■第34話 狩りの準備
コンコン、と扉を叩く音で目が覚めた。
「アリスさま、クレアさま。おはようございます」
モニカの声だ。
どうやら昨夜はあのまま寝てしまっていたらしい。
「んぅ……もう朝かぁ……」
隣ではアリスがシーツにくるまりながら気だるそうな声を漏らしていた。昨日の件がまだ尾を引いているのだろう。憧れの竜騎士伝説が、実はクロにボコボコにされて逃げ帰った話だったんだから無理もない。
「アリス、まだ落ち込んでるの?」
「……うるさい」
アリスがじとっとした目でこちらを見てくる。
そんな反応をされると、なんだかちょっと可愛い。
というか――。
寝起きのアリス、めちゃくちゃ破壊力高いな! しかも猫の着ぐるみ姿のままシーツにくるまっているせいで、完全に大型猫である。
……なにこの可愛い生き物。
「さ、クロさん。着替えてくださいね」
「ふむ、またこれを着るのか」
モニカとクロの声が聞こえた。
ふと見るとクロが人型に戻っていた。もちろん全裸だ。
うぉっ! 後ろ姿だけど朝からこれはちょっと刺激が強すぎだ。
なんて思いながらも見てると、モニカに手伝ってもらいながらサッサッと着替えを終えた。
うん、朝から目の保養ありがとうございます。心の中でお礼言いながら、私も着替えようとクマを脱いでいるとアリスの声が聞こえた。
「モニカ、私の着替えは?」
そう言いながらアリスが歩いてきたのだが。
ふと見ると――おお!
そこには神がいた。
いや、まぁアリスなんだけどね。
彼女はなんと下着姿であった。
白を基調にしたシンプルな下着だった。
やっぱりこういうのは飾らないからこそ素材の良さが際立つ。
なんというか、清楚な感じですごくよく似合っていた。
透き通るような白い肌に、寝起きで少し乱れた金髪。
しかも本人がまったく気にしてないのがすごい。
皇女なのに妙に無防備というか、警戒心が薄いというか。
……いや、私を信用してくれてるってことなのかな?
でもそんな姿で普通に歩き回られると、こっちは落ち着かない。
朝からなんなのこの幸せ空間……ここはパラダイスか?
目のやり場に困るのに、つい見てしまう。
いや、ほんとに見ちゃダメなやつなんだけどね。
「ん? どうしたクレア?」
「い、いや別に!? なんでもないよー!?」
変態だと思われそうなので慌てて視線を逸らした。
危ない危ない。
もう少しで本気で見入るところだった。
「こちらが本日のお召し物でございます」
モニカがアリスの服を手に取った――次の瞬間。
シュババババッ!!
「えっ?」
気づけばアリスが完全に着替え終わっていた。
一瞬の事で何が起こったのかまったくわからなかった。
「ちょっ、待って!? 早すぎない!?」
「はい? アリスさまのメイドとして当然の技能ですが?」
「なにその特殊能力、怖っ!」
「クロさんも早くこのくらいは出来るようになってくださいね」
モニカが笑顔でクロにそう言う。
「うむ、わかった」
クロが真剣な顔で頷いていた。
いや、ほんとに必要な技能なのかなそれ。
でもクロならほんとに出来るようになりそうで怖い……ってかモニカのメイド技能どうなってるの?
その後、着替えも終わり落ち着いたところで、モニカがテーブルの上になにやら小さな瓶を三本置いた。
前世で言うと栄養ドリンクくらいのサイズだ。
「モニカ、これは?」
「先日クレアさまから頼まれておりました、フォレストボアの血でございます」
「おぉ、用意してくれたんだありがとう」
そう言って瓶を一本手に取ると、底にはなにやら文様が刻まれていた。
「これはなんなの?」
「腐敗防止の刻印です。一年くらいは新鮮な状態を保てます」
異世界の謎技術きたー!
