■閑話 可愛いお姫さま
わたくしの名前はモニカ・フィオリア。
フィオリア公爵家の次女。
英雄の血を引くフィオリア家に生まれながら、わたくしには誇れるような才能が何一つありませんでした。
父、ジルベール・フィオリアはこの帝国の宰相であり。兄は、次期宰相候補と言われるほど優秀で、姉にも優れた魔法の才がありました。
でも、わたくしは平凡。
飛び抜けて頭がいいわけでもなく、優れた魔法が使えるわけでもない。
ごく普通の人間。わたくしはこのまま平凡に生き、平凡に結婚して、そして平凡に死んでいくのでしょうか?
つまらない。本当につまらない。
毎日のようにそんなことを考えていました。
そんなある日。
わたくしは十五歳の誕生日を迎えた。帝国では十五歳で成人と認められるため、そのお祝いのパーティが開かれることになったのです。
使用人に綺麗なドレスを着せられ、髪を整えてもらいながら、わたくしは、なぜこの人たちはこんなことをしているのだろう? 不思議に思っていました。
他人の世話をするのがそんなに楽しいのでしょうか?
わたくしには理解できませんね。
程なくして迎えに来た父に連れられ、パーティの会場に入る。
「皆さま、本日は私の娘の誕生パーティーにお越しいただき――――」
父が来賓の皆様にご挨拶していましたが、わたくしはこんなパーティはどうでも良いと思っていました。
顔を見せて挨拶するだけのパーティなんて、ただ面倒なだけです。
そうしていると、わたくしに挨拶をするために会場の方々が集まってきました。
はぁ、本当に面倒ですね。
そう思っていたわたくしは、次の瞬間そこに現れた人物に目を奪われた。
一番最初に挨拶に来たのは、ふわふわの金髪に、キラキラと輝くような青い瞳の少女。少女はスカートの裾を指先でふわっと可憐に持ち上げる。
「お初にお目にかかりますわ。私はラフローグ帝国皇女、アリスレート・ラフローグと申します。以後お見知りおきを」
その無駄のない所作は、まるで絵本のお姫さまのようで。
「可愛い……」
思わず、そんな言葉が口から漏れてしまった。
しまった、皇女さまに対してこれはとんでもない失態!
「もっ、申し訳ございません。わたくしったら失礼なことを言ってしまい……」
慌てて頭を下げましたが、どう謝罪すればいいでしょう? 皇女さまはきっとお怒りのはず……そう思っていたら皇女さまは一瞬、キョトンした顔をしたが。すぐに笑顔を浮かべた。
「いえいえ、お気になさらないでくださいまし。褒めていただきとっても嬉しいですわ。あなたもとてもお可愛いですわよ」
なんてことでしょう。皇女さまはわたくしを許すだけでなく、フォローまでしてくださいました。なんて心の広い出来たお方なのか。
あっ! そう言えばまだ名前を……。
「あっ、ありがとうございます。申し遅れましたが、わたくしはモニカ・フィオリアでございます。以後お見知りおきを」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたしますわ。では、私はこれで失礼させて頂きますので」
笑顔のまま、無駄のない動きで軽く頭を下げ、立ち去っていく。
あぁ、なんて可憐なお方なのでしょうか。もう少しお話ししたかったのですが、やはりわたくしの言動で気分を害されたのでしょうか?
その後も、たくさんの方がわたくしの元に挨拶にきました。
特に若い男性が。公爵家の令嬢であるわたくしは、あの方たちからするとさぞかし優良物件なのでしょうね。
まぁ、まったく興味ありませんが。
次から次へと挨拶にくるので、少しうんざりしてしまいました。
「どうしたモニカ、疲れたかい?」
ため息をついていると、父が声をかけてくれました。
「はいお父さま、少し休んでもよろしいでしょうか?」
「あぁ、かまわないよ。庭なら静かだろうし少し休んでおいで」
父の許しが出たので、わたくしは庭に出てベンチに腰を掛けて休むことにしました。賑やかな会場の喧騒も、ここまでは届きません。静かな空気に包まれ、わたくしは小さく息を吐いた。
「はぁ、ここは静かでいいですね」
その時。
――ドンッと、どこからか何かを叩きつけるような音が響いた。
「なんでしょう今の音は?」
気になったので音のした方へとゆっくりと歩いて行くと。
「くそがあああああああぁ!!!」
突然、怒鳴るような声が聞こえた。
「何なんだよ、なんでみんな私のとこに来るんだよ。今日はあのモニカって子の誕生日だろうが! なんで主役ほっぽって私に挨拶に来るんだよ。今日はちょっと顔出すだけですぐ帰るはずだったのに。ふざけんなぁー!」
何者かが木に頭をガンガンと打ちつけながら奇声を上げ、叫んでいました。
目を凝らしてみると、どこかで見覚えのある金髪の少女……えっ!
「アリスレートさま?」
「あ!」
「あっあらあら、あなたは、モニカさまではありませんか。おほほほほ、どっどうかなさいましたか?」
「いえ、あの今のは」
「はい? 今の? 今のとはなんでございましょうかぁ。わたくしにはさっぱりー、おほほほほ。」
「今、叫んでおられましたよね?」
「なっ、なんのことでしょうかぁ? わたくし、わかりませんわぁー! げっ、幻覚でも見られたのではなくて!?」
「血、出てますよ」
額にうっすら血を滲ませたアリスレートさまはピキッと固まってしまわれた。
そして、ギギギッと首をこちらに向け。
「……見られてました?」
「はい、しっかりと」
「うぅ……終わりましたわ……」
次の瞬間、アリスレートさまが素早い動きで地面に両手をつき……。
「お願いします、このことはどうかご内密にー!」
……これはいったい、どういうことでしょうか?
あの、可憐なアリスレートさまが、わたくしの前で地面に手をつき懇願している。まさか! 今までのは全部演技で。この姿が本当のアリスレートさま?
でも、だとしたら。それはとても……。
面白い!
「ふふっ……あはははは!!!」
思わず笑ってしまいました。
人生で初めてお腹を抱えて、大声で笑ってしまいました。
なんて面白い人なんでしょう!
この人をもっと知りたい。もっと話したい。もっと近くにいたい。
「どっ、どうしましたの? そんなに笑って。はしたないですわよ」
「ふふ、あなたがそれをいいますか?」
「うぅっ、なんですの? 私に何を要求するつもりですの?」
「いえ、要求など……」
要求などありません。
と言いかけて、わたくしはあることを思いついた。
「では、ひとつだけよろしいでしょうか?」
「なっ、何?」
この人の傍にいたら。
きっと退屈しない。
そう確信した。
わたくしはアリスレートさまの額の血をハンカチでそっと拭き取り、ひとつの願いを口にする。
「わたくしを、あなたさまの従者にしてください」




