■第53話 出発準備
私たちは聖公国へ行くことを決めたのだが、さすがにすぐというわけにはいかなかった。
ちなみに陛下たちの許可は予想通りモニカがあっさり取ってきた。
ジルベール宰相は頭を抱えていたらしいが、返礼訪問を断ると外交的に問題になりかねないので最終的に許可したらしい。
そのかわりしっかり護衛をつけるという条件を出されたそうだ。
なので護衛の編成やらアリスの公務の調整なんかに少し時間が掛かるらしい。
そしてルーナも向こうでアリスを迎えるための準備があるので先に帰国してしまった。
その間に、私も旅の準備を進めていたのだが。
最近は一人で自由にお城を歩いていいことになったので、私は朝からフィオナの部屋を訪れていた。
なんでもフィオナが旅に便利な魔道具を用意してくれるらしい。
ノックをして部屋に入ると、中にはフィオナとティアがいた。
「おや、クレアどの。どうぞこちらへ」
「おはようございます、フィオナさま。なんか便利な魔道具があるって聞いたんですが?」
「ええ、聖公国へ行かれるとお聞きしましてな。これを持っていきなされ」
見るとそれはショルダーバッグのような物だった。
「えと、それはバッグですか?」
「ええ、これはマジックバッグですじゃ。空間拡張と重量軽減が施されておるので見た目よりもかなり多くのものが入るのですぞ。ただ生き物は入れられませんのでな」
「おお、マジックバッグ!」
異世界ものでは有名なアイテムだよね。
私は荷物はあまりないけど、飲血用の血を多めに持っていきたかったからこれはありがたいな。
「うわぁ、ありがとうございます。これってどのくらいの物が入るんですか?」
「ふぉっふぉっふぉ、これはワシが作った特別なバッグですからのぅ。荷馬車一台分くらいは入るはずですじゃ」
想像を遥かに超えてたんですけど。
こんなバッグにそんなに入るの? どういう原理なんだろう?
「ちなみにこれは市販品の数十倍の性能ですぞ。まあ、同じものはそう簡単には作れませんがのぅ」
「えっ?」
フィオナが自信満々にそう言っていたのだが……それはもう国宝級なのでは?
私なんかがほんとにこれ持ち歩いていいの?
ちょっと怖いんですけど。
「こんな貴重な物、本当に私が頂いていいんですか?」
「ええ、クレアどのだからこそですじゃ」
でもまぁ、確かにこのバッグは今後必要になりそうだし、せっかくなのでありがたく頂いておこう。
「あのクレアさん」
フィオナとそんな話をしていたらティアが少し遠慮がちに声を掛けてきた。
「ティアさん、どうしたの?」
「あの、これどうぞ」
そう言って差し出されたのは小さな布袋だった。
「お守りです。旅の安全祈願にと思って」
「へぇ、すごく嬉しい、ありがとう。大事にするね」
受け取ると手のひらに収まるくらいの大きさだった。
なんだか少し温かい気がする。
「はい。どうぞお気をつけて」
そうして、私はフィオナの部屋を後にして自室に戻る。
マジックバッグにお守りまで貰えて、旅の準備は順調そのものだ。
そう思いながら自室の扉を開けたのだが――。
部屋の中には大量のお菓子の箱や干し肉などの保存食が積み上がっていた。
そして、その前で満足げに頷いているクロの姿があった。
「あの、クロちゃんこれ何?」
「うむ、旅の準備である」
「この干し肉とかどこから持ってきたの?」
「ん? 食糧庫にあったから持ってきた」
「返してきなさい!」
「なぜだ? 旅に出るなら食料は必要であろう?」
「いや、少しはね? でもごはんは向こうで出してもらえ……」
そこまで言って私はクロの食欲を思い出した。
いや、やっぱり少しくらい持っていった方がいいのかな?
