■第30話 メイド修行
そうして、クロをアリスのメイドにすることになったわけなのだが。私が来たせいで仕事が増えていたらしく、人手が増えるのはモニカとしても助かるようだった。確かに私のご飯も毎日作ってくれてるし、一人じゃ大変なんだろうな。
「モニカ、いつもおいしいご飯ありがとうね」
「はぁ、急にどうなさいました?」
「いや、感謝を伝えたかったんだよ」
「そうですか、いえ、仕事ですのでお気になさらなくてけっこうですよ」
モニカはキョトンとした顔をした後、笑顔でそう言ってくれた。
「ではまず、クロさんのメイド服を用意しなければなりませんね」
モニカがそう言いながら、クロをじっと見つめる。
「めいど服? なんだそれは?」
クロが首を傾げる。
「はい。人の姿で生活する以上、その場に合わせたきちんとした衣服が必要なのです」
「ふむ、なるほどそういうものであるか。ならば人の姿になった方がよいか?」
――そのとき。
その言葉を聞いて、私の脳内に電流が走った。
そうだ、クロちゃんって人化すると――裸だ!
いや待て、落ち着け。
前回はいきなりで慌ててたからちゃんと見れなかったけど、今回は室内。
しかもこんなにも至近距離。
私も今は女の子だ。ってことは、じっくり鑑賞しても問題ないはず。
つまりこれは。合法イベントだ――!
「クロちゃん、ちょっと待って!」
私は人化しようとするクロを一度制止した。
「むっ、どうした主よ」
「そのー、心の準備というか……深呼吸だけさせて」
「なんだそれは?」
クロが不思議そうに首を傾げる。
うん、落ち着け私。じっくり脳内メモリーに保存するんだ。などと考えていた――だが、現実はそんなに甘くはなかった。モニカがそっとクロを抱え上げた、そして次の瞬間。無慈悲な言葉が私の耳に届いた。
「ではクロさん、参りましょうか」
「……へ? 参るってどこに?」
「衣裳部屋ですよ? サイズを測らないといけませんし、ついでにすぐ着られそうなものがないか探してみますので。では失礼いたします」
そう言って、モニカはクロを連れて部屋から出て行く。
――バタン、と扉が閉まる。
「……」
私は思わずその場で固まってしまった。
私の前から……合法イベントが行ってしまった。
失敗だった。なぜあそこで止めてしまったんだ……。
私は自分の犯した取り返しのつかない過ちを後悔したが……もう遅かった。
「ん、クレア?」
アリスが不思議そうな顔で私を見る。
「どうかしたのか?」
「……いや、なんでもないよ……」
「なんか魂が抜けたような顔になってるぞ?」
その時……私は再び絶望というものを思い知らされました。
それからしばらくして。
――コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「失礼いたします」
モニカの声と共に扉が開いた。
「どうだ、主よ?」
そこに立っていたのは、黒を基調としたメイド服に身を包んだクロだった。
「おお! すごく似合ってるね」
長い黒髪に、白と黒を基調としたクラシカルなメイド服だ。
スカートは膝丈。胸元には白いフリルが付いている。
さらに頭には小さなヘッドドレスまで乗せていた。
そして何より。
元々整った顔立ちだったせいで、メイド服がものすごく似合っていた。
「えっ、なにこれ……めっちゃ可愛い!」
「衣裳部屋にちょうど良いサイズの物がありましたので。とても良くお似合いでしょう」
モニカがそう言って、満足そうに頷く。
「ふむ、この服は少し動きにくいぞ」
クロは少し不満そうだった。だがそんな態度すらも可愛かった。
というか破壊力が半端ないな。
黒髪クール系美少女メイドとか、需要の塊なのではないだろうか?
「クロちゃん、ちょっと回ってみて!」
「ふむ、こうか?」
クロが両手を広げ、くるりと回る。ふわりとスカートが揺れた。
「うっ……!」
危ない。今ちょっと尊さで死にかけた。
「なかなか良いじゃないか。これなら問題なくメイドとしてやっていけるんじゃないか?」
アリスもクロの姿を見ながら満足そうに頷いた。
「はい。ですが、まだまだやることがございます」
モニカがクロを見ながら、静かにそう言った。
「メイドとして働く以上、礼儀作法を学んで頂かなければなりません」
「ふむ……それは必要なのか?」
クロが首を傾げた。
「もちろん必要です」
モニカがまっすぐクロを見つめながら当然のように即答する。
クロがチラッと私を見たので。
「うん、クロちゃん頑張ってね」
とりあえずそんな言葉をかけておいた。
「ふむ、主がそう言うなら」
「では、まずは挨拶とお辞儀に言葉遣い。それから食事の配膳や紅茶の淹れ方なども覚えて頂きます」
「多すぎではないか……?」
クロが少し嫌そうな顔をしながらそう言った。
「当然です、アリスさまのお世話をするメイドになるのですから」
モニカはにこやかな笑顔のまま続ける。
うーん。なんか急にスパルタ教官みたいになっちゃってるな。私としては必要最低限でいいんじゃないかと思ったけど、なんかモニカが本気モードになってる。
「では、まずはお辞儀の練習から参りましょう。わたくしと同じようにお辞儀をしてください。――はい!」
「ふむ、こうか?」
モニカの動きを真似て、クロがぺこりと頭を下げる。
「だめです。角度が浅いです」
「む。ではこうか?」
「違います、もっと背筋を伸ばしてください。――こうです!」
モニカが何度もお辞儀の手本を見せる。
「むぅ……違いがわからぬ」
「もっと心を込めるのです!」
精神論になっちゃったよ……。
とまぁ、こんな感じでモニカのメイド講習が暫く続いた。
「では次は笑顔の練習です」
「む、笑顔か?」
「はい。主人に安らぎと安心感を与えるのがメイドの務めですので」
モニカに言われ、クロが私の方を向いてニヤッと笑った。
「どうだ、主?」
「うーん、なんか獲物を見つけた肉食獣みたいでちょっと怖いかな……」
「なんだと!?」
「はぁ、もっと自然な感じでお願いします――こうです!」
と言ってモニカが微笑む。でもその笑顔もちょっと怖かった。
「自然とはなんだ……我にはよく分からんのだが?」
クロが頭を抱えて悩み始めてしまった。
その様子を、私とアリスはただ眺めていたのだが。
「……なんか大変そうだね」
「そうだな。なんかモニカも妙に張り切ってるし」
アリスが紅茶を飲みながらそう言った。
「でも少なくとも、ちゃんと学ぼうとはしてるんだよな。案外すぐ出来るようになるんじゃないか」
たしかにクロは文句を言いつつも、ちゃんとモニカに言われたようにやっている。なんだかんだ真面目なんだな、このドラゴン。
「では次は、主人に紅茶をお出しする際の作法でございます」
「まだあるのか……」
クロが露骨に嫌そうな顔をした。
だがモニカは一切容赦なく続ける。
「当然です。メイドとは主人のために心からご奉仕しなくてはならないのです」
なんかメイドカフェの新人研修みたいになってるな。
「むぅ……そういうものであるか」
クロは渋々といった様子でティーカップへゆっくりと手を掛ける。
しかしそのとき。
ティーカップの持ち手がパキッっと綺麗にもげた。
「あっ」
「……」
部屋にいる全員が固まってしまう。
「すまぬ。力加減を間違えてしまったようだ」
クロが少し照れくさそうにそう言った。
うん、そりゃドラゴンだもんね。多少はしょうがない。
まぁ、少々前途多難ではあるが……こうして、元・災厄級ドラゴンのメイド修行が始まったのであった。




