■第144話 恐ろしい子!
天から光の柱が降り注いだ――。
その光に包まれ、巨大な琥珀色の粘体が、少しずつ崩れていく。
その身にまとっていた邪悪な魔力も、内部にあった核も。
すべてが純白の輝きに呑み込まれ、無へと還元されていく。
やがて衝撃波が荒野を駆け抜け、すべてを飲み込んだ光がゆっくりと収まっていく。
そして――静寂。
玄黄がいた場所には、焼け焦げた大地ではなく。
瑞々しい緑の草原が広がっていた。
荒野を覆っていた禍々しい気配は、どこにも感じられない。
「……倒せた?」
その問いに誰も答えない。
まだ安心しちゃだめだ、じっくりと確認しないと。
そう思ったのは私だけじゃない。
アリスも、ルーナも、そしてアルテシアも、誰一人として油断していない。
慎重に周囲を見渡す。
だが、どこを探しても玄黄の姿は見当たらなかった。
「ありえない……こんなことはありえない! なぜルーナがあの魔法を使える? なぜ吸血鬼があの魔法を?」
オズワルドがふらりと後退る。
「……これでは、聖女が二人いたとでも言うのか?」
オスカーは震える声で呟き、その場に膝をついた。
「えっ、私も聖女扱いなの?」
思わずルーナに視線を向けると、彼女はオスカーの元へゆっくり歩み寄っていた。
「二人の聖女、ですか。確かにそうですね。クレアさんも女神の加護を持っていますから」
「なっ! そんな馬鹿なことが……?」
「それよりも、詳しいお話を聞かせて頂きますよ――《ディヴァイン・チェイン》」
「ぐあっ!」
黄金の鎖が、オスカーの四肢を絡め取る。
あれ? オズワルドとルードはどこだ?
「今回は私たちの負けです。それは認めましょう」
ふと視線を向けると、二人は少し離れた場所まで移動していた。
「もう失敗はしないよ。――《スタン》」
私は躊躇なく魔法を発動した。
しかし。
「《アビス・ゲート》」
オズワルドの前に漆黒の裂け目が現れ、紫電が吸い込まれていく。
「えっ、闇属性魔法?」
私も闇属性は使えるけどこんなのは初めて見た。
「六百年だ……六百年もの悲願を、こんなところで終わらせるものか!」
オズワルドは悔しげに唇を歪める。
「あと一歩だったのです! あと一歩でシャトラさまは復活したのですよ!」
オズワルドはさらに話し続ける。
「こんなところで終わるわけにはいかない。次こそは必ずこの世界を闇で覆ってみせます。それまでせいぜい仮初めの平和を楽しむがいい、吸血鬼クレア!」
大きく両手を広げ、そう言い放つとオズワルドとルードの身体は赤い光に包まれていく。そして次の瞬間、その姿は跡形もなく消えていた。
「あっ、帰還の魔石? ねぇ、あの二人はどこに行ったの?」
私はオスカーに問いかける。
「ふん、知らんな! しかし、三百年前に死んだはずの貴様がなぜ生きている?」
いや、質問を質問で返さないで欲しいんですけど?
「クレアさん。逃がしてしまったのは悔しいですが、今は十分な戦果です。玄黄を倒せましたし、オスカー司教も捕らえましたから」
言われてみればそうだ。
大ボスは逃げたけど、目的そのものは達成したといえるだろう。
「うん、そうだね。まだ向こうの戦場では騎士たちが戦ってるみたいだし」
「ならば、そちらはわらわが片付けてくるのじゃ。ここはお主らにまかせるぞえ」
「あっ、はい。お願いします」
「うむ、早くいかんとオルクスの奴に獲物を全部取られてしまうからのぅ」
そう言ってアルテシアは戦場へと飛んで行った。
あれ? この人も結構な戦闘好きなのかな?
