■第38話 世界を知る
その日の夜。
歓迎会から戻ったアリスたちは、どこか疲れた様子でソファーに腰を下ろした。
モニカがお茶を用意し、部屋に落ち着いた空気が流れる。
私はそんな二人を見ながら、さっき考えていたことを口にした。
「自分探しの旅に出たい!」
「却下だ」
「却下です」
アリスとモニカに同時に即答された。
まぁ、そりゃそうか。奴隷が勝手に旅なんて出来るわけないか。
「ってかなんで急にそんな事言い出すんだよ。ここにいるのが嫌になったのか?」
アリスが問いかけてきたが、別にそういう事ではない。
モニカが淹れてくれたお茶を飲みながらどう説明しようか少し考える。
「いや、そうじゃないんだよ。ここはみんな優しくしてくれるし、なんかやっと自分の居場所を見つけたような気もしてるんだよ。でも私はこの世界の事全然知らないんだよ、吸血鬼の事も、聖公国のことも、私自身の事も。それでもう少し色々なことを知りたくなったって言うか……」
私がそう言うと、アリスとモニカが顔を見合わせ、その後モニカが話し始める。
「それでしたら、むしろアリスさまのお傍にいるべきではないでしょうか?」
「えっ、どういうこと?」
「アリスさまは帝国の第一皇女です。今後も各国への訪問や国賓の迎え入れなど、多くの公務があります」
「つまり?」
「クレアさまが望まれるのであれば、この世界を見て回る機会はいくらでもございます」
なるほど、たしかにそうだ。
……いや待て、でもそれも問題があるのでは?
私は自分の首に嵌められた首輪に触れる。
「でも私、こんな首輪もしてるのについて行っていいのかな?」
私がそういうと、モニカがぽかんとした顔でこう言った。
「首元を隠せばよろしいのでは?」
「たしかに!」
盲点だった、そんな画期的な解決方法があったなんて。
って、いや普通に考えれば気づくか。
ん? その時、ひとつの疑問が頭に浮かんだ。
「あれ? じゃあ私、今日なんでお留守番だったの?」
「ああ、それか」
アリスが少し考えてからこう言った。
「今日来た使者が聖公国の人間だったからだよ」
「えっ?」
私は思わず顔をしかめた。
聖公国と聞いて真っ先に浮かんだのは、前に話に聞いた聖女さまだ。
「それって、もしかして聖女さま?」
「いや、ルーナは来てないぞ。まぁ大事をとって部屋にいてもらったんだ」
「ああ、そうだったんだ」
びっくりした。世界を知る前に封印コースかと思ったよ。
……そういえばルーナって結局どんな人なんだろ?
ふと、そう思ったのでアリスに聞いてみる。
「私、ルーナって名前しか知らないんだけど、どんな人なの?」
アリスはティーカップを手に取りながら少し考え込んだ。
「うーん、そうだな。見た目は完璧な聖女さまって感じだけど中身は……」
アリスがそこで言葉を切り、珍しく言葉を選んでいる。
「もしかして本性は、アリスみたいな感じなの?」
「おい、失礼なこと言うな! まるで私の中身がダメなやつみたいじゃないか」
そうなのでは? と言おうとしたがやめておいた。
「そうじゃなくてルーナは聖女ってよりなんか普通の子って感じなんだよ、あいつは」
「まぁ、一言でいえば優しいお方ですよ。ただ悪人には容赦しないという話ですが」
アリスの言葉にモニカが補足してくれた。
ふむ、優しいけど、悪は許さないって感じか。
まぁでも、聖女ってだいたいそんなイメージだよね。
「ちなみに、アリスたちは会ったことあるの?」
「私は小さい頃から何度も会ってるぞ」
「わたくしもアリスさまのお供で何度かお会いしました」
なるほど、二人とも会ってるのか。やっぱり皇女さまって各国の偉い人とも付き合いがあるんだな。
「まぁ、いずれ聖公国に行くこともあるだろうけど。行ってみたいのか?」
「うーん、どうだろ。正直少し行ってみたいって気もするけど、正体がバレたらって思うとちょっと怖いかな」
「まぁ聖公国はクレア封印の件を知ってるから、復活したのがバレたらまずいだろうな。どう動くのか読めない」
「だよねぇ……」
私が肩を落としていると、アリスがふと思いついたように言った。
「まぁでも、ルーナに会うだけなら、別に無理して聖公国へ行かなくても会えるだろうけどな」
「えっ、そうなの?」
「ルーナだけなら帝国に呼べるだろ」
「そんな簡単に呼べるものなの?」
「聖女だから忙しいだろうけど、不可能ではないな。実際何度か呼んだこともあるしな」
アリスがそう言うと、モニカも頷いた。
「はい。国家間の交流もございますので、正式な招待であれば可能かと思われます」
「へぇ……」
聖女さまを呼ぶのか。
なんだかとんでもない話に聞こえるけど、皇女さまなら出来ちゃうのかもしれない。今はソファーでだらしない姿をしてるが、やっぱりアリスって凄いんだな。
「それに、ルーナは結構話の分かる奴だから、事情を説明すれば分かってくれるかもしれないな」
「そうなの? 私のこと認めてくれるかな?」
「さぁどうだろ? まぁどちらにしろすぐって話じゃないしな。ゆっくり考えればいいじゃないか?」
「そうだね、ルーナの件はひとまず保留にしておこうか」
むしろすぐに決めない方がいいよね。慎重にいかないとかなり大事になる可能性もあるし。
ルーナの話がひと段落したところで、私は別のことを思い出した。
そういえば――今日来てた聖公国の人はなんだったんだろ?