ってかそれって、牛乳とかも一年持つのかな? めちゃくちゃすごいな。
「へー、すごいね。そんな便利なのあるんだ!」
「はい、しかし刻印入りの瓶は比較的高価ですので一般的なものではありません」
「あっ、やっぱり高いものなんだ」
「はい、ですので空になった瓶は回収しますので捨てないでくださいね」
「……うん、わかった」
ちゃんと回収して使い回すんだ……エコだな。
それにしても、こうして血を用意してもらえるのは本当に助かる。
でも問題は定期的に入手できるかなんだよね。
「でもありがとう、それで申し訳ないんだけどこれ、定期的に用意してもらえたりするかな?」
「それなのですが……この城に運ばれるまでに少し時間がかかるため、新鮮なものはあまりご用意できないかもしれません」
あー、やっぱりか。森で狩った魔獣も持って帰ってたけど。
ここまで運ぶのにどんなに早くても二時間以上かかるもんね。
血抜きって確かすぐにやらなきゃダメって聞いたことあるし。
「それじゃやっぱり現地で調達するしかないかな?」
私がそう言うとアリスが口を開いた。
「だったらクロの食料を狩るついでにやればいいじゃないか?」
なるほど、クロの食料問題もあったな。確かにそれなら一石二鳥だ。
「でも私、血抜きのやり方とか知らないんだけど」
「えー、吸血鬼なのに血抜き出来ないのか?」
アリスが少し呆れたようにそう言った。
「いや、吸うのは出来るけど血抜きは専門外だよ!」
「ふむ、だったら血抜きや解体まで出来るやつを連れて行けばいいんじゃないか?」
「まぁ、確かに現地で血抜きから解体まで出来る人がいれば問題ないか」
「よし、決まりだな!」
アリスが楽しそうに笑う。完全に狩りへ行く気満々だ。
そんな感じで、私たちは魔獣狩りへ行くことが決まってしまった。
しかし、さすがに今日すぐ行くって言うのは難しい、というかモニカに止められた。そりゃ皇女さまがそんなにほいほい魔獣狩りには行けないよね。
ってことでまずは準備をすることにした。
私たちはまずフィオナの部屋を訪れた。
なぜかというと、彼女は魔道具作りの専門家らしく、便利な道具をいろいろ作ってるらしい。
「ようこそ姫さま、今日はどんなご用ですかな? おや、そちらの方はもしや?」
部屋に入るとフィオナは私たちと一緒にいたメイド姿のクロを見てそう尋ねてきた。
「この子がクレアが従魔にした黒龍ですわ。」
「なんとやはり、陛下から話は聞いておったが……これはすごいですなぁ。人とまったく見分けがつかん」
「うむ、そうであろう」
クロがメイド姿のままドヤ顔をしていた。
「クロさん、その姿の時は言葉遣いに気を付けてくださいね」
「あっ、そうであった。すまぬ」
だがすぐモニカに注意されシュンっとしていた。
その様子を見てフィオナは苦笑した。
「ふぉふぉふぉ、黒龍をここまで手なずけるとは。さすがクレアどのですなぁ」
「いや、別に手なずけたわけではないんですが……」
手なずけたのはむしろモニカなのでは?
「さて、ところで今日はどんな御用ですかな?」
そう聞いてきたので、私たちは魔獣狩りに行く目的をフィオナに伝えた。
するとフィオナは部屋の奥へ行き棚をゴソゴソと漁り始めた。
興味本位で見ていると、次々とよく分からない魔道具が出てくる。
今にも爆発しそうな球体とか。
絶対使い道が分からない金属の棒とか。
見ていたら何に使うのか聞いてみたくなってきた。
「フィオナさま、それは何に使うものなんですか?」
「これは……はてなんじゃったかのぅ、わしにも分からん」
わからないのかよ!
思わず心の中で突っ込んでしまった。
「おぉ、ありましたわぃ。血抜きにはこれがよいでしょうなぁ」
そう言って差し出したのは長いチューブの先に針が付いたでっかいポンプのようなものだ。前世でいう、車のオイル交換に使うオイルチェンジャーみたいな形だ。しかも魔力で自動で血を吸い出してくれるらしい。
「これは、見たことのない魔道具ですわね」
そう言いながらアリスが魔道具をまじまじと見つめている。
「腐敗防止の刻印もしておるでのぅ、これで血を抜けばこの中に大量の血を保存できますじゃ」
「おお、これは便利そうですね。ありがとうございます」
これはありがたい。何リットル入るのかわからないけどこれを使えば当面大丈夫そうだ。
「クレア、これ使い方わかりますの?」
「うん、前の世界でも似たようなのがあったから多分わかると思う」
「おっと、そうじゃった。これも渡しておこうかのぅ」
そう言ってフィオナが一枚の紙を手渡してきた。
そこには親切なことに、図解入りでこの魔道具の使い方が書かれていた。
「あっ、これも説明書があるんだ!」
ほんとに親切だな、この世界の魔道具。
前世の下手な家電とかよりよっぽど丁寧かも。
もしかして保証書とかもあったりするのか?
そんなことを考えながら、私たちはフィオナにお礼を言って再びアリスの私室に戻った。
これで狩りの準備は大丈夫だ。あとは実際に魔獣を狩るだけである。




