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■第50話 聖女

 ルーナの情報処理能力が限界を迎えてからしばらくして、ようやく彼女は復活した。


「えーと、つまり……黒龍をクレアさんが従魔にして、今はアリスのメイドをしていると?」


「ああ、そういうことだ。すごいだろ」


 そう言ってアリスはニヤッと笑った。


「ごめんなさい……まったく意味が分からないんだけど」


 まぁ、そりゃそうだよね。

 まさか黒龍がこんな可愛い女の子の姿でメイドをしてるなんて普通は想像もつかないだろう。


「しかし、これがほんとに黒龍なのね」


 そう言ってルーナはお菓子を一つ手に取りクロに差し出す。


「ん? 食べてよいのか?」


「ええ、どうぞ」


 ルーナがそう言うとクロはパクっとお菓子を食べた。


「なるほど……お菓子も食べるのね。これは興味深いわね」


 そんなことを呟きながらクロを見つめていた。

 何が興味深いのか良く分からないが、クロが黒龍だと納得できたのかな?


 そしてルーナは次に私の方を見る。


「でも、黒龍を従魔にするなんてあなたほんとに凄いのね。伝説の吸血鬼だったかしら?」


「あっ、はい。なんかそうみたいです」


「なんかって……まぁいいわ。とりあえずその件は聖公国に戻ったらまた調べてみます」


「ん? すぐに戻るのか?」


 アリスがそう尋ねる。

 するとルーナは少し考え込んだ。


「実はそのことなのだけれど」


 そう言って真面目な顔になる。


「女神さまのご神託のこともあるし、数日帝国に滞在させてもらえるかしら?」


「えっ? いや、こっちは別にいいけど。聖女の仕事は大丈夫なのか?」


「まぁ、それはなんとかなるでしょう。重要な神事も暫くはないし」


 そう言ってルーナはアリスの方を見る。


「わがままなお姫さまに引き留められてしばらく帰れません。とでも言っておけば大丈夫でしょう」


「ははは、それいいな。そういうのにもちょっと憧れてたんだ」


 どういうのに憧れてたんだ?

 悪役令嬢的な奴なのか?

 ってかそこは笑ってていいのだろうか?


「それに、もう少しクレアさんのことも知りたいですし」


「えっ、私ですか?」


「そうね。ご神託の件もあるし、出来れば少し二人で話せないかしら?」


「えーと、それは」


 私は別にいいけど。これはアリスとのお茶会だしね。

 私はチラッとアリスを見る。


「まぁ、いいんじゃないか。女神さまの加護を持つもの同士だしな」


「え……?」


「ん? どうした?」


 アリスの話を聞いてルーナが恐る恐る私を見る。


「あなた、女神さまの加護まで持ってるの?」


「あっ、はい、なんか持ってます」

 

「……なんでそんな軽い感じなの? 女神さまの加護って言うのは本来聖女にしか与えられないのよ」


 なんでって言われても私にもわからないんだもん。

 と言うかルーナもいろいろな情報が出てきて混乱してるんだろうけど。

 正直私だってわからないことだらけで、いっぱいいっぱいなんだからね。


「もういっそあなたが聖女になればいいんじゃない?」


 駄目だ、なんかルーナが投げやりになってきた。


「あれ? ……ということは今聖女が二人? それって……」


 何かぶつぶつ呟き始めてしまった。

 なんて私が考えていると。ルーナはまっすぐ私を見つめてこう言った。


「やはり二人で少しお話ししましょう」


「え? ああ、いいですけど」


「じゃあ、クレアの部屋で話してくるか? モニカ二人を案内してやってくれ」


 そうしてモニカに案内され隣にある、私の私室にやってきた。


「では私はこれで失礼いたします」


 そう言ってモニカが扉へ向かう。


「何かご用があればお呼びください」


 そこでモニカは一度立ち止まり、振り返った。


「ただし、部屋の鍵は内側から掛けないようお願いいたします」


「「は?」」


 私とルーナの声が重なる。


「ではごゆっくり」


 そう言ってモニカは笑顔のままに部屋を出て行った。


「……あの人、何を言いたかったのかしら?」


「いや、まぁモニカだし。気にしなくていいですよ」


 まったく何を言ってるんだモニカは。

 いや、場を和ませようとしてくれたのかな?

 違う気もするけど……そうだと信じよう。


「ところで、あなたのステータス見せていただいてもいいかしら?」


 ん? ルーナも鑑定スキル持ってるのかな?

 まぁ、今更だし見せるのは問題ないか。


「え? ああ、いいですよ。じゃあ《偽装解除》」


「《鑑定》」


 そうしてルーナは私のステータスをじっくりと覗き込む。


「すごいわねこれ、女神さまの加護に全属性持ちって、ラフォーレさまと同じじゃない」


「アリスにも同じこと言われましたね」


「はぁ、じゃあ次は私のも見ていいわよ」


「え? いいんですか?」


「ええ、ただし絶対に口外してはいけませんよ。ご神託のこともあるのであなたを信用します」


「では失礼します。《鑑定》 ……あれ? これ偽装されてませんか?」


「ああ、そうだったわね。ごめんなさい。 《偽装解除》 これでいいわね」


 なんで聖女さまがステータス偽装してたんだろ?

