■第21話 吸血。いや、飲血?
少し複雑な気分だったがドライヤーで髪を乾かし終えた私は、モニカが用意してくれた新しい下着と服に着替えてアリスの私室へ戻った。
コンコン、と扉をノックする。
「戻りましたー」
「お入りください」
モニカが返事をしてくれた。
中へ入ると、部屋にはすでに夕食の準備が整っていた。
大きな丸テーブルの上には湯気の立つ料理が並び、部屋の中には食欲をそそる香りが広がっている。
「え? なにこれ? いい匂い。なんか豪華だね」
思わず感嘆の声が漏れる。
「クレアの歓迎会ってことで今日は三人で食事しようと思ってな」
アリスがどこか得意げな顔をしてそう言った。
「そうなんだ! それは嬉しいな……ん? 三人?」
思わずチラッとモニカの方を見る。
「本日はアリスさまのご命令ですので。わたくしも同席させていただきます」
「あっ! うん、みんなで食べた方がおいしいもんね」
「そうだろ」
アリスは満足そうに頷いていた。
しかしモニカって、こういう場でも普通に同席するんだな。
もっと厳格な上下関係があるのかと思ってた。
全員が席に着いたところでモニカが料理の説明をしてくれる。
テーブルの上には焼きたてのパン。野菜たっぷりのスープ。香ばしく焼かれた肉料理などが並んでいた。
「本日のメインはフォレストボアの香草焼きになります」
「あっ、これも魔獣料理なんだ」
「はい。脂に甘みがありまして非常に人気があります」
人気あるんだ!この世界、ほんとに魔獣食文化が根付いてるんだな。
そんなこんなで説明が終わったところで、三人で食事を始める。
「いただきます!」
フォレストボアのお肉を一口食べると、じゅわっと肉汁が広がった。
「おぉっ、おいしい!」
「気に入って頂けたようで何よりです」
モニカが少し嬉しそうに微笑む。
「いやー、モニカってほんと料理上手だよね。」
「ありがとうございます」
モニカはいつもの落ち着いた笑みを浮かべながら、私のお皿に追加のパンを置いてくれた。
「どうぞ。たくさん召し上がってくださいね」
「うん、ありがとう。いやでもほんと幸せだなぁ……」
ついしみじみ呟いてしまう。
数日前まで森の中で木の実をかじってたとは思えない生活だ。
暖かい部屋に、お風呂。しかも今は美少女二人と一緒に夕食を食べている。
……なんだこの勝ち組異世界ライフ。奴隷なのにこんな快適でいいのか?
私はチラッとアリスの方を見る。
「んっ、どうした?」
「いや、こんなに良くしてくれてありがとね」
「別にいいよ。それにこういうの一回やってみたかったんだ」
「やってみたかった?」
「ああ。友達とご飯食べる、みたいなの」
アリスは少し照れくさそうにスープへ視線を落とした。
「皇族ってのは、こう形式ばった食事ばっかなんだよ。貴族の食事会なんかでも作法とか会話の内容なんかも気を遣わないといけないからな」
「あー……たしかに大変そう」
「だから、こうやって気楽に食べるのちょっと憧れてたんだ」
なるほどなぁ。
お姫さまって華やかなイメージあるけど、自由は少ないんだろう。
「じゃあこれからはたまに三人で食べようよ」
「ああ、そうだな」
アリスは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、私はなんだかこっちまで嬉しくなる。
その後も三人で他愛ない話をしながら、ゆっくりと夕食の時間を楽しんだ。
「ふぅ、おいしかった。ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
食事が終わると。そう言いながらモニカが食器を下げてくれる。
――その時
「ん? モニカその指どうした?」
アリスが尋ねるとモニカは指先にほんの少し血が滲んでいることに気が付いた。
「夕食の準備をしている際に切ってしまったようです。まぁこのくらい大丈夫ですよ」
モニカの指に滲んだ血を見た、その時。
――ドクンッ。
心臓が脈打つ。
目の前が紅く染まった。
血!
血が吸いたい……抑えられない。
私はゆっくりモニカに近づき……手を伸ばそうとした……。
「クレア? どうした?」
「はっ!」
アリスの声で私は正気に戻った。
「あっ、いやなんでもないよ」
……危なかった。もう少しでモニカに嚙みついちゃうとこだった。
すると、モニカがこちらをジッと見て。ハッとした表情になった。
「クレアさま、もしかしてですが。血をお吸いになりたいのですか?」
モニカはほんとに察しがいいな。
「いや、あの……うん。でも絶対二人の血を吸ったりはしないよ」
怖がらせてしまいそうなので、私は慌ててそう言った。
「いや、別に我慢しなくても少しくらいならいいぞ。」
「ええ、わたくしも少しくらい吸っていただいてかまいませんよ?」
アリスたちがそう言ってくれるが、そういう問題じゃない。私は人の血なんて吸いたくない。本能では吸いたいけどそれをやってしまったら本当に心まで人じゃなくなってしまう気がする。
「でも、人の血を吸うわけには……」
「なるほど! そういう事でしたらちょうど良いものがありました。ご用意いたしますので少しお待ちください」
また何かを察したようにそう言い残し、モニカは部屋を出て行ってしまった。
しかしアリスたちはこういうのに抵抗はないのだろうか?
