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■第54話 聖公国へ

 それから二日後。

 ついに出発の日がやってきた。


 私は朝早くから身支度を済ませ、アリスたちと一緒に城の正門へ向かう。

 外にはすでに立派な馬車が用意されていた。

 そしてその周囲には何人もの護衛の騎士たちの姿も見える。


「おお、なんか本当に旅に出るって感じだね」


「うむっ、我も少し楽しみだぞ」


 クロも今日は珍しく上機嫌だった。


 もちろん理由は旅そのものではなく、マジックバッグの中に大量のお菓子や干し肉などの食料が入っているからだろう。


 そんなことを考えていたら、赤い髪の女騎士がこちらへ歩いてきて、私たちに声を掛ける。


「おはようございます、姫さま」


 今回護衛隊長を引き受けてくれたエルネアだ。


「あらエルネアさん。今回もよろしくお願いしますわね」


「ええ、お任せください。必ずや皆さまをお守りしますので」


「ふふ、たのもしいですわね」


「では、すぐに出発できるよう準備を進めていますので」


 エルネアはそう言いながら軽く頭を下げ去っていった。


 今回はエルネアを含む騎士たちに加え、数名の文官も同行するらしい。

 皇女さまの国外訪問なのに、思ったより人数が少ない気もする。

 でも聖公国とは友好的な関係らしいし、あまり大げさにはしたくないのかもしれない。


 慌ただしく準備をする護衛の騎士たちの姿を見ていると、不意に後ろから声が掛かった。


「姉上。無事に出発できそうですね」


 聞き覚えのある声がして振り返ると、そこにはシオンが立っていた。


「あら? シオン。見送りに来てくれたのですか?」


「ええ、お見送りに来ました」


 そう言って爽やかな笑顔を浮かべる。

 相変わらずキラキラしている。

 なんなんだろうこの王子さまオーラは。


 そう思っていると、シオンが今度は私に視線を向けた。


「あっ、クレアさん。帰ってきたら学院臨時講師の件も考えておいて下さいね」


「えっ、いや、それは……」


「一部の生徒が楽しみにしていますし、僕もクレアさんの魔法には興味がありますので」


 シオンはそう言ってニコっと笑った。

 何この王子さまスマイル? 断れなくなっちゃいそうだよ。

 私がどう断ろうか考えていたら――。


「シオン、その話はまたでいいでしょう?」


 アリスがなんとか誤魔化してくれた。


「ああ、そうでしたね。では、どうかお気をつけて」


「ええ、では留守は任せましたよ」


 そんな短いやり取りだったけど。

 なんだか意外と信頼し合っている姉弟なんだなと思えた。


「クレアさん!」


 そんなこと考えていたら遠くから元気な声が聞こえてきた。

 見るとティアが息を切らせてこちらへ走ってきている。


「あっ、ティアさん。どうしたの?」


「よかった、間に合いました!」


 ティアは少し息を切らしながら笑った。


「もしかして見送りに来てくれたの?」


「はい!」


「そうなんだ、わざわざありがとうね」


「あっ、これクロさんにと思って持ってきたんですけど」


 ティアはにこにこしながら、小さな袋をクロに差し出した。


「ん? これはお菓子か?」


「はい、私が作ったクッキーです。道中のおやつにどうぞ」


 ティアが笑顔でそう言った。


「むっ、そうか。ティアよ、ありがとう」


 クロは袋を大事そうに抱きしめていた。


「皆さま準備が終わりましたので、そろそろ出発になります。馬車にお乗りください」


 モニカが皆に声を掛けながら馬車の扉を開く。


 さて、どうやら本当に出発らしい。

 私は最後にもう一度シオンとティアを見る。

 こんな風に見送ってくれる人がいて、帰ってくる場所もあるんだ。


 そう思うと、なんだか少し嬉しくなった。


「それじゃあ行ってきます」


 少しだけ名残惜しさを感じながら、私は二人に向かって小さく手を振った。


「ええ、お気をつけて」


「行ってらっしゃいませ!」


 見送られながら私たちは馬車へ乗り込み、そしてゆっくりと帝城を後にする。

 窓から外を眺めると、見慣れた帝都の景色が少しずつ遠ざかっていく。

 なんだろう、少し寂しい気もしたが、それ以上にワクワクもする。


 ここからまた新しい冒険が始まる。そんな気がした。


「うむ、これはうまいな」


 ふと見ると、クロがティアから貰ったクッキーをもう食べ始めていた。


「クロちゃん、もう食べてるの? まだ出発したばっかりだよ?」


 しかし、クロは首を傾げながらこう言った。


「だから今食べているのだ。もう旅は始まったのであろう?」


 クロは当然のような顔でクッキーをひょいと口に放り込んだ。


「それは分かるけど、おやつって普通は途中で食べるものじゃない?」


「今が途中であろう?」


「いや、確かにそうだけど……あれ? いいのかな?」


 なんだか私も良く分からなくなってきた。

 よく考えたら旅のおやつって普通はいつ食べるもんなんだろう?


「はははっ、まぁ別にいいじゃないか」


 私が考え込んでいると、アリスが苦笑しながら口を挟んだ。


「クロの食欲は今さらだろ」


「それは……そうなんだけどね」


「あっ、クロ。私もちょっと貰っていいか?」


「うむ、いいぞ」


 そんなことを言いながらアリスもクロと一緒にクッキーを食べていた。

 うん、まぁ二人とも楽しそうだし別にいいか。


「ねぇ、そういえばアリスは聖公国は何度も行ってるの?」


「ん? そうだな。小さい国だけど街並みは綺麗だぞ。神殿や教会も多いし、街の中心には大聖堂もある」


 神殿に教会、それに大聖堂か。

 なんだかすごくファンタジーっぽくなってきた。


「ちなみにごはんはおいしいの?」


「そうだな、まぁ美味いぞ。使徒さまが広めた独特な食文化がある国だからな」


 独特ってどんな感じなんだろ?

 なんにせよおいしいごはんは旅の醍醐味だよね。

 聖公国って思った以上に良い国なんじゃないかな?


「まぁ、その辺は着いたら分かる」


「なるほど、ところで聖公国まではどのくらいかかるの?」


「んー、順調に行けば夕方には着くと思うぞ」


「え? 思ったより近いんだね」


 詳しく話を聞いてみると帝国と聖公国は隣接しており、魔の森を抜ける街道を使えば一日も掛からず到着するらしい。


「ルーナさんはもう着いてるんだよね」


「ああ。今頃は歓迎の準備でもしてるんじゃないか」


 その後も私たちは他愛のない話をしながら馬車に揺られていた。


 それから数時間後――。


「おっ、見えてきたぞ」


 アリスの言葉を聞いて窓の外を見る。

 遠くの地平線の先に、白く輝く巨大な都市が見えた。


「うわぁ、あれが……」


「ああ、聖公国の聖都だ」


 聖女ルーナが生まれ育った国であり、女神さまの神託が導いた場所。

 いったい何が待っているのだろう。


 私は少しだけ胸を高鳴らせながら、その景色を見つめていた。

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