■第42話 皇立学院
その後、私たちは馬車で学院にやってきた。
ちなみに今日のメンバーは私とアリス、それにモニカの三人だ。
クロは学院には興味がないらしく、ティアのところへ遊びに行ってしまった。
お留守番の件からクロはティアと少し仲良くなったようだ。
「ちなみに、こういう視察ってよくあるの?」
「毎年この時期になると皇族が学院を視察するのですわ」
「へぇ、それはなんで?」
「新入生の激励ですわ。まぁ、建前としてはですけれど」
「ふむ、じゃあ実際は?」
「皇族の顔を見せて『これからも頑張ってください』と声を掛けるだけですわ」
なるほど、そういう感じなんだね。
まぁそれはいいんだけど。うん、いいんだけどね……。
学院の門をくぐると、制服らしき服を着た生徒たちの姿が見えた。
その姿を見て、私はふと自分の服装に目を落とす。
「ところで、なぜ私はこの格好なの?」
今の私の服装は、紺色のプリーツスカートに白いブラウス。その上から薄いベージュのカーディガンを羽織り、そして首元にはスカーフを巻いている。まるで学生のような格好だ。
「学院視察ですので、学生風の服装を選ばせていただきました。とてもよくお似合いですよ」
「うーん、なんだか本当に学生になった気分だね。ってかスカートってなんか慣れないな」
「何を言ってますの。ほんとによくお似合いですわよ」
「うん、そういう問題じゃないんだけどね……」
いや、褒められるのは嬉しいんだけど、やっぱり少し落ち着かない。
そんな話をしているうちに、私たちは学院長室へと案内された。
「失礼いたします」
そう言って室内に入ると、中には二人の人物がいた。一人は丸眼鏡をかけた初老の男性。もう一人はアリスと同じサラサラの金髪に青い瞳の男子生徒。なるほど。これは見ただけでアリスの弟だと分かる。彼がシオン皇子なのだろう。
「ようこそいらっしゃいました。アリスレート殿下。本日は宜しくお願いいたします」
「ええ、よろしくお願い致しますわ、エドガー学院長」
この人が学院長なのか。
学院長のエドガーは、穏やかな笑みを浮かべていた。
優しそうなおじいちゃん、という感じの人だ。
「おや、そちらの方は?」
「あっ、クレアと申します」
私はそう名乗って頭を下げておいた。
「彼女は私の護衛ですが、学院に興味があるようでしたので見学させてあげようと思いまして」
「なるほど、学院にご興味が」
そう言ってエドガーが眼鏡をくいっと持ち上げ、私の顔をじっと見てくる。
「ほほう、これはなかなか面白い魔力をお持ちですなぁ、師匠が見たら間違いなく食いつくでしょうな」
「えっ? いや、なんでしょうか?」
いや、師匠って誰だよ?
「いやいや、失礼。これは職業病のようなものでして」
「学院長、そのくらいで。そろそろ僕にも話をさせてください」
「おっと、そうでしたな。本日はシオン殿下にご案内をお願いしております」
その言葉を聞いて、アリスは視線をシオンに向ける。
「あら、今日はシオンが案内してくださるのかしら?」
「はい姉上、本日は生徒会長である僕がエスコートさせていただきます」
「あら。それは頼もしいですわね、ふふっ」
「では学院長、生徒たちへの挨拶までは少し時間がありますので、僕は姉上たちをお部屋にご案内します」
「ええ、では宜しくお願いしますよ、シオン殿下。アリスレート殿下もまた後ほどお会いしましょう」
そう言って学院長室を後にした。
この後、どこへ行くのかと思っていたのだが。
なんと、皇族は学院の中に私室が与えられるらしい。
いや、皇族ってマジですごいな。
そんな風に感心していると部屋に着いた。
中はとても広く、立派な机にソファー、それに小さなキッチンまでついていた。
そしてアリスとシオンがソファーに腰を掛ける。
「ふぅー、やっと落ち着けるな。モニカ、お茶お願い」
「はい、かしこまりました」
あれ? 素に戻った。
さっきまでの上品なお姫さまはどこへ行ったんだろう。
「姉上、変わり身早すぎませんか? 一応学院の中なんですよ?」
「ここなら大丈夫だろ。私もこの部屋は学生時代に使ってたからな。あっ、クレアもここ座っていいぞ」
そう言いながら、アリスがソファーをポンポンと叩く。
「え、でも……」
私がチラッとシオンの方を見ると。
「ああ、お気になさらず。姉上の言う通り、ここでは普段どおりでいいですよ」
シオンがニコッと笑顔でそう言った。
不思議なことにシオンの周りがキラキラ光って見えるんだけど?
