■第35話 居場所
翌日、私たちは魔獣狩りに行くことになった。
今回の目的地も魔の森だ。
もちろん近場にも魔獣が出る場所はあるのだが、そちらはハンターと呼ばれる魔獣狩りを生業にしている人たちが狩りをしているので、彼らの仕事を奪うことになってしまうらしい。
それに魔の森は魔獣だらけなので、狩るには一番効率がいいらしい。
参加メンバーは、私とアリスにメイド姿のクロ。そして護衛に魔獣の解体も出来る第一騎士団副団長のエルネアと数名の騎士が同行することになった。
ちなみに全員黒龍討伐に参加していたクロのことを知ってるメンバーである。
総勢は二十名ほど。
黒龍討伐ほどの大規模編成ではないが、その代わり大量の獲物を運ぶための荷馬車が五台も並んでいた。
「エルネアさん、今日はよろしくお願いしますわね」
「はっ! お任せください」
軽く挨拶をすませ、私たち3人は馬車に乗り魔の森へと向かう。
馬車に揺られ大体2時間ほどで目的地に到着した。
そして馬車を降りると、そこには見慣れた薄暗い森が広がっていた。
相変わらず不気味な場所だなぁ……。
「では皆さん、周囲を警戒してください。黒龍ほどではないですがこの辺りにもそれなりに強い魔獣は出ますので」
エルネアが騎士たちへ指示を飛ばす。
騎士たちは慣れた様子で周囲へ散開し、索敵を始めた。
「さて、まずはフォレストボアを探しますわよ」
アリスが楽しそうにそう言った。
完全に遠足気分である。
まぁ本人からしたら、強い魔獣と戦えるイベントみたいなものなんだろうけど。
そんな事を考えながら森を進んでいると――。
ガサガサッと、近くの茂みが揺れた。
「来ます!」
エルネアが剣を抜く。
次の瞬間、茂みを突き破って巨大な猪のような魔獣が飛び出してきた。
全長は三メートルほど。鋭い牙を生やしたフォレストボアだ。
「ぶもぉぉぉっ!!」
唸り声を上げながら突進してくる。
よし、クロのご飯だ。私が狩らないと。
そう思い、前に出ようとしたらエルネアが真っ先に飛び出した。
「はぁっ!」
銀色の軌跡が走り、フォレストボアの首筋を切りつけた。
ズドォンッ! と大きな音とともに巨体が地面へ倒れ込む。
「おおー……」
周りの騎士から感嘆の声が漏れる。だが私は微妙な気分だった。
うぅ、獲物取られた……私もちゃんと仕事したかったのに。
そう思っていたら。
「主よ、また来るぞ」
クロが森の奥を見ながらぽつりと呟いた。
その直後。
ドドドドドッ!!
複数の足音が響く。
「二体……いや三体です!」
エルネアが声を上げた。
森の奥からさらに三体のフォレストボアが飛び出してくる。
「あら、いっぱいいますわね!」
アリスが楽しそうに笑った。
「待って、私がやるよ」
このままじゃ全部アリスやエルネアに取られちゃう!
