■第49話 気分転換
その後、フィオナは魔道具作成の途中だったそうで工房に戻ってしまった。
さてどうするか。
ここでこれ以上話しても、答えは出ないよね? これまで聞いた話をまとめると、多分私はそこまでこそこそする必要はなさそうだ。
『こんにちは、伝説の吸血鬼クレアです』、とでも名乗らない限りたぶん大丈夫だろう。なので今後はちょっと強い皇女さまの護衛という設定で行こうということになった。
そんなことを考えていたら。
「そうだクレア、首輪だけど。ルーナなら外せるんじゃないか?」
「あっ、そういえば」
いろんな話が出てから首輪の事すっかり忘れてたな。
うーん……首輪かぁ。
「あら、その首輪って呪具なのね。外したいのかしら? たぶん出来るわよ」
ルーナの言葉を聞いて、私は少し考える。
そうか外せるのか。正直、最初の頃なら迷わず外していたと思う。
でも今は少し違う。
この首輪はアリスにつけられたものだ。でも、そのおかげでここまでこれた気がする。これは私を縛るものじゃない。私がここにいる理由を思い出させるものだ。今なら首輪を外して一人で自由に世界を回ることだって出来るだろうけど、それは私が望むものじゃない。
なので当面はこのままでもいいかな。
「うーん、今はまだいいかな」
「え? なんでだよ」
「別に深い意味はないよ、だって今さら外してもアリスの護衛なのは変わらないでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど」
アリスは少しだけ視線を逸らした。
「さて、じゃあ少し気分転換に外にでも出るか?」
「そうね、堅苦しい話が続いて少し疲れたものね」
「よし、モニカ。外へ出るぞ」
そう言ってアリスとルーナが立ち上がる。
「はい、かしこまりました」
部屋から出るとアリスが先頭を歩いて行く、いったいどこへ行くんだろう?
そう思いながらついて行くと、なぜか城の正門が見えてきた。
え? まさか外って街に行くの? 聖女さまを連れて、変装とか何もなしで?
「あの、もしかして城下へ行くの?」
「んっ? ああ、近場だけどな。気分転換にはいいだろ?」
「聖女さまを連れて街に出ちゃうの? 護衛もなしで?」
「まぁ、少しなら大丈夫だろ? それに護衛ならクレアがいるだろ?」
そう言ってアリスは私を指差した。
いや、たしかに私はアリスの護衛だけど、一人なんですけど?
しかも見た目が護衛っぽくないし。
聖女と皇女が普通に街に行ったら絶対大騒ぎになると思うんだけど。
「ねぇ、モニカ。これいいの?」
「いえ、よいわけがありませんね。アリスさま、ここで少しお待ちください」
モニカがにこやかにそう言って、どこかへ行ってしまった。
しばらくすると、モニカがエルネアと数人の騎士を連れて戻ってきた。
どうやらモニカは本当の護衛を連れてきたらしい。
「聖女さまがおられますので、城下へ出られるのでしたら建前上、護衛を伴っていただきます」
「はぁ、また姫さまが無茶を言い出したとお聞きしましたので参りました」
エルネアが呆れたようにため息を吐く。
「あら、それはどなたのお話かしらね?」
アリスがお姫さまモードに切り替わり、上品な笑みを浮かべる。
その様子を見てルーナが感心したように呟く。
「あなた、それほんとに凄いわよね」
「あら、何がでしょうか? おほほほ。さっ、行きますわよ」
うん、もはや名人芸だよね
とまぁ、そんな感じで私たちは数人の護衛に囲まれながら、大通りを歩いていく。屋台の立ち並ぶエリアに入ったところで、ふと見ると。クロが辺りを見回し落ち着かない様子だった。
今日はずっと黙ってメイドの仕事をしてくれていたので少しご褒美をあげようかな。この前貰ったお金もまだ残ってるし。
「あっ、ちょっと私あっち見てきます……クロちゃん、ちょっと」
「むっ、どうした主?」
そう言ってクロを呼びこっそり屋台へ行って串焼きを買う。
「すいません十本ください」
「はいよー!」
そして串焼きを受け取りクロに渡す。
「はい、こっそり食べて。この後もお願いね」
「うむ、わかったぞ主! いただきます!」
そう言ってクロはあっという間に串焼きを食べてしまった。
そうして、急いでアリスたちと合流すると。
アリスとルーナは何やら焼き菓子のようなものを食べていた。
「あら、クレアさんも食べますか?」
そう言ってルーナは私に焼き菓子をわけてくれた。
「あっ、ありがとうございます。いただきます」
手に取ると、丸くてふっくらとした焼き菓子だった。
指先からじんわりと温かさが伝わってくる。
一口齧ってみると中にあんこが入ってる。
「うーん、甘くておいしい……!」
「ふふっ、ですよね……あっ」
ルーナが私の後ろの方を指さして、小さく声を上げた。
なんだろうと思って私も振り返ると、そこには小さな女の子が泣きながら立っていた。あれ? もしかして迷子なのかな?
