけど、ここまで和風なものが続くと晩餐会の料理が気になって仕方ない。
使徒ラフォーレが広めた料理、どんなものなんだろう?
そして私たちは、シスターに案内され会場に向かうのであった。




