■第36話 労働と感謝
楽しい昼食を終えた私たちは、積み上がった獲物と共に帝都へと帰還した。
騎士団の駐屯地に到着すると、モニカが迎えに来てくれていた。
「皆さまおかえりなさいませ、成果はどうでしたか?」
「ええ、たくさん獲ってきましたわよ」
アリスが荷馬車に積まれた袋の山を指さし自信満々に答える。
「これはすごい量ですね、ではさっそく食糧庫に運びますね」
「あっ、じゃあ私も手伝うよ。クロちゃんも手を貸してくれるかな?」
うん、こういう時こそしっかり手伝わないとね。
「ん? アレを運べばいいのか?」
クロがそう言ってトコトコ歩いて行きひょいっと荷馬車を持ち上げた。
「いや、ちょっとクロちゃん。運ぶのは荷物だけだよ。荷馬車は下ろして!」
「ふむ、そうであったか」
そう言ってクロが荷馬車から手を離すと。
「いやー、さすが黒龍ですね」
近くにいた騎士が苦笑しながらそう言った。
「はは、なんかすいません」
「いえいえ、そうだ、クレアさん。さっきは自分たちにも肉を分けて頂いてありがとうございます。おいしかったですよ」
そう言って騎士は笑顔で荷馬車へ向かい、袋を担ぎ上げる。
どうやら運搬を手伝ってくれるらしい。
なんだか妙な気分だ。
この世界に来てから感謝されることはあったけど。
でも、それは私自身ではなく、この体の能力によるものだったし。
こうして役に立てたと実感できるのは初めてかもしれないな。
そんなことを考えていると。
「主よ、これはどこに運べばよいのだ?」
大量の袋を担いだクロがそう聞いてきた。
「ああ、食糧庫だよ。モニカ、案内してもらっていいかな」
「はい、それではわたくしについてきてください」
そうしてモニカについていくと、食糧庫は城の地下にあった。
中はとても広く、しかも冷蔵庫のようにひんやりとしている。
「すごく冷えてるけど、これもなにかの魔道具を使ってるの?」
「この部屋には冷却の刻印が刻まれているのですよ」
そう言いながらモニカが壁を指さす。
よく見ると壁や床には青白い線のような模様が刻まれていた。
「へぇー、すごいねこれ。部屋ごと冷やしてるんだ」
「はい。お城では食材を大量に保管しますので、このような保存庫がいくつもございます」
なるほど、異世界の冷蔵倉庫みたいなものか。
「では、あそこに置いてください。あっ! ブラッドホーンのお肉はこちらの高級肉エリアにお願いします」
高級肉エリアってなんだ。お城の食糧庫ってそんな分類までしてるの?
と思ったがとりあえずモニカに言われた通りの場所に肉を置いていく。
するとクロが高級肉エリアをじっと見つめていた。
「後で取りにきちゃだめだよ」
「わ、我がそんなことするわけがなかろう!」
そう言いながらも、なぜか目が泳いでいる。
私はクロの肩にぽんっと手を置く。
「ちゃんと夕食まで待とうね」
「……うむ、わかっておる」
その後も、騎士たちにも手伝ってもらいながら、すべての肉を食糧庫に運び込んだ。
「ふぅ、やっと終わった。これで全部だよね?」
そう言いながら、私は額の汗を拭った。吸血鬼も普通に汗かくんだね。
「いやぁ、本来は我々の仕事なんですが、手伝ってありがとうございますクレアさん」
「クロさんもほんとに助かりましたよ」
一緒に運んでいた騎士たちがお礼を言っていた。
するとクロが不思議そうな顔をしていた。
「貴様らは我を見ても逃げぬのだな」
クロが騎士たちを興味深そうな顔で見ながらそう呟く。
「今までは我を見ると、皆すぐ逃げ出しておったぞ」
その言葉に、近くの騎士たちは顔を見合わせて苦笑した。
「ははは、まっ、そりゃ黒龍ですからね」
「普通は逃げますよね!」
すると別の若い騎士がクロの姿を見ながら言った。
「でも今のクロさんは可愛いメイドさんですからね」
「肉もわけてくれたしな」
そう言って皆うなずいていた。
まぁたしかに今はどう見ても可愛いメイドさんだもんね。
小さいマスコットにもなれるし。
でも皆がクロを受け入れてくれたようで、私も少し嬉しい。
「ふむ、人間とは良く分からんものだな」
クロはそんなことを言っていたが。少なくとも嫌な気はしていないらしい。
むしろその表情はどこか嬉しそうに見える。
クロも少しずつ人の世界での生活に慣れてきたんだな。
そうしてその後、私たちはアリスの私室に戻ってきた。
「ふぅー、今日は疲れたねぇ」
久しぶりにたくさん歩いたし、荷物運びまで手伝ったから結構疲れている。
「うむ。しかしなかなか良い狩りであったぞ」
クロも満足そうに頷いていた。
「ああ、久しぶりにいい運動が出来たな」
アリスも満足したようだ。
そんなことを言っていたら、モニカがお茶を運んできてくれた。
「どうぞ、本日はお疲れかと思いハーブティーをご用意いたしました」
「あっ、いつもありがとうねモニカ」
やっぱりモニカは気が利くね。
温かいお茶を一口飲んでみる。りんごのような甘くやさしい香りが口の中に広がった。これはカモミールティーかな? とても落ち着くいい香りだ。
ほっと一息ついたところで、アリスが何かを思い出したように声を上げた。
「あっ、そういえばクレア」
「ん、なに?」
「明日は隣国の使者が来るんだよ。歓迎会とか挨拶とかで私も出なきゃいけないんだ」
そう言いながらアリスは面倒そうな顔をしていた。
「えーと、じゃあ私はどうすればいいのかな?」
私が尋ねると、アリスがチラッと私の首輪を見た気がした。
「そうだな、まぁ今日は疲れただろうし、明日は部屋でのんびりしててくれ」
あっ! なるほど隣国の使者って偉い人なんだな、そりゃこんな首輪つけた人を連れて行くわけにはいかないよね。
「わかった、おとなしくクロちゃんとお留守番してるよ」
「悪いな。ってか正直、私は行きたくないんだけどなぁ。魔獣狩りの方が百倍楽しいぞ」
「いや、お姫さまの発言じゃないよねそれ」
でもまぁそうだろうね。アリスはこういう性格だった。
私だって公務と魔獣狩りなら魔獣狩りを選ぶ気がする。
いや、公務なんてやったことないけどね。
そんなことを考えていると、モニカが口を開いた。
「それで、わたくしもアリスさまのお供をいたしますので、明日は別の者にクレアさまのお世話をお願いしております」
「え? 別の人?」
全然知らない人だとうまく話せるかわからないし、どうしよう? と一瞬、焦ったが。すぐに私の脳裏に一人の少女の顔が浮かんだ。
「あっ、もしかしてティアさんかな?」
「ええ、明日は彼女がお二人のお世話を担当いたします」
うん、ティアなら安心だね。優しいし話しやすい。なによりティアもなかなかの美少女だ。この機会に仲良くなっておくのもありだよね。
「ティアさんも優秀なメイドですので。明日はクロさんも彼女からたくさん学んでくださいね」
「うむ、任せておけ」
「ええ、期待しております」
クロは素直に頷いた。
さて明日はどんな一日になるのだろうか。
まぁ少なくとも退屈はしないだろう。




