■第141話 ありえない!
六百年も放置された街の神殿が、あんな綺麗な状態で残っているはずがない。
これはあからさまに怪しい。
「間違いなくあれがやつらの拠点だろう」
あそこに、ルードやオズワルドがいるかもしれない。
「うん、見つからないように中に入ってみよう」
私たちは周囲を警戒しながら神殿へ近づいた。
人の気配はなく、不自然なほど静かだった。
風は吹いているはずなのに、神殿の周囲だけ別の世界のように音がない。
「えらい静かだね」
「たぶん神殿に防音の結界が張られてるんだろ」
「なるほど、そんな結界があるんだね」
「ああ、侵入を阻害するものじゃないから中には入れると思うけど、どうする?」
正面には大きな扉が見える。
「あそこから入ったら間違いなく『侵入者だー!』ってなるよね」
「まぁ、そうなるだろうな」
「じゃあ裏口探す?」
「それが無難だろうな」
私とアリスは物陰に身を隠しながら素早く神殿の側方に回った。
そのまま裏の方へ向かい、チラッと首を出して覗き込む。
すると、裏口らしき扉の前に黒いローブを纏った邪教徒が二人立っていた。
「あそこから入れそうだけど、人がいるね」
「ふむ、出て行って速攻で切るか?」
「いや、騒がれて人を呼ばれたら厄介だし。私がやるよ」
邪教徒に向かってそっと手をかざす。
「《スタン》」
バチッ! 小さな紫電が走る。
邪教徒たちの身体が一瞬だけ跳ねた。
「ぐあっ」
悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちた。
「なんだ今の魔法?」
アリスが感心したように目を細める。
「雷撃魔法を改良した私のオリジナル魔法だよ。気を失う程度に威力を抑えてるんだ」
「……便利だな」
「ふふん、そうでしょ!」
もっと褒めてもいいんだよ? そんな気持ちを込めて胸を張る。
「よし、じゃあ行こうか」
急いで扉に駆け寄りそっと開くと、中には薄暗い通路が続いていた。
そこに人の姿はない。
だが――。
奥から大勢の人の気配を感じる。
「誰かいるのは間違いないね。入ってみようか」
アリスは静かに頷く。
そして、通路を進んでいくと、声が聞こえてきた。
演説でもしているような感じだ。
通路の行き止まりには扉があり、声はその向こうから聞こえてくる。
私はアリスと顔を見合わせ、扉を少しだけ開き中を覗く。
すると、そこには大勢の信者たちが整列していた。
前方の壇上には首のない女神像があり、その前に二人の人物が立っている。
「あれは、オスカー司教か? もう一人は誰だ?」
そんなアリスの囁きを聞いて、私も視線を向ける。
薄い水色の髪の神官のような姿の青年が壇上で両手を大きく広げて話していた。
「でも、ルードの姿は見えないね」
「そうだな、別の場所にいるのか?」
そんなことを話していたら、会場が大きくどよめいた。
「玄黄はすでに我らの手の中にあります。今こそ魔神シャトラさま復活の時!」
「「シャトラさまに救済を!」」
熱狂的な歓声が響く。
正直ちょっと怖いね。
「さぁ、皆。行くのです、魔神シャトラさまの元へ」
「「はっ!」」
演説していた青年とオスカーを先頭に、信者たちがぞろぞろと正面の出口へ向かう。その表情には狂信的な熱気が浮かんでいた。
どこへ行くんだ?
そしてルードと玄黄はどこにいるんだ?
そんな疑問が頭に浮かんだが、じっくり考えてる時間はない。
「どうする、アリス? もう出て行った方がいいかな?」
「いや、追うぞ。やつらが向かう先に玄黄がいるはずだ」
私たちは信者たちの最後尾を警戒しながら追跡した。
そして、神殿を出て街の入り口付近までやってきた。
かつては巨大な正門があったのだろうが、今は崩れ落ちている。
外に出るつもりなんだろうか?
でもどうやって?
首を傾げていると、水色の髪の青年が杖を掲げた。
すると、崩れ落ち瓦礫の山になっていた正門がチリとなって消えていく。
「えっ、何あれ?」
「瓦礫に見せかけた結界で偽装してたんだろ」
「……そんなのあるんだ」
結界万能すぎないか?
消えた正門を抜けた先には、広大な荒野が広がっていた。
その中央には巨大な魔法陣が見えた。
そして、その傍らには見覚えのある男がいた。
――ルードだ!
「オズワルドさま、準備は出来ています」
「ええ、ご苦労様です」
水色の髪の青年が魔法陣の淵へと歩いて行く。
というかあれがオズワルドだったの?
思ったより若いんだな。
「さぁ、皆。魔神シャトラさまにその身を捧げるのです」
信者たちが魔法陣の中に入ると、オズワルドが杖を掲げる。
魔法陣が光を放ち、周囲に複数の魔石が浮かんだ。
そして信者たちの姿が赤黒い光に飲み込まれ、その姿が消えていく。
そして、魔法陣の中に巨大な影が次々と姿を現した。
「まずい! これは止めるべきだよね?」
あれは以前見た異界から魔獣を召喚する装置だ。
「ああ、行こう!」
私たちは剣を抜き、即座に飛び出した。
「そこまでですわ!」
アリスの声が荒野に響く。
オズワルドがこちらに視線を向ける。
「おや、ようやく出てきたのですか。勇者よ、ですが今更現れても……なっ?」
そこで言葉が止まる。
そしてオズワルドの顔から余裕が消えた。
「そんなバカな。……ありえない!」
彼は信じられないものを見るように後退る。
まるで亡霊でも見たような顔だった。
「えっ? なに?」
私は思わず首を傾げる。
「なぜあなたがここにいるのですか? 吸血鬼クレア!」
んっ?
初対面だよね?
なんで私の名前を知ってるの?
「まさか! 吸血鬼クレアの魂は聖女カルミアの手によって消滅したはずでは?」
後ろに立つオスカーも目を見開いていた。
カルミア? ……どちら様ですか?