私は積みあがった食料を見る。
「後でモニカに相談するから、一旦これ返そうか?」
「むぅ、しかし旅先で食料がなくなったらどうするのだ?」
「大丈夫だよ。聖公国までそんな何日もかかるわけじゃないだろうし、向こうに食べ物はあるから」
「ふむ、そうなのか?」
そんなことを話していたら。コンコンッとドアがノックされた。
「失礼いたします」
そう言ってモニカが入ってきたのだが。
「あの……これはなんですか?」
積みあがった食料を見て唖然としていた。
「お菓子に干し肉、それにこれは高級肉エリアの……何をなさっているのですか?」
あっ、なんか高いお肉まで持ってきてたのか。
「うむ、旅の準備である」
「全部戻してきなさい」
「……わかった」
そうして一旦食材はすべて食糧庫に戻した。
「でもやっぱりクロちゃん用に少し食料持って行った方がいいかな?」
「そうですね、失念しておりました。しかしそれほど大量の食材を運ぶのは……」
そこで私はマジックバッグの事を思い出した。
「これに入れていけばいいんじゃないかな? フィオナさまが作ってくれたマジックバッグなんだけど」
私はモニカにバッグの説明をした。
「……荷馬車一台分ですか?」
「うん、しかも重量軽減付きらしいよ」
モニカは数秒黙り込んだ。
「フィオナさまは時々とんでもない物をさらっと作られますね」
「やっぱり凄いものなんだこれ……」
「凄いどころではありませんよ。しかし、これならかなりの食料を運べますね」
「ただ食材を保存するための物じゃないから、あまり長い時間は保存できないけどね」
「それでも十分ですよ、念のためクロさま用のお菓子や保存食を多少入れておきましょう」
「うむ! では今度は少なめに持ってくるか?」
クロが嬉しそうに手を挙げる。
「多少ですよ? それから用意はわたくしがいたしますので、勝手に持って来ないで下さいね」
「……うむ、わかった」
モニカにそう言われ、クロはあきらめたような顔でそう言った。
しかしモニカ凄いな、これが教育か。
「あっ、そうでした。出発の日程をお伝えに来たんでした。二日後に出発となりますので」
「おお、意外と早いね」
「ええ。護衛の準備も整いましたので」
二日後か。
なんだか急に実感が湧いてきたな。
旅立ちまではもうすぐだ。
そしてその後、私たちはアリスの部屋を訪れた。
「おっ、クレアか。準備は出来たのか?」
「うん。まぁ私は元々たいして荷物とかもないからね。アリスはどうなの?」
「もちろんばっちりだぞ。と言っても私はほとんどモニカに任せてたんだけどな」
「うーん、それでいいの?」
「まぁ、皇女とはそういうもんなんだよ」
そう言ってアリスは笑っていた。
まぁ、確かにお姫さまだし。準備は使用人がするものか。
「そう言えば、二日後に出発なんだって。なんか楽しみだね」
「ああ、私も楽しみだ。聖公国にはすごくいい温泉があるんだぞ」
「……何! おんせんだと?」
その言葉を聞いて私は目を見開いた。
温泉ってことは……みんなで入るやつなんだろうか?
「なんだその反応は?」
「いや、その温泉ってみんなで一緒に入るのかな?」
「ん? まぁそれでもいいんじゃないか? 私は何回か入ったけど結構広いからな」
なるほど。
つまりアリスも入ったことがあって。
ルーナもたぶん入る。
ということは――私も入る!
私はそっと両手を合わせ、天井を見上げた。
……女神さま。
もしかして、あなたが言っていた『願いを叶える』って。
そういうことだったんですか?
だとしたら私、今なら全力であなたを信仰します。
「クレア、どうした? なんか気持ち悪い顔になってるぞ」
「えっ? いや、そんなことないでしょ?」
「いや、すごく気持ち悪い」
失礼な。
確かにちょっとにやけてたかも知れないけど、私はただ聖公国の文化に興味を持っただけだ。
決して温泉でみんなの裸が見たいとか、そういうのが目的じゃないよ。
……たぶん。




