■第145話 くっころ
それからしばらくして、大量発生した魔獣もほぼすべて討伐された。
帝都周辺を捜索していた騎士たちが、魔獣を呼び寄せる魔道具を発見した。
以前見つけたノエルの魔道具を改良した奴だ。
それを破壊した途端、残っていた魔獣たちは一斉に森へ逃げていった。
どうやってあそこまで大量の魔獣を集めたのかはわからないけど、大きな被害は出ていない。
結果として死者はゼロ。軽傷者こそ出たものの、最悪の事態は避けられた。そして現在、帝国陣では各国の騎士たちを交えて戦勝祝いの宴会が開かれるらしい。
倒した魔獣を解体する者、石を積んで竈を作り火を起こす者、そして近くの街から酒を運んでくる者など、皆慌ただしく動き回っていた。
私たちも宴会に参加したかったのだが、みんなで話し合った結果。
ルーナと共に一度、聖公国に行くことになった。
「本当に運んでいただいていいでしょうか?」
ルーナが少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「うん。聖公国にオスカーを引き渡すのが先だしね」
「ですが宴会も開かれるようですし」
「まぁ、それは私もちょっと参加したいけどね」
思わず本音が出てしまった。
だって今、お肉焼いてるんだよ!
絶対美味しいやつだよ!
……というか私、いつの間にか魔獣肉に抵抗なくなってるな。
慣れって怖いね……いや、そうじゃない。
今はオスカーの護送を優先しなくちゃ。
「大丈夫だよ。お肉はいっぱい分けてもらったし」
そう、マジックバッグの中には解体したばかりの新鮮なお肉がたくさん入っているのだ。聖公国で焼いて貰おう。
「クロちゃんで飛んで行けば夜までには着けるし。早い方がいいでしょ?」
「それはそうなのですが……」
「いいではありませんか、私たちは仲間なんですのよ。一緒に行くのは当然ですわ」
「アリス……ふふっ、そうですね」
そして私たちはオスカーを連れて馬車に向かう。
人数が多くなるため、モニカにはここで待っていてもらおうかと思ったが。
それを伝えると。
「わたくしはアリスさまのお傍を離れません!」
そう言ってモニカはアリスの腕にしがみ付いて離れない。
仕方ないのでモニカも一緒に連れて行くことにした。
まぁ、別に危険なことがあるわけでもないしいいか。
「じゃあ、私はオスカーと一緒にクロちゃんの背に乗るよ」
おっさんと一緒なんて本当は嫌なんだけど、聞きたいこともある。
アリスたちが馬車に乗り込むのを見届けてから、私はオスカーを引きずるようにクロの背へ乗せる。
「おっ、おい、これは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、落とさないように私が鎖を握ってるから。じゃあクロちゃん、聖公国までお願いね」
「うむ、任せておけ」
クロが翼を大きく広げ、空へと飛び立つ。
「おい! 本当に大丈夫なんだろうな」
オスカーが青い顔をしながら叫ぶ。
もしかして高いとこが苦手なんだろうか?
「だから大丈夫だよ。それより、少し聞きたいことがあるんだけど?」
「なに? 聞きたいことだと?」
「ずっと気になってたんだけど。なんであなたたちは昔の私を知ってるの?」
「ふん! そんなことか、教えるわけがあるまい」
「ああ、そう? じゃあ落としちゃおうかな?」
「話したところで貴様らには止められん」
オスカーはそう吐き捨てた。
「へぇ、そう?」
私はにっこり笑って鎖を軽く持ち上げる。
「うおおおお! 待て待て!」
「じゃあ、話してくれる?」
オスカーが私を睨みつける。
「くっ、殺せ!」
「いや、そのセリフは美少女が言うから成立するんだよ?」
思わず『あっそう?』って落としそうになったわ。
「何を言っている?」
「おっさんの『くっころ』なんてどこも需要ないよ?」
「おっさんとはなんだ、私はまだ四十だぞ」
「十分おっさんじゃん」
「ぐぬぬ、貴様こそ三百年以上生きている化け物ではないか」
「いや、私はほら。見た目は美少女だし」
「自分で言うのか……」
うん、言っちゃうよ。
「それに殺したら話聞けないじゃん、あなたには全部話して貰わないと困るんだよ」
「ふんっ、知ったことか」
「はぁ、しょうがないな。私が吸血鬼だってことは知ってるよね?」
「それがどうした!」
「あなたの血を吸って眷属にして、無理やり喋らせることもできるんだよ?」
いや、本当は絶対にしたくないんだけどね。
そもそもおっさんの汚い血なんて死んでも吸いたくないよ。
「くっ、それは……」
「私もできればそこまではしたくないんだよ。だから話してくれる?」
オスカーはしばらく黙り込んだが、やがて観念したように小さく息を吐く。
「私はファルシア王国の元大臣だ」
「えっ? 元ってことは……もしかして六百年ずっと生きてるってこと?」
「そうだ、オズワルドさまの秘術によってな」
「秘術?」
フィオナの延命魔法みたいなものか?
そう思ったのだが、実際にはまったく別物だった。オスカーの話によると、オズワルドは自分の魂を他人の肉体へ移す呪術を使えるらしい。
「我らはそうやって子孫の体を渡り歩きながら、六百年生きてきたのだ」
「うわぁ、六百年も……?」
「なんだ?」
「いや、私なら六百年も働くとか無理かなぁ、と思ってね」
「……気にするとこそこなのか?」
「長い時間を生きるならせめて楽しいことをすればいいのに」
「すべては我らを見捨てた使徒マサヤと女神への復讐のためだ」
そう吐き捨てると、オスカーは目を閉じた。
六百年という歳月をかけて積み上げた憎しみだ。
私が何を言っても、その考えを変えることはないのだろう。
「じゃあ最後にもう一つだけ聞かせて」
「なんだ」
「あなたたちは三百年前に魔神を呼び出した。なぜ今回もそれをしようとせず玄黄を利用しようとしたの?」
「それは、すでに魔神が存在する世界に新たな魔神は呼び出せないからだ」
オスカーは悔しそうに顔を歪ませながら声を絞り出す。
「魔神が存在する世界? それはどういうこと……あっ!」
「そうだ。魔神の残滓である四大魔獣が存在する限り、新たな魔神を呼び出すことはできないのだ」
なるほど。
だから玄黄に他の四大魔獣を食べさせて、魔神に戻そうとしてたわけか。
まったく本当に迷惑な話である。
しかし、そうなるともう一つ疑問が出てくる。
「じゃあ、もし他の四大魔獣が全ていなくなったら魔神を召喚できるの?」
「ふふふ……その通りだ」
なるほど、じゃあ今後オズワルドがクロやセレナ、銀狼を狙ってくることもあり得るのか。
まぁ、面倒なことになりそうな気はする。
でも――。
「じゃあ、大丈夫だね」
「なに?」
「銀狼はエルフが守ってるし。クロちゃんとセレナは私たちが守ってる。だからもう、あなたたちの思い通りにはならないよ」
「ふんっ、今に見ておれ」
オスカーは悔しそうに目を伏せた。
聞きたいことはだいたい聞けたし、今はこれでいいかな。
そんなことを考えながら前方に視線を向けると、遠くに聖公国の真っ白な城壁が見えてきた。ようやく一息つけそうだ。
さすがに今日は疲れたし、夜はみんなでのんびり聖公国の温泉にでも入りたいな。あと、お肉食べたい。
心の底からそう思った。