と思っていたら、ルーナがその子に駆け寄り声を掛ける。
女の子は目を真っ赤にして泣いていた。
まだ五歳くらいだろうか。
人通りの多い通りの真ん中で、小さな肩を震わせている。
「どうしました?」
「ううっ……お母さん……どこぉ……?」
するとルーナは目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「大丈夫よ、お母さんとはぐれちゃったの?」
女の子はこくりと頷いた。
「あなたのお名前を教えてくれるかしら?」
「……セリア」
「そう、セリアちゃんね」
ルーナは安心させるように優しく頭を撫で、微笑んだ。
「大丈夫よ。私たちがすぐにお母さんを見つけてあげますからね」
ルーナはそう言うと、立ち上がり大きく息を吸い込んだ。
「セリアちゃんのお母さんはいませんかー!」
そして大きな声で叫んだ。
ええ? 聖女さまがそんな大声出していいの?
でもルーナは周囲の視線なんてまったく気にしていないようだった。
そして、周りの人たちが次々とルーナに気づく。
「え? あれ聖女さまじゃないか?」
「おい、あそこに姫さまもいるぞ」
なんだか大事になってきたな。
だがルーナはそんなことはお構いなしで続ける。
「このセリアちゃんのお母さんを探しています。皆さん手伝っていただけませんか?」
「なんだ迷子かい? よし、そういうことなら任せな!」
すると近くの商人たちも次々と顔を上げた。
「聖女さまが言うなら手伝わねぇとな! おい、お前らも探せー!」
「俺は東通りを探してくる!」
「こっちは市場を見てくるぞ!」
これは……さすが聖女さまだな。
ルーナが声を掛けると、街の人たちが次々と協力してくれる。
そんな感じで皆の協力も得ながら大勢で探し、しばらくすると。
「セリア!」
お母さんらしき人が現れた。
「よかった……! 探したのよ、セリア!」
「お母さん!」
そう言ってセリアがお母さんに抱き着く。
「ありがとうございました、聖女さま。本当になんと御礼を申し上げたらよいか」
母親はそう言って何度も頭を下げていた。
「いいえ、無事見つかって良かったです。お二人に神のご加護がありますように」
ルーナは静かに胸元で聖印を切り、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
周囲で見守っていた人々からも、温かい拍手と『さすが聖女さまだな』という称賛の声が上がっていた。
うん、神聖魔法が使えるとか。女神の加護を持っているとか。
そういうことじゃないよね。
目の前で泣いている子供を見た時、真っ先に駆け寄れること。
それこそが聖女なんじゃないだろうか。
普段は普通の子みたいだけど、ルーナは本当に聖女さまなんだな。
しかし、この騒動で聖女さまと皇女さまがいることが街中に知れ渡ってしまい、ちょっとした騒ぎになってしまったため、私たちは街歩きを切り上げてお城に戻ることにした。
そうして、私たちは再びアリスの私室に戻った。
「はぁ、もうちょっと、街を回りたかったんだけどな」
「いいじゃない、十分息抜きにはなったわよ」
「あ、そうだ」
アリスが何かを思い出した顔をした。
「そういえば、まだ紹介していなかったな」
「紹介? 誰をかしら?」
「ああ、こいつなんだけどな」
そう言って、アリスがクロを指差す。
「そのメイドさんがどうかしたのかしら?」
アリスがニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
あっ、この顔は絶対ろくなことを考えてない。
どうしよう。止めた方がいいのかなこれ?
「実はな、そのメイド。黒龍なんだ」
「はいはい、そういう冗談は――」
と言いかけたところで、クロが一歩前に出て呟く。
「うむ、我は誇り高き黒龍である」
「はぁ? あなた何を言って……」
「よし、じゃあクロ。ちょっと小竜になってくれ」
「うむ、わかった」
「あっ、クロちゃんちょっと……」
私が止めようとしたが遅かった。
クロの体が光に包まれる。
――ぽんっ。
メイド服が床に落ち、小竜姿のクロが現れた。
「はっ? それは……小さい龍?」
「さっき自分で言ってただろ、クロは黒龍なんだよ」
「……はぇ?」
聖女とは思えない声を出して、ルーナはそのまま固まってしまった。
「あれ? どうした? おーい? るーなぁ?」
そう言いながらアリスがルーナをツンツン指でつついていた。
うん、やめてあげて……。
ルーナの情報処理能力は、もう限界だったようだ。




