■第28話 クロ
空の旅を満喫したあと、私たちは地上に戻ったのだが。
「あの、姫さま。これはいったい?」
そう言いながらエルネアが駆け寄ってきた。
「黒龍はクレアを強き者と認め、従魔契約をしました」
「えぇ! それは本当ですか? ……しかし、この黒龍……どうするのでしょうか?」
「そうですわね。クレアはどうするおつもりかしら?」
「え? そうですね。どうしましょう?」
私はクロの巨大な顔を見上げる。
うーん、正直ペット感覚だったんだけど。
たしかにこんな巨大なドラゴンが突然現れたら、帝都が大パニックになるな。
というか、城門通れるのかな?
「我は主の傍にいるぞ」
クロがそう言った。
「えーと、森で暫く待機しててもらったりは?」
「それはダメですわ!」
アリスが即答した。
「え?」
「黒龍を野放しには出来ません。クレアの従魔として管理する必要がありますわ」
なるほど。そういう問題もあるのか。
確かに周囲からしたら危険生物だもんね。
「でも、このサイズじゃ城暮らしは無理なのでは?」
……いや、待てよ。
こういうドラゴンって、人間の姿になったりするのが定番だよね?
「ねぇ、クロちゃん。もしかしてだけど人間の姿になれちゃったりとかしない?」
ちょっとワクワクしながら聞いてみると、クロがふっと鼻を鳴らした。
「もちろんだ。我ほどの上位竜になれば姿を変えることも出来る」
「えっ?」
次の瞬間。
黒龍の巨体が淡い光に包まれ、ゴォッ――と風が巻き起こる。
「うわっ!?」
眩しさに思わず目を閉じる。
そして光が収まったあと。
そこにいたのは――。
「……へ?」
黒髪の少女だった。
年齢は見た目だけなら十五、六歳くらいだろうか。
腰まで伸びた黒髪。
金色の瞳。
どこか気の強そうな整った顔立ち。
そして――白い肌。
思わず私は目を奪われた。
えっ? なんでいきなり美少女がいるの?
これ、本当にあの黒龍なの?
しかも――。
「……え? 服は!?」
「なっ!?」
アリスも驚いていた。
……なんと、その少女は全裸であった。
「ちょっと!? なんで服着てないんですの!?」
「ちょっ、隠してください! 早く!」
アリスとエルネアが同時にクロに覆いかぶさるように体を隠す。
「む? なぜ騒ぐ」
少女――クロが不思議そうに首を傾げる。
「いや、服! 服着て! お願いだから!」
いや、こんな可愛い少女の裸を見せて頂けるのはありがたいけど。
さすがにこれは駄目だ。周りに大勢の男がいるんだし。
「服?」
どうやらその辺の感覚がドラゴンにはないらしい。
ってか騎士たちがめちゃくちゃ困ってるんだけど!?
特に男性陣が視線の置き場に困ってる!
「全員後ろを向け―!」
エルネアが大声で叫んだ。
「ってかなんで女の子になってるの?」
「ん? 我はメスだぞ」
「メスやったんかーい!」
思わず突っ込んでしまった。我とか言ってるからオスだと思ってたよ。
するとクロは少し考え込むような顔をした後。
「ふむ。ならばこうか」
再び体が光る。
次の瞬間。
――ぽんっ。
「……ちっちゃ!?」
今度は子猫サイズになっていた。
黒い小竜。
翼も尻尾もある。
でもサイズ感が完全にマスコットだった。
「おおおおっ!?」
思わず抱き上げる。
なにこれ軽い! 可愛い!
「こっちの姿なら問題あるまい」
「いや、めちゃくちゃ可愛いんだけど!?」
「かわっ、我は最強の黒龍であるぞ……」
小さな前足がぺちぺちと私の腕を叩いてきた。
「はいはい、偉い偉い」
「話を聞けぇ!」
でも怒ってる姿すら小動物みたいで全然怖くない。
むしろ可愛い。
アリスがそっとクロの手に触れる。
「……これは反則級に可愛いですわね」
「もう好きにするがよい……」
どうやらあきらめたようだ。
さっきまで災害みたいな存在感だったのに、今は完全に愛玩動物である。
ふと見ると、騎士たちもざわついていた。
「本当にあの黒龍なのか……?」
「ちょっと可愛すぎないか?」
「触ってみたい……」
「副団長! 一回だけ撫でてもいいでしょうか!」
「ダメに決まっているだろうが!!」
エルネアが即座に怒鳴った。
うん、でも気持ちは分かる。私だってずっと抱っこしてたい。
空気が一気に平和になった。私は小さくなったクロを抱えながら思う。
――これ、もう普通に飼えるのでは?