えっ、なにこのイケメン? 乙女ゲーに出てくる王子さまみたいなんですけど。
いや、別に私は攻略したり、されたりはしないけどね。
ってかアリスも弟の前では普通なんだね。まぁ姉弟だしそれもそうか。
「えっと、では失礼します」
そう言って私もアリスの隣に座る。
しばらくするとモニカがお茶を持ってきてくれた。
モニカが全員にお茶を淹れたところでシオンが口を開いた。
「モニカ姉さまも座りませんか? 今日はメイドの姿ではないですし」
今日のモニカは街へ行ったとき同様、エプロンなしバージョンだ。
「いえ、わたくしは……」
「いいじゃないか、たまにはモニカも一緒にお茶にしようぜ」
アリスがそう言うと、モニカがシオンの方をチラッと見る。
「しかし、わたくしがシオン殿下の隣に座ると……シオン殿下の保護者みたいに見えませんか?」
「気にするとこそこ?」
私は思わず突っ込んでしまった。
「はは、別に構いませんよ」
シオンはそう言って笑っていた。
まだ十四歳なのにすごく落ち着いた子だな。
ってか姉さまってなんだろ?
「ところで、シオン殿下はなぜモニカのことを姉さまって呼んでるの?」
「モニカ姉さまは僕たちの従姉ですからね」
ああ、そうだった。よく考えたらモニカも皇族だったな。
「昔はよくモニカ姉さまに勉強を見てもらっていたんですよ」
「へぇ、確かにモニカは教えるのうまそうだね」
「ええ、姉上より教えるのが上手でした」
「おい、やめろ。私がいたたまれなくなる」
そうして暫くお茶を飲みながら四人で話していると、シオンが時計を見ながら立ち上がった。
「さて、そろそろ時間ですね」
「ああ、もうそんな時間か」
「生徒たちも講堂に集まっている頃でしょう」
モニカがそう言った。
「え? どこかに移動するの?」
「生徒たちへの挨拶は講堂で行うんだよ」
「へぇ、なんか本格的だね」
どうやら思ったよりちゃんとしたイベントらしい。
そんな感じで私たちは講堂へ移動する。
講堂の中には数百人の生徒たちが集まっていた。
新入生らしい緊張した顔もあれば、退屈そうにしている上級生もいる。
そんな中、アリスが壇上に立った瞬間、会場の空気が変わった。
さっきまでソファーでだらけていた人と同一人物とは思えない。
背筋を伸ばし、堂々と前を向く姿はまさに完璧なお姫さまだ。
アリスは壇上で生徒たちを見渡した。
「新入生の皆さま、ご入学おめでとうございます。学院で過ごす時間は、きっと皆さまの人生にとって大切な財産となるでしょう。学びたいことを学び、信頼できる仲間を作り、悔いのない学院生活を送ってくださいませ」
アリスらしい、簡潔で分かりやすい挨拶だった。
前世の学校などでよくある校長先生の長話などと違い、アリスの挨拶は短く、ものの数分で終わった。
話し終わると、講堂は大きな拍手に包まれた。
「相変わらず見事ですね、姉上」
「ふふっ、当然ですわ」
「ええ。毎年生徒たちの評判も良いですよ」
「あら、そうですの?」
シオンがそう言っていたが、アリス本人にはあまり実感がないようだった。
「さて、それでは次は授業をご案内します」
おっ、いよいよ学校見学だね。どんな授業なのかちょっと楽しみだ。
そして、シオンに連れられてまず最初に来たのは剣術科の授業だ。
訓練場では生徒たちが木剣を手に打ち合っていた。