「ところで今日来た使者は何しに来たの?」
「ああ、シオンが来年成人だから、その式典の件だ」
「シオン? 誰だっけそれ?」
「ああ、話してなかったか? 私の弟だよ」
「えっ、弟いたんだ」
めっちゃ初耳なんですけど! 今まで他の皇族の話とか一度も聞かなかったから、ずっと一人っ子なのかと思ってた。
「アリスさまと違いとても優秀な方ですよ」
モニカがにこやかにそう言った。
「おい、私だってそこそこ優秀なんだぞ」
「剣術に関しては、ですね」
「限定された!?」
アリスがソファから身を乗り出しそう言った。
いや、でもちょっと分かる気がする。
「それでその弟さん……シオンって人はどんな人なの?」
私が聞くと、モニカが答えてくれた。
「帝国の第一皇子でございます。現在はラフローグ皇立学院で学ばれております。お優しく、優秀な方ですよ」
第一皇子? ああ、男女はそれぞれ別々にカウントされるのかな?
「へぇ、皇子さまも学校に行くんだね。ってか名前からしてものすごいエリート校なの?」
「帝国でもっとも格式高い学院です。皇族や貴族の子弟が数多く在籍しております」
へー凄いな。アリスにそんな優秀な弟がいたなんて。
「ちなみにアリスたちもその学校出てるの?」
「もちろんだ、一応私は首席で卒業してるんだぞ」
えっ首席? ほんとかな?
私はチラッとモニカの方を見た。
「はい、それは事実でございます。まぁ主に剣技や魔法の技術で、ですが」
「ああ、やっぱりそっちか!」
モニカの説明にものすごく納得できた。
たしかにアリスの剣術はすごいし、魔法も五属性使える。
それなら首席になってもおかしくないか。
でも、この世界の学校は勉強だけじゃなく剣や魔法も重要なんだな。
「いや、別に勉強が出来なかったわけじゃないぞ」
アリスが不満そうに頬を膨らませる。
「そうなの?」
するとモニカが淡々と話し出す。
「はい。たしか赤点を取ったことは一度もなかったと聞いております」
「ああ、別に勉強の成績も悪いってわけじゃなかったんだね」
「まぁ、追試は何度か受けていたそうですが」
「おい、モニカ!」
うん、まぁ今のアリスを見てるとそんな感じがする。戦ってる姿を何度か見たけど剣の実力は騎士団の人たちよりはるかに上だったもんね。逆にアリスが勉強してる姿は見たことがない。
「ちなみに、そのシオンって人はどうなの?」
「真面目なやつだな」
アリスが即答した。
「真面目なんだ」
「ああ。私と違って勉強も好きだし、公務も嫌がらない。次期皇帝に一番ふさわしいのはあいつだろうな」
「それは確かにアリスと正反対だね」
「おい! お前ら私に少し厳しくないか?」
「気のせいじゃないかな?」
「気のせいではございませんね」
「お前らなぁ!」
アリスの抗議に思わず笑ってしまう。
でも、今日の話で一つ分かったことがある。
この世界は、私が思っていたよりずっと広そうだ。
聖公国や皇立学院もそうだけど、まだ知らない国々もたくさんあるだろう。
よし。まずは帝国のことから少しずつ知っていこう。
そう思いながらふと気づいた。
「あれ? そういえばクロちゃんは?」
探してみると――。
「すぅ……すぅ……」
なぜかアリスのベッドの上で気持ちよさそうに眠っていた。
「いつの間に寝たの!?」
相変わらず自由だなぁ。でもまぁ、こういうのも悪くないか。