「ねぇ、血を吸いたいとか言ったら。やっぱり気持ち悪いかな?」
というとアリスはポカンとした顔をした。
「なに言ってんだ? 吸血鬼なんだから、血を吸うのはあたりまえじゃないのか?」
え? そんな感じなの?
「そんな軽い感じでいいの? 血を吸われるって、もっとこう……大事だと思うんだけど?」
「ん? そうか? 別に死ぬわけじゃないし私は気にしないけどな。そりゃ全然知らない吸血鬼なら嫌だけど、クレアなら別にいいぞ」
なんというか、この世界では地球と倫理観が全然違うんだな。
でもそうか、私ならいいのか。思わずちょっとにやけてしまった。
「今度はなにニヤニヤしてるんだ?」
「いや、アリスが私を特別みたいに言ってくれるのは嬉しいなって思ってね、えへへ」
「なんだそれ、それはちょっと気持ち悪いぞ」
……気持ち悪いって言われちゃった。
「失礼いたします」
そんなことを話していたらモニカが戻ってきた。
手にはグラスのようなものを乗せたトレーを持っている。
「モニカ、それはなんだ?」
「すっぽんの生き血でございます」
「この世界すっぽんいるの?」
思わず突っ込んでしまった。
なんか、なんでもありになってきたな。ここほんとに異世界?
でもまぁ、すっぽんの血なら前の世界でも飲む人はいたし。
確かに人の血よりは抵抗は少ないけど……。
でもこれじゃ、吸血じゃなくてただの飲血だな。
「陛下の夕食用のものを少し拝借してまいりました」
「あいつ、すっぽんなんか食ってるのか」
アリスがボヤいていると。
「すっぽんは栄養価も高く、美容にもいいそうです。ご希望でしたらアリスさまにもご用意しますよ?」
「いや、せんでいいわ!」
「もしかして私のためにそれを持ってきてくれたの?でもそれ皇帝陛下のものなんじゃ? 勝手に持ってきてよかったの?」
私のそんな疑問にアリスが答える。
「まぁ、モニカなら問題ないだろ」
ん? どういう意味だ?
「通常はジュースかお酒で割るのですが、これはそのままお持ちいたしました。どうぞ召し上がってください」
モニカがすっぽんの血が入ったグラスを私の前に置いてくれた。
グラスを近づけると、甘く濃厚な香りが鼻をくすぐる。
だめだ……この赤い液体を見たら我慢できなくなってしまう。
私はグラスを手に取り、それを一気に口の中に流し込んだ。
――おいしい!
なんだこれ。前に吸ったフォレストボアの血とは比べ物にならない……うっ!
次の瞬間――全身に衝撃が走る!
体が熱い。
ハァ、ハァ……呼吸が荒くなる。
体の奥からなにかがこみ上げてくる……これは魔力?……。
いや、ちがう……これは。
こみ上げているのは……魔力じゃない!
これ、まさか――性欲!?
……どうやらすっぽんの血で性的欲求が高まってしまったらしい。
いや、どういうこと? 何なのこれ? すっぽんの血にそんな効能ないだろ?
「どうされましたか? お体に何か異常でも?」
モニカが心配して私に近づいてくる。
そしてその立派なお胸も、やわらかそうに揺れながら近づいてくる。
うぉー、これはダメだ。考えるのは後だ。
「ごめん、すっぽんの血は美味しかったんだけど、飲んだらちょっと眠くなっちゃって。今日はもう休ませてもらっていいかな?」
このままじゃ、この美少女二人を押し倒してしまいそうだ。
早く自室に戻らなきゃ。
「ん? まぁ今日はもうなにも予定はないしいいけど。大丈夫か? 顔赤いぞ?」
「大丈夫だよー。血を飲んで体があったまっただけだからー。じゃ、じゃあおやすみー!」
そう言い残し、私は急いで自室に戻った。
そして、その晩――私は一人で眠れぬ夜を過ごしたのであった。
※すっぽんの生き血はたくさんの栄養効果が期待出来ますが。性欲を直接高めるという科学的根拠はありません。
また、すっぽんの生き血には雑菌が含まれているため。飲む場合はきちんと殺菌などの下処理されたものを飲みましょう。




