■第146話 奴隷から友達へ
聖公国に到着した私たちは、まずオスカーの身柄を引き渡した。
ルーナはそのままレイノルド教皇の元へと報告に向かい。
私たちは客室に案内され休むことになったのだが、その前に私は行っておきたい場所があった。
「あの、私は大聖堂に行きたいんだけど?」
「あら、お祈りですの? でしたら私も行きますわ」
「では、わたくしは夕食の準備を手伝ってきます。クレアさまマジックバッグをお借りしてよろしいですか」
モニカがすっと手を差し出す。
「あっ、うん」
「では我も行こう」
「じゃあ、ボクも手伝うよ」
マジックバッグを受け取るとモニカはクロとセレナと一緒に調理場へと向かって行った。
そして私とアリスは大聖堂に向かう。
何をしに行くのかと言うと、もう一度女神さまと話したいと思ったからだ。
いや、もちろん話せるかどうかはわからないんだけどね。
まぁ、ダメもとで行ってみようと思う。
大聖堂の重厚な扉を開き、中に入る。
そして、奥にある女神さまの石像の前で膝を着き、手を組んで目を閉じる。
さて、どうしよう?
前にここで女神さまに呼ばれた時は突然だったから、どうすれば会えるのかわからないな。えーと、とりあえずUFOを呼ぶときみたいな感じで念じてみよう。
もしもし、女神さま……聞こえますかー?
…………。
返事がない。
もしもーし、応答願いまーす!
……あれ? もしかして留守かな?
そう思って目を開けると、目の前には真っ白な空間が広がっていた。
おおっ、きたこれ!
やはりこのやり方で正解だったんだ、そう思っていたら後ろから声が聞こえた。
「あのぉー、私は未確認飛行物体じゃありませんよぉ」
そこには、女神ティリスが少し呆れたような表情で立っていた。
「あっ、女神さま。お久しぶりです」
とりあえず手を振ってみた。
「うふふっ、お元気そうですねぇ」
「あっ、はい。おかげさまで。ところで確認したいのですが」
「確認、ですかぁ?」
「はい、玄黄を倒して魔神の復活は阻止しました。これで女神さまからの伏線は全部回収ってことでいいでしょうか?」
「そんなことは気にせずあなたは思うように生きていいのですよ」
「えっ、でも女神さま。私が進む道を示してましたよね?」
「なんのことでしょうかぁ?」
ティリスは頬に指をあてて首を傾げる。
「えっ? 私に邪神復活を阻止しろってことじゃなかったんですか?」
「私がお願いしたのは、困っている聖女を手伝ってあげてください、ということですよぉ?」
「えっ、じゃあ魔神とか四大魔獣とか……全部結果的にそうなっただけなんですか?」
「はぁい、たまたまですぅ」
ティリスはそう言ってぽわぽわと微笑んでいる。
ってことは世界滅亡の危機がたまたまで回避されちゃったってこと?
そんなことあるの?
「でも、あなたは本当によくやってくれていますよぉ」
「では、最後にもう一つだけ」
「なんでしょうかぁ?」
「どうして、私をクレアの体に転生させたんでしょうか?」
ずっと疑問だった。
どうして私が、この最強の吸血鬼クレアの体に入っているのか。
「うふふっ、それはいずれ分かりますよ」
ティリスは少しだけ意味深に笑った。
「えっ?」
「では、そろそろ時間ですねぇ」
「いや、もうちょっとはっきりと教えてほしいんですけど?」
「では、またお会いしましょう」
ティリスはそう言って、ヒラヒラと手を振った。
白い光に包まれ意識が薄れていく中で、再び声が聞こえた。
「あっ、吸血鬼の街に行くといいかもしれませんよぉー?」
うっすらと微笑むティリスの姿が見えた。
「いや、ここ来るたびに伏線が増えるシステムやめてもらえませんかぁー?」
思わず手を伸ばしたが、そこで意識が途切れた。
「はっ!」
思わず周囲を見回すと、隣でアリスが目を閉じ祈りを捧げている。
どうやら現実に戻ったらしい。
目の前には女神像が静かに佇んでいた。
しかし、どういうことだ?
ティリスが最後に言ったのは魔王国の吸血鬼の街ってこと?
それって、絶対行きたくない街なんですけど?
いや、待て。
吸血鬼族の長であるセバスに、クレアの娘って設定にしてたのを思い出した。
それでも行ったら王さまとかお姫さま扱いされちゃいそうなんだよな。
そんなのは嫌だ、私は平穏に暮らしたいんだよ。
そんなことを考えていたら、アリスが顔を上げた。
「んっ? どうしましたのクレア?」
アリスが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「ああ、いや。なんでもないよ。そろそろ客室に戻ろうか」
「ええ、そうですわね」
そうして私たちは大聖堂を後にした。
まぁ吸血鬼の街の件は……うん。
特に急ぐ必要もないし今は考えないようにしよう。
……未来の私、頑張れ。
客室に戻ると、ルーナが待っていた。
「あっ、お二人ともどちらに行ってらっしたんですか?」
「ああ、ちょっと大聖堂でお祈りをね。それでオスカーはどうなったの?」
「はい、地下牢へ収監しました。今は教皇さまが事情を聞いています」
それなら逃げられる心配もないか。
安心したところで席に着くと、ルーナがお茶を入れてくれた。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう」
お茶を飲んでようやく一息ついた時だった。
アリスがふと私の首元を見た。
「なぁクレア、その首輪もう外していいんじゃないのか?」
「えっ?」
私は思わず首輪に触れる。
思えばこの首輪を嵌められたところから始まったんだよね。
アリスの奴隷になって、そのおかげでたくさんの人と出会えた。
いろんな国を訪れて、いろんな景色を見ることが出来た。
まぁ魔獣と戦ったり魔神の復活を阻止したり。
大変なこともあったけど。それでも、今の私は幸せだ。
「いや、当分はこのままでいいかな」
この首輪のおかげでここまで来られたようなもんだし。
「私はもうしばらくアリスの奴隷でいいよ」
「はぁ、まだそんなこと言ってるか? 確かにその首輪嵌めたのも奴隷とか言い出したのも私だけど……」
アリスは大きくため息をついた後、まっすぐ私を見つめる。
「でも今は違うだろ?」
「えっ?」
「私はクレアを奴隷とは思ってないぞ」
そして、アリスはニコッと笑う。
「もう私たちは友達だろ?」
「あっ……」
その言葉に胸が少し熱くなった。
「ルーナ、頼む」
ルーナが私とアリスを交互に見つめ、静かに頷く。
「はい、わかりました」
「《解呪》」
――カチャン!
淡い光を放ち、首元にあった首輪が静かな音を立てて膝に落ちる。
「あっ……」
思わず首元に触れてみる。なんというか、ずっと付けていたはずなのに、外れる時はあっさりしたもんなんだな。
ふと前を見ると、アリスが立ち上がり私の前に立っていた。
そして、スッと右手を差し出す。
「これからもよろしくな、クレア!」
私は初めてアリスに会った時のことを思い出した。
あの時は確か、私から手を伸ばしたんだっけ?
でも今度はアリスからだ。
これは私を認めて、信頼してくれているということなんだろう。
「うん、ずっと、友達でいようね。アリス!」
そうして、私たちは二度目の握手を交わした。
アリスの言う通り、もうこの首輪は必要なかった。
私にとって本当に大切なのは首輪じゃない。
アリスとの信頼関係だ。
手のひらから伝わる温もりを感じながら、私はこれまでの旅を思い返す。
そして、ここまでの物語を一言で表すなら――きっとこうだ。
私、異世界でお姫さまの友達になりました。