そして私はもう一度玄黄のいた場所を歩く。
うん、完全に気配も消えてる。
どうやら、本当に終わったみたいだ。
オズワルドとルードは取り逃がしてしまったけど、とりあえずこれで魔神復活の脅威はなくなっただろう。使徒さま関連の問題も、これでようやく一区切りだ。
「これで伏線全部回収ってことでいいのかな……女神さま?」
晴れ渡る青空に向かってポツリと呟く。
「クレア、何をしてるんですの?」
振り返ると、アリスが呆れた顔で近づいてきた。
「ちゃんと倒せたのか確認しようと思ってね」
私の言葉を聞きアリスが草原を見渡す。
「倒せたみたいですわね」
「うん、玄黄を倒せたのはみんなのおかげだよ。私一人じゃたぶん無理だった」
「ふふっ、そうですわね。でも最後の魔法は本当に凄かったですわ」
「うん。私とルーナさんで同時に撃ったからね」
「なんだか本当に聖女さまが二人いるみたいでしたわよ」
「えっ、そうかな? ……えへへ」
私とアリスが話しているとルーナもやってきた。
そして、真剣な表情でアリスの前に立つ。
「アリス……いえ、アリスレート殿下。お願いがあるのですが」
「はい? なんですの、改まって?」
「オスカー司教の処遇は聖公国にお任せいただきたいのです」
なるほど、オスカーは聖公国の人間だもんね。
アリスは目を閉じ少し考える。
そして、ゆっくりと頷く。
「わかりましたわ。ただし聞き出した情報は帝国にも共有していただきますわよ」
「ええ、もちろんです。ありがとう、アリス」
アリスに一礼してルーナはオスカーの元へ歩み寄る。
「オスカー司教、あなたを聖公国に連れて帰ります」
オスカーがルーナを睨みつける。
「ふん、魔族の血を引く小娘が。貴様のような穢れた存在を聖女と認めるくらいなら、私は死を選ぶ!」
うわ、まだそんなこと言うか。
「そうですか……」
ルーナは静かに目を伏せ、穏やかな声で告げる。
「それでも、私は聖女です」
その時、ルーナの眉がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。
穏やかな笑顔は変わらないが、私は知っている。
ルーナは本気で怒る時ほど静かになることを。
「笑わせるな。魔族の血を引く貴様に、聖女を名乗る資格などな――」
私は思わず、あいつぶん殴ってやろうか。
そう思い、一歩前に出た瞬間。
――ドゴッ!
オスカーが吹っ飛んだ。
「ぐはぁっ!」
ルーナの右ストレートがオスカーの顔面に炸裂したのだ。
「「ええええええっ!?」」
私とアリスは同時に声を上げ、その場で飛び跳ねた。
「くっ、貴様なにを……」
オスカーは倒れたまま起き上がれず、顔だけをルーナの方に向ける。
えっ、今の何!?
その拳は、説得でも浄化でもなく、純粋な暴力だった。
あれ? ルーナってもしかして殴りヒーラーなの?
「あっ……」
ルーナは自分の拳を見つめる。
数秒の沈黙。
「あら、つい手が出てしまいました」
私たちの方に視線を向け、悪びれた様子もなく微笑んだ。
「ついじゃありませんわよー!?」
そんなアリスのツッコミが荒野に響いた。しかしルーナはそっと自身の拳をハンカチで拭いながら、倒れたオスカーに近づく。
「あなたが認めなくても構いません。私は私を信じてくれる人のために聖女であり続けます」
そう言いながら首元を掴み持ち上げ、ニコっと笑顔を浮かべる。
「では、あちらでもう少しお話を聞かせていただきましょう」
そして、オスカーをズルズルと引きずりながら歩いて行く。
「離せ! 私は司教だぞ!」
「元、ですよね? さぁ、セレナも行きますよ」
「はっ、はい!」
セレナは慌ててルーナの後を追う。
そしてルーナはセレナと共に帝国軍のテントの方へ行ってしまった。
私とアリスは顔を見合わせる。
「ルーナさんって、たまに怖いよね」
「ええ、とても聖女とは思えませんわね」
「聞こえてますよー?」
遠くからルーナの声が飛んできた。
「「ひぃー! すみませんでしたー!」」
ルーナさん……恐ろしい子!