 少し不思議に思ったが、再び鑑定を発動してルーナのステータスを見る。


 ――そして私は思わず目を見開いた。


「えっ……?」


「見えたかしら?」


 そして表示された内容を見て私は固まった。

 それは聖女として申し分ない能力だった。レベルはアリスよりも高い。

 女神の加護に神聖魔法。そして高位の解呪や治癒スキル。


 そこまではいい。

 しかし最初の方に見慣れない項目があった。


 名前:ルーナ・メーティス

 年齢:16歳

 種族:人間

 血統:魔族

 性別:女性

 Lv:332

 加護:女神の加護

 称号:聖女


「えっ、血統……魔族?」


 私が言葉を失うと、ルーナは小さく笑った。


「ふふっ、驚いたでしょう?」


「いや、その……これ見ちゃって良かったんでしょうか?」


「ええ、いいわよ。あなたには見せておくべきだと思ったの」


 ルーナは静かに頷いた。


「見ての通り、私は魔族の血を引いているの」


 ルーナは自嘲するように笑った。


「もちろん神聖魔法は使えるわよ。でもそのおかげで歴代の聖女と比べると、私は出来損ないもいいとこなのよ」


 その時、私は以前アリスから聞いた話を思い出した。


『ラフォーレさまは魔王の娘を妻に迎えた』


 たしか聖女は代々、使徒さまの血を引く者の中から選ばれるんだったよね。

 だとしたら――。


 ルーナは使徒さまの血筋、そして魔族の血も引いている。

 つまり……。


「もしかして、魔王の血を?」


「ええ、その通りよ。まぁこのことは聖公国でも一部の人しか知らないんだけどね」


「えーと……それ私が知っちゃって大丈夫なんでしょうか?」


「まぁ、あなたなら大丈夫だと思ったから見せたのよ」


「なんでそこまで信用してくれるんですか?」


「もちろんご神託もあるわ。でもそれだけじゃないの」


「えっ?」


「女神さまがあなたを導いたのなら、私はあなたを信じたいの」


 いや、導かれたのは私ではなくむしろルーナなのでは?


「それに、あなた私より聖女っぽいじゃない。そうだ、私と二人で聖女にならない?」


「えっ、嫌ですよ」


「即答なの!?」


「だって責任重そうですし、私は気楽に生きたいので」


「理由が俗っぽいわね!」


 そんな事言われても私は聖女なんて柄じゃないし。


「ふふっ、まぁそれは冗談なんだけどね」


 そう言って笑うルーナだったが、その笑顔はどこか自分に言い聞かせているようにも見えた。


「でも、本当に少しそう思ったのよ」


「え?」


「だってあなた、女神さまの加護を持っていて、神託の中心にいるわけだし」


 ルーナは少しだけ視線を落とした。

 しばらく黙り込んだあと、小さな声で続ける。


「それに……私、一人じゃ不安なのよ。私は出来損ないの聖女だから」


 私は言葉に詰まった。

 出来損ない。

 ルーナはそう言った。


 でも今日の街で見た彼女は、迷子の子を放っておけなくて。

 誰よりも自然に人を助けていて。

 私には十分、完璧な聖女さまに見えた。


「ところであなたはこんな私をどう思うかしら?」


 ルーナはまっすぐ私を見つめながらそう聞いてきた。


「私には十分立派な聖女さまに見えますよ?」


「魔族の血を引いてる事には何も思わないのかしら?」


「まぁ、それに関しては私もどちらかというと魔族寄りですし……」


「ああ、そうだったわね。あなた吸血鬼だったわね。……ってことはアリスの血とか吸ってるのかしら?」


「いえ、そんなことはしてませんよ」


「そうなの? 吸いたくなったりしないものなの?」


「いや、正直吸いたくなることもありますよ。でも人の血を吸うのは駄目だと思うので魔獣の血で我慢してます」


「そんなこと気にしてるのね……私の血、吸ってみる?」


 いや、そんなちょっと献血するみたいな感覚で言わないで欲しい。

 アリスもそうだったけど元の世界とは倫理観がだいぶ違うんだな。


 そりゃ私だってその綺麗なうなじに噛みついて見たいけど……って考えちゃだめだ。吸いたくなっちゃう。


「いえ……遠慮します」


「ふふっ、そう。じゃあ吸いたくなったら言ってちょうだいね」


 そう言ってルーナは笑っていた。


「いや、言いませんよ」


「本当に?」


「本当にです」


「それは残念ね」


 なんで残念なんだ? そう思ったけど深くは聞かないでおこう。

 でも今日話してみて分かった。


 ルーナは思っていたよりずっと普通の女の子だった。

 だけど、その胸の内には誰にも言えない悩みを抱えていた。


 その時、私はふと女神さまの言葉を思い出した。

 あれ? もしかして、女神さまが言っていた『手伝え』って。ルーナのことなのかな? ルーナを手伝うことで私の願いが叶う?


 いや、さすがにそれだけで決めつけるのは早いかな。

 でも女神さまが、私とルーナを引き合わせるために神託を与えたのだとしたら?


 そして今、私の前には自分を出来損ないだと思い込んでいる聖女さまがいる。

 その二つが無関係だとはとても思えない。

 と言っても女神さまの考えることなんて私にはさっぱりわからないけど。


 まぁ、とりあえず。


 しばらくはこの聖女さまに付き合ってみるのもいいかもしれないね。

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