私は慌てて魔法を発動した。
よし――まとめていくよ。
《スタンボルト》
上空から雷が降り注ぎ、フォレストボアをまとめて感電させる。
これも森で暮らしてた時に練習してた魔法だ。
フォレストボアが倒れていく。
まぁ、感電したショックで気絶しただけなんだけどね。
「よし、うまくいった」
ちゃんと手加減できてるしこれならどうだ、とアリスの方を見る。
アリスがにこっと笑った。
「今のは上級魔法ですか、相変わらず器用ですわね」
アリスが興味深そうにそう言った。
「うん、これなら目立たないしいいでしょう? あっ、まだ生きてるから今のうちに血抜きしちゃおう」
「そうですわね、エルネアさんに解体もお願いしましょう」
その後、フィオナから受け取った魔道具で血を抜いた。
「うん、このくらいあれば暫くは大丈夫かな」
そんなことを言っていたら、なにやら空気が変わった。
フォレストボアを解体していたエルネアが突然立ち上がる。
彼女も不穏な気配を感じたようだ。
「なにかきます。総員警戒!」
エルネアが険しい顔で声を上げた。
騎士たちも剣を構える。しかし。
「ふむ、うまそうな匂いがするぞ」
クロは呑気にそう呟いた。
森の奥から、地響きのような足音が響いてくる。
現れたのは、真紅の角を持つ巨大な牛のような魔獣だった。
鼻先から白い蒸気を吐きながら、赤い瞳でこちらを睨んでいる。
「……エルネアさん、あれって」
「まずいですね。ブラッドホーンです。危険ですのでお下がりください」
そう言いながらエルネアが剣を構え前に出る。
ブラッドホーン。
確か突進力に特化した危険種で、熟練ハンターでも単独討伐は避ける魔獣だったはずだ。どんなものかと鑑定してみるとレベルは158と出た。
「ほう……ブラッドホーンか」
すると隣でクロがぽつりと呟いた。
「あれはうまいぞ」
もう完全に食材を見る目だった。
そんなクロをよそに、騎士たちが緊張した様子で叫ぶ。
「ブラッドホーンだ!」
「来るぞ!!」
真紅の巨体が木々を揺らしながら一直線に駆けてくる。
「ふふっ、いいですわね。私が行きますわ!」
アリスがニヤッと笑いながら前へ出た。
「え? 姫さま、お待ちください」
エルネアが止めようとするが、アリスは気にせず歩み出る。――ブラッドホーンの速度は凄まじく、まともに轢かれれば鎧ごと吹き飛ばされるだろう。
「姫さまっ、危ない!」
エルネアが叫ぶ。
だがアリスはまったく動じない、それどころかむしろ楽しそうに笑っていた。
「へー、なかなかのスピードですわね!」
ブラッドホーンの角がアリスを捉えようとした、その寸前――。
ひらり、と。まるで踊るような軽やかな動きで、アリスが身を翻す。
真紅の巨体がすぐ横を通り抜ける。
ぶわっと風圧が吹き荒れ、アリスの金髪がふわりと舞った。
「ふふっ、すごい勢いですわね。でも……」
一方、突進をかわされたブラッドホーンは勢い余って木へ激突した。
――ドゴォン!!
凄まじい音が響き、大木が根元からへし折れる。
うわー、あれは当たったら絶対ヤバいやつだな。
ブラッドホーンが向きを変え。再び突進しようとする――しかし。
「遅いですわよ」
気づくとアリスはブラッドホーンの真横に立ち、剣を真上に掲げていた。
そしてそのまま剣を一直線に振り下ろす。
銀色の軌跡が一閃した。そして――次の瞬間。
ブラッドホーンの頭が地面に転がった。
その巨体もドォンッと音を立てて倒れる。
「ふふ、今夜はごちそうですわね」
アリスが嬉しそうに笑っていた。
「おおおおっ!」
「さすが姫さまだ!」
周りの騎士たちがざわめく。
「姫さま。お怪我はありませんか?」
エルネアが心配して駆け寄っていた。
うん、やっぱりこの人めちゃくちゃ強いな。
ってかクロだけじゃなくアリスまで完全に食材を見る目だなこれ。
その後も、たくさんの魔獣を狩った。主にアリスが。
私も、もう少し役に立ちたかったんだけど。
アリスがあまりにも楽しそうだったので、つい譲ってしまった。
しかしこれ……どうやって運ぶんだろう。すぐ痛んじゃうんじゃないか?