そんなことを考えていたらクロが話しかけてきた。
「その首輪……もしや主は奴隷なのか?」
「そうだよ、このお方が私のご主人さまなんだ。だからこのお方の言う事もちゃんと聞いてね」
私はアリスの方を見ながらそう言う。
「……うむ、そういうことなら仕方ないか」
そう言いながらクロはアリスの方を見る。
「まぁ、嬉しいですわ。では私もクロと呼んでもいいでしょうか?」
「うむ、許そう」
クロは偉そうに頷いた。でも今の姿だと全然威厳がない。むしろ可愛い。
するとアリスがそっとクロの顎を撫でる。
「む……」
「あら? 嫌でしたか?」
「べ、別に嫌ではない」
クロは少し気持ちよさそうに目を細めた。
……あっ、このドラゴンやっぱりちょろいな。
「ところで貴様は勇者ではないのか?」
「え?」
「勇者のスキルを使っていなかったではないか」
「そうですわね。……たしかに私はまだ勇者ではありませんわ。ですが、勇者である父より、この聖剣ルクスブレイドを受け継いでおりますわ」
アリスがそう言いながら、誇らしげな顔で聖剣を掲げていた。
ってかあれ聖剣だったのね。
「なるほど勇者の子孫であったか、たしかに見事な戦いっぷりであった」
「フフッ、そうでしょう! いずれは一人でクロにも勝ってみせますわ。私は勇者になるんですもの!」
「フハハハハ、面白い。貴様を主の主と認めよう」
そう言いながらクロは楽しそうに笑った。
その後、私たちは帰還の準備をしていた。
「本当にこの子が、あの黒龍なんですよね……?」
エルネアが半信半疑といった顔で、私の腕の中にいるクロを見つめていた。
「うむ。我こそ最強の黒龍である」
クロがドヤ顔でそう言った。しかし、見た目は完全に可愛い小動物だ。
「まぁ、先ほどまで災害級の魔物だったとは、とても思えませんね……」
エルネアはそう呟いたあと、真面目な顔になる。
「しかし姫さま。本当に城へ連れて帰るのですか?」
エルネアが真面目な顔で聞く。
「当然ですわ。クレアの従魔となった以上、帝国の管理下に置く必要がありますわ」
「ですが、黒龍ですよ? 大丈夫なのでしょうか?」
その瞬間。
「ふあぁぁ……」
クロが小さくあくびをした。
……うん。全然怖くない。
むしろ眠そうである。
「ほら、こんなに大人しいですわ」
「うっ、たしかに。可愛いですね……」
「従魔契約をした以上、この子はクレアに逆らえませんから大丈夫ですわよ」
「はぁ、わかりました。その……しかし、どう報告しましょう?」
「報告に関しては私が陛下にお伝えしますので大丈夫ですわ」
アリスはそこで一度言葉を切り、私を見る。
「それからクレアのことですが、今回の戦闘の事は口外しないでください」
「は? どういうことでしょうか?」
「彼女は少し事情がありまして、あまり目立ってはいけないのです。ですので表向きには、黒龍は私と騎士団が対処したことにしてください」
「なるほど……しかし、彼女はいったい何者なのですか? 黒龍の攻撃を素手で受け止めていたように見えましたが……他の騎士達も気になってるようなのですが」
ふと見ると、騎士たちがこちらをちらちらと見ていた。
「本当に人間なのか……?」
「いや、でも姫さまの奴隷なんだろ……?」
「黒龍を一撃で倒したように見えたぞ……」
小声で話しているつもりなんだろうけど、普通に聞こえてる。
いや、うん。気になるよね。分かる。
というか、ちょっと怖がられてない?
ざわつく騎士たちを前に、アリスが一歩前へ出た。
「――皆、静まりなさい」
その声だけで場の空気が変わる。
「今ここで見たことは、帝国最高機密としますわ」
騎士たちの表情が引き締まった。
「クレアの力について、許可なく口外することを禁じます」
「彼女は帝国の敵ではありません。むしろ、この場にいる私たちを救ってくれた恩人ですわ」
そしてアリスは騎士たちを真っ直ぐ見渡した。
「――皇女アリスレート・ラフローグの名において命じます」
「この件、他言は無用ですわ」
「「はっ!」」
騎士たちは一斉に片膝をついた。