「おお、本当に剣術の授業があるんだね」
「剣術科は人気ですからね」
「そうなんだ、やっぱり騎士とか目指す人が多いのかな?」
「ええ、今の騎士団員もここの出身者が多いですよ」
シオンがそう説明してくれた。
「私も在学中は剣術科でしたのよ。ちなみに首席ですわ」
アリスが自信満々にそう言った。
「うん、知ってる」
「では次に行きましょうか」
「あれ? 私スルーですの?」
「はいはい、その話は何度も聞いてますからね姉上」
「むっ」
学院内には魔法実験棟や図書館などもあるらしい。
シオンの説明を聞きながら歩いているだけでも結構楽しかった。
そして次にやってきたのは魔法科である。
実は私はこれが一番見たかったのだ。正直自分の魔法のレベルがどれくらいかもわからないし。
どんな魔法があるのかも見てみたい。
魔法科では的に向かって攻撃する練習をしていた。
「ファイアボール!」
生徒の放った火球が的に命中する。
「おおー、なかなかのもんだね」
そんな風に生徒たちの魔法を見ていたら学院長がやってきた。
「おや、皆さまこちらでしたか」
「エドガー学院長、どうなさいましたか?」
予定外の訪問者にアリスが少し驚いていると。
「先ほどから気になっていたのですが、クレア殿はかなりの魔法の使い手なのではないかと思いまして。一度拝見させて頂けないかと思いましてね」
学院長が私をジッと見ながらそんなことを言った。
「え? 私ですか? いや別にそんな大したものじゃ……」
いやいや、こんなとこで魔法なんか使ったら絶対騒ぎになっちゃうよ。
「あっ、それはたしかに僕も見てみたいですね」
シオンまでそんな事を言い出した。
どうしようかと私が困っていると、アリスがこっそり話しかけてきた。
「この学院長は言い出したら聞きません。適当に弱めの魔法を見せてあげたらどうですか?」
逃げ道がなくなってしまった。
どうしよう、弱めの魔法か……うーん、水とかならいけるかな?
「では、少しだけ……」
ということで的に向かって魔法を撃つことになった。
なぜか他の生徒まで興味津々に私を見ている。
「姫さまの護衛らしいわよ」
「どんな魔法使うんだ」
「まぁ、どうせ大したことないんだろ」
なんて声が聞こえてくる。
うん、大したことないと思って貰えるようにしないと。
でもどうしよう、こんなに注目されたの初めてだから緊張してきた。
でもまぁ、初級水魔法なら大丈夫だろう。
水球を飛ばすだけだし、流石に問題は起きないはずだ。
「《ウォーターボール》」
水球を的に向かって撃ち出す。
ドーン。
大きな音が響き、的を粉々に粉砕し、さらにその先の壁まで破壊した。
「あっ……」
しまった、緊張で加減を間違えた……どうしよこれ?
「ほほう、対魔の刻印を施した的を砕くとは。これはわが師、フィオナさまにも匹敵する威力ですな。これは素晴らしい!」
なぜか学院長が一人で興奮していた。ってかフィオナの弟子だったのかこの人。
まわりの生徒たちは全員呆然としていた。
「これは……すごいですね」
シオンも驚いていた。
「クレア、加減って言葉知ってます?」
そしてアリスは呆れていた。
「すみません……」
「では、そろそろお城に帰りましょうか」
ただモニカだけは冷静だった。
こうして、私たちは学院を後にした。
……後で修繕費とか請求されないかな?