倒した魔獣の山を見ながら、そんなことを思っていたら。
「解体が終わったものは、こちらへ入れてください」
エルネアが荷馬車から大きな革袋を取り出した。
一見すると普通の袋だが、表面には青白い刻印が刻まれている。
「エルネアさん、それって魔道具ですか?」
「はい。冷却保存用の袋です。内部の温度を一定に保ってくれるため、魔獣肉の運搬によく使われるのですよ」
「へぇー、クーラーボックスみたいな感じなんだ」
「くーらー……ぼっくす?」
エルネアが首をかしげる。
「あっ、いや、なんでもないです」
騎士たちは慣れた様子で魔獣を解体していく。
肉は部位ごとに切り分けられ、大きな革袋へ詰め込まれていった。
袋へ入れられた瞬間、淡い青色の光がふわりと浮かび上がる。
「すごい……ほんとに冷えてる」
試しに触ってみると、袋の表面はひんやりしていた。
「保存用の刻印もありますので、傷みやすい内臓なども安全に持ち帰れます」
なるほど、めちゃくちゃ便利だな。
袋に詰められた肉がどんどん荷馬車に積まれていく。
「うん、このくらいあれば暫くはクロちゃんのご飯も大丈夫だよね」
私は積み込まれる大量の肉を見ながらクロにそう訪ねた。
「うむ、そうだな。しかしブラッドホーンまでいたとはな」
「あれって、そんなにおいしいの?」
「おいしいですわよ」
アリスが声を掛けてきた。
「ブラッドホーンはめったに獲れない高級肉ですわよ」
ふむ、ブランド和牛みたいなもんなのだろうか?
「クロ、このお肉私たちも少しわけていただいてもよろしいかしら」
「うむ、かまわんぞ。そこの騎士たちにもわけてやるがよい」
「えっ、ほんとにいいの? クロちゃんのご飯なのに」
「うむ。まぁ、たくさんあるしな」
クロは巨大なブラッドホーンの肉を見ながら続ける。
「それに、うまいものは皆で食べた方がよい」
その言葉に、近くにいた騎士たちが驚いた顔をした。
まさか黒翼の災厄と呼ばれたドラゴンが獲物を分け与えるなど誰も想像していなかったのだろう。
「それでは、ここで少し焼いてみますか?」
エルネアがそんな提案をしてきた。
「あら、いいですわね。では皆で昼食にしましょう」
アリスの言葉で皆が準備に取り掛かる。
騎士たちは慣れた様子で焚火を起こし、ブラッドホーンの肉をその場で焼き始めた。
分厚く切られた肉が鉄板の上へ並べられる。
ジュゥゥゥッ!!
肉の焼ける音と香ばしい匂いが辺りへ広がった。
「うわぁ、すごくいい匂い……」
「ブラッドホーンは焼くだけでも絶品なんですよ」
エルネアがそう言いながら肉をひっくり返す。
「ほう……うまそうだな」
クロがじっと鉄板の上で焼かれる肉を見つめている。
ナイフとフォークを手に持ち、完全に待ちきれない顔だった。
焼肉にナイフはいらないんじゃないか? と思ったけど、まぁいいか。
「はい、焼けましたよ」
切り分けられた肉が皆へ配られていく。
私のところにも来たので、一口食べてみた。
「んっ!? なにこれ? おいしい!」
やわらかい上に、噛むたび肉汁がじゅわっと広がる。
シンプルに塩で焼いただけなのにめちゃくちゃおいしい。
「ふふっ、これは確かに高級肉ですわね」
「うむ、やはり焼くとこんなにうまいのだな」
アリスとクロも嬉しそうに肉を頬張っていた。
騎士たちも自然と笑顔になっている。
「クロさん、俺たちにも肉を分けてくれてありがとうございます」
「この肉ほんとに最高です」
「やっぱりブラッドホーンはうまいなぁ」
そんな風に皆でわいわい食べている光景を見ていると、不思議と心が温かくなった。そして気付けば、私も自然と笑っていた。
それにメイドの姿とはいえ、黒龍であるクロをみんなが受け入れてくれてる。
異世界でこんなにぎやかで楽しい食事が出来るなんて。
前の世界では狭い病室が私の世界だった。
だけど今は違う。
一緒に笑って、一緒にご飯を食べる人がいる。
私は少しだけ、自分の居場所を見つけた気がする。




