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■第32話 仕事をしなきゃ!

 お風呂から上がり、自室へ戻ってきた頃にはすっかり夜になっていた。


「はぁー……やっぱりお風呂って最高だねぇ」


「うむ。あれはなかなか良いものだったぞ」


 クロも満足そうに頷く。


 すでにメイド服へ着替えていたが、うっすら濡れた黒髪のせいで妙に色っぽい。

 お風呂上がり美少女の破壊力は凄いね。

 私がそんなことを考えていると――。


 ぐぅぅぅぅぅぅ。

 静かな部屋に、やけに大きな腹の音が響いた。


「……ん?」


 視線を向けると、クロが真顔でお腹を押さえていた。


「むぅ、腹が減ったぞ」


「あっ、お腹すいたんだ。もう少しでモニカが夕食持ってきてくれるから、ちょっと待ってね」


「ほう、そうだったか。わかった」


 ってかドラゴンって何食べるんだろう。やっぱり肉食なんだろうか?

 牛とかを丸ごと食べちゃったりするのかな?


「ねぇ、クロちゃんっていつもは何食べてたの?」


「山や森で魔獣を狩って食べてたぞ」


「ああ、やっぱりそうなんだ」


 ってことは、もしかしてかなりたくさん食べるんだろうか?

 などと考えていると、ちょうどそこへ。


 ――コンコン。


「失礼いたします」


 モニカが夕食を運んできてくれた。

 銀のワゴンには湯気の立つ料理が並んでいる。


「本日はクロさんの歓迎も兼ねて、少し多めにご用意いたしました」


 モニカが笑顔で言ったその言葉にほんの少し違和感を覚えた。私は奴隷だしクロは従魔なのに、歓迎してもらえるのって、なんだか不思議だった。


 だがテーブルへ並べられていく料理を見て、私は思わず息を呑んだ。

 ロースト肉にスープ。それから焼き立てのパン。

 しかも魚料理にサラダ、デザートに果物まである。


 さすがお城のご飯、めちゃくちゃ豪華だね。


「クロさんはたくさん召し上がるのではないかと思い、今日はお城の料理人にも手伝って頂きました」


 えっ? お城の料理人ってことはあれだよね。一流料理店のシェフみたいなもんでしょ? これは楽しみだ……あっ、でもこの肉もやっぱり魔獣なんだろうな。何の肉かは聞かないでおこう。


 ふと見ると、クロの金色の瞳が料理へ向けられている。なんだろう。獲物を前にした肉食獣みたいな目をしている。いやまぁ肉食獣なんだろうけどね。


「クロちゃん、食べ方わかる?」


「うむ、問題ない。さっきモニカに教わった」


 そう言ってクロはナイフとフォークを手に取る。


「おお、ナイフとフォーク使えるんだ」


 意外だった。もっと豪快に手掴みでガツガツ食べるのかと思ったのに。

 そしてクロは見よう見まねながらも、ちゃんとナイフで肉を切り始めた。


「へぇー、すごいね。ちゃんと覚えてるんだ」


「うむ。我にかかればこの程度造作もないぞ」


 クロはそんな事を言いながら得意げに胸を張った。


 しかしほんとに丁寧だな。ナイフの使い方こそ少しぎこちないが、ちゃんとマナーを意識しているのが分かる。


「えーと……いただきます!」


 そう言ってクロは肉をゆっくりと口へ運ぶ。

 そして、すぐに満面の笑みを浮かべ。


「むっ――なんだこれは? うまいぞ!」


 クロが嬉しそうにそう言った。


 しかし。私は、そこから信じられない光景を目の当たりにすることになる。

 ぱくぱくぱくぱく。

 皿の上の料理が、どんどん消えていく。

 いや、本当に消える。


「ええっ……」


 ロースト肉がなくなり、パンもなくなった。

 魚料理も、気付けば骨すら残っていない。

 まだ食べ始めて数分なんだけど?


「クロちゃん、食べるの早くない!?」


「む? そうか?」


 いや、ドラゴンだから当たり前なのか?


 クロはその後も、驚くほどのスピードで料理を平らげていく。

 しかもきちんとナイフとフォークを使って行儀よく食べている。

 食べる速度だけがおかしい。


「ふむ……足りぬ」


 全部食べ終えたクロが物足りなそうな顔でそう呟いた。


「え、まだ足りないの……」


 テーブルの上には空になった皿しか残っていない。

 かなり量あったよね?


