■第143話 真の聖女
迫り来る琥珀色の触手を斬り払いながら、私たちは後方へ下がる。
「これ、接近戦は無理だね」
「ええ、離れて魔法で攻撃するしかないですわね」
「神聖属性が弱点らしいから神聖魔法で攻撃するしかないと思う」
「なるほど、では私から行きますわ!」
アリスが触手の隙間を縫うように駆け、玄黄へ手をかざした。
「《ディヴァイン・クロス》」
無数の光の十字架が降り注ぎ、聖なる光が玄黄の巨体へ次々と突き刺さった。
しかし、玄黄は平然としていた。
いや、目も口もないから反応がわからないだけかもしれないけど。
「えっ? これ効いてますの?」
「見た目じゃ効果あったのかわからないねこれ」
すると、オズワルドが高らかに笑う。
「はっはっはー! 玄黄の弱点を知っていたようですね。実は少し前に神聖属性を持つ信者たちを玄黄に取り込ませていたのですよ」
「はっ? それってどういうこと?」
「今の玄黄には神聖属性への耐性があるという事です。最上位の神聖魔法でも使わない限り玄黄にダメージは与えられません」
そしてオズワルドは離れた場所で魔獣と戦っているルーナに視線を向ける。
「しかし、あの聖女は不完全! 最上位の神聖魔法は使えない」
オズワルドが勝ち誇った表情で笑っていた。
……どうやら、ルーナさんが調和の加護を授かったことは知らないらしい。
だったらわざわざ教えてあげることはないよね。
「今の玄黄を倒せる者などこの世にいないのですよ!」
「いや、そうでもないと思うよ?」
「はぁ? 何を言って……」
オズワルドが首を傾げる。
「じゃあ次は私だね、アリス」
「ええクレア、景気よくぶっ放してやりなさい!」
私は触手を躱し、空へと舞い上がる。
「アリス、少し離れててね」
「その言い方は絶対危険なやつですわね、わかりましたわー!」
アリスが慌てて飛びのく。
「理の果てに、天の始まりを見よ。凝縮せし光、臨界を超えて世界の夜明けを導け!」
別に詠唱はいらないんだけど、さっきのアルテシアのを聞いてかっこいいと思ったので私もやってみました。
「《ディヴァイン・ノヴァ》」
次の瞬間、爆発的な白い光が球状に広がった。
光の球体が玄黄を飲み込み、そして弾ける。
――ドゴォォォォン!
白い衝撃波が荒野を駆け抜け、爆風が天に昇って行く。
「ゴホッ、ゴホッ! 凄い魔法ですわね。でもこれは……やりましたの?」
アリスが煙を払いながら顔をしかめる。
「アリス、それはこういう時には言っちゃダメなセリフだよ」
私は苦笑しながら爆煙の向こうを見る。
まぁ正直、私もこれで倒せる相手だとは思っていない。
ゆっくりと煙が晴れていく。
そして、琥珀色の巨体が見えた。
「……無傷ですわね」
「うーん、やっぱりこれじゃ無理か」
しかし倒せないとは思っていたけれど、まさか傷一つ付いていないなんて。
なんなのあのスライム。
防御力に極振りでもしてるの?
「ありえない……なぜ、あなたが神聖魔法を使えるのですか?」
オズワルドが目を見開いていた。
「なんでって言われてもねぇ」
「ふふふっ。しかし、最上位の神聖魔法でも玄黄は無傷! これで我らの勝利は確実です」
「最上位ねぇ」
たしかに一般的には今のが最上位の神聖魔法だ。
だけど、本当の意味で最上位に位置する魔法は別にある。
女神の加護を持つ者だけが使える特別な魔法が。
ただ、それでも本当に倒せるのかわからないんだよね。
これはルーナが来るのを待った方がいいな。
玄黄はなおも触手を伸ばし攻撃してくる。
しかし幸いなことに、動き自体はそれほど速くない。
それを躱しながらアリスに声を掛ける。
「アリス。ルーナさんが来るまでなんとか持ちこたえるよ」
「何か策がありますの?」
「うん。一つだけね」
私は遠くで戦うルーナさんへ視線を向けた。
ちょうどアルテシアが最後の一体を倒したところだった。
「よし、ルーナよ。ゆっくりお話でもしたいところじゃが向こうが心配じゃろう」
「はい、私はクレアさんたちの所へ行きます」
「うむ、ではわらわも参ろう!」
ルーナたちがこっちに向かってくるのが見えた。
「ほう、援軍を待っているのですか? しかし、魔王はともかく、あの欠陥聖女が来たところで何ができるというのですか?」
「はっはっは、全員まとめて玄黄の餌にしてくれるわ」
オズワルドとルードが笑う。
「ふふっ、あなたたちは知らないんだね」
触手を躱しながらオズワルドたちに声を掛ける。
「なに?」
「ルーナさんは……本物の聖女なんだよ」
「いったい何を言っている?」
「見てれば分かるよ。――アリス、ルーナさんたちのところへ行こう!」
「えっ? 走るんですの?」
「うん、ほら早く!」
「うおー、わかりましたわー!」
迫りくる触手を躱しながらアリスの手を引きその場から離れ、ルーナたちと合流する。
「お二人とも大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。それより――」
私はルーナに近づき、その耳元で小さく囁いた。
「どう? 出来るかな?」
「ええ、やってみます」
玄黄がゆっくりこちらへ向かってくる。
「はっはっは、何を企んでいるのか知りませんが。玄黄の前ではすべてが無駄なのですよ」
オズワルドたちは、勝利を確信しているかのように余裕の笑みを浮かべていた。
「じゃあルーナさん。いくよ」
「はい。合わせます」
私はルーナの手を取る。
そして大きく息を吸い込み、詠唱を始める。
その瞬間、二人の身体を包む加護が呼応するように輝き始める。
さっきの魔法と違ってこれは詠唱を女神さまに捧げなければ発動できない。
これが真の最上位神聖魔法なんだけど、私一人で倒しきれるかわからなかった。
でも、私とルーナ。
二人の魔力を合わせれば、もしかしたら倒せるかもしれない。
「「天上の玉座に座る大いなる女神よ、地上に満ちる不浄の声を聴き届けたまえ――」」
「はっ? なんだ、その詠唱は?」
オズワルドは怪訝な表情で首を傾げていた。
「馬鹿な、欠陥聖女にそのような魔法……使えるはずがない!」
だがオスカーはこの魔法に気づいたのか、血の気を失った顔で呟いた。
それを見てルードが叫ぶ。
「玄黄よ、奴らを止めろ!」
複数の触手が私とルーナに迫る。
――だが。
「させませんわ!」
「わらわのルーナには指一本触れさせんぞえ!」
アリスとアルテシアが前に出た。
聖剣が閃き、灼熱の炎が触手を焼き払う。
「「絶対不可避の光柱。罪深きその魂に、断罪は今ここに下される――」」
私とルーナが玄黄を見据える。
「「《ディヴァイン・ジャッジメント》」」