「あの……ドラゴンってそんな食べるの!?」


「うむ、我の本来の姿を考えれば当然であろう」


「まぁ……たしかに」


 あの巨体を維持するなら、そりゃ食べる量も凄いか。

 納得しかけた、その時。


 ぐぅぅぅぅぅ。


 再びクロのお腹が鳴った。


「……ごめんモニカ、まだ食べるものってあったりする?」


「かなり多めに用意したつもりだったのですが……わかりました。何か探して参りますので少々お待ちください」


 そう言ってモニカが部屋を出て行った。


 ……これどうしよう?

 今までも少し気にはなってたんだけど、私はここに住ませて貰ってる上に毎日ご飯も出して貰ってる。


 でもお金とか払ってないんだよね。


 いや、たぶんアリスたちはそんなこと気にしないんだろうけど。

 アリスの護衛って立場ではあるけど、碌に仕事もしてないし。

 もし毎日これだけ食べるなら、食費だけでとんでもない額になるのでは?


 これじゃ私……奴隷じゃなくてアリスのヒモみたいじゃん。

 みんな優しくしてくれるけど、それに甘えてばかりじゃ駄目だ。

 ちゃんと役に立って、ここにいていいんだって思えるようにならないと。


 仕事をしなきゃ!


 その後、暫くしてモニカが戻ってきたのだが。

 銀色のワゴンを押しながら現れた彼女を見て、私は思わず目を丸くする。


「お待たせいたしました」


 ワゴンの上には、大量の骨付き肉が山のように積まれていた。


「ほう、これはすごくいい匂いだ!」


 そう言ってクロが目を輝かせる。


「クロさんはかなり食べられるようでしたので、厨房に残っていた魔獣肉を追加で調理して頂きました」


 モニカはそう言いながら、肉の山をテーブルへ並べていく。

 クロの視線は完全に肉に釘付けだった。


「しかしすごい量だね、これ何人前あるの?」


「さぁ? どうでしょうか。クロさんならこのくらい必要かと思いまして、たくさんご用意しました」


 そうなんだ……。調理場の人、大変だっただろうな。

 そして私が大量の肉を呆然と眺めていると――。


「主、これ食べてよいか?」


 クロがナイフとフォークを握りしめ、肉を前にした大型犬みたいな顔で聞いてきた。


「あっ、うん。どうぞ」


 ……その後、大量にあった骨付き肉もあっというまに消えてしまった。


「ふぅ、うまかったぞ。いつもは魔獣をそのまま食べていたのだが、料理するとこんなにもうまくなるのだな」


 クロは満足そうな表情を浮かべていた。


 そういえばクロは、ずっと一人で生きてきたんだっけ。

 こうして誰かと一緒に食事をするのは初めてなのかもしれない。

 こんなにも満足そうな顔をされると、連れてきて良かったなと思ってしまう。


 しかし……まぁ、それはそれとして。


 毎日これじゃ食費とんでもない額になるよね?


「ね、ねぇモニカ。これ……いくらくらいになるんだろ?」


「はい? どういうことでしょうか?」


「いや、その。例えばお店とかで同じくらい食べたら、どのくらいの金額なのかなぁと……」


「そうですねぇ」


 モニカは少し考えた後。


「だいたい10万セルくらいでしょうか?」


「セル? ああ、この国の通貨か。その……私この国のお金の価値がわからないんだけど」


「そうですねぇ――」


 と、モニカが通貨の説明をしてくれた。


 銅貨 =10セル

 大銅貨=100セル

 銀貨 =1000セル

 大銀貨=10000セル

 金貨 =100000セル

 大金貨=1000000セル


 と言う感じらしい。ちなみに1セルは日本円で1円くらいの価値みたいだ。

 つまり本日の夕食代は10万円くらい。

 いや、高すぎでしょ。どこの国会議員だよ。


「あの、私ちょっとアリスとお話がしたいんだけどいいかな?」


「はい、アリスさまは就寝の準備をされていますが、まだお休みにはなられていないかと思いますので」


 うん、まだ寝るには早い時間だよね。

 もう少しくらいならお話しても大丈夫なはずだ。


 あれ? というか、寝る準備ってことはもう寝巻に着替えてるのか?

 アリスの寝巻ってどんなだろう?

 もしかしたらちょっとセクシーな奴だったりするのかな?


 そんな期待を胸に、私とクロはモニカに連れられアリスの私室を訪れたのだが。


 部屋に入った瞬間、私は思わず思考が停止した。

